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レビュー欄に書かれた小説、それはライフスタイル誌|編集マツダ

これを書いている7月上旬時点で、Twitterで公募された #54字の文学賞 が大変盛り上がっている。前回・前々回の記事でTwitterと小説について書いた身としては嬉しい限り。物書きの皆さんでまだの方はぜひ挑戦してみてください。(54字の物語ジェネレーター

さて、今回は「レビュー欄に書かれた小説のようなもの」について取り上げたいと思う。あなたは遭遇したことがあるだろうか? ネットで買い物をしていたら、もしくは美味しいお店を検索していたら、突然そこにある小説に……。

食べログ文学の世界

食べログでお店を探していたら、こんな文章に遭遇したことはないだろうか。私はある。

大通りは若者が多いこの街も、一本裏道に入るとなかなか静かで風情があるものだ。
そんな渋谷の裏道をぶらり散歩中、小腹の空いた小生。初夏の日差しに炙られながら、さて何を食べたものかと思案する。表参道方面に行ってこじゃれた蕎麦屋で気取ってみるのもいいし、あえてこの大都会で泥臭くうどんを啜るのもいい。そんな時、小生の目に入ってきたのは……

「出汁が塩辛かったです。」「美味しかったし接客も良かった!」などのレビューに混ざって突然現れるので、「急にどうした」と言いたくなってしまう文章。2013年頃には既に「食べログ文学」という言葉が生まれているので、もう5年以上もこの文化が続いていることになる。
上記は私が適当に書いたものだが、実際の食べログ文学を見てみよう。

まず、大変有名な「銀座グルガオン」

インド料理大好き男に「どこの店が好き?」と訊ねられたとき、女はどう答えたらいいの?

あ、まず前提として、
貴女がインド料理大好き男を夢中にさせることが、
はたして貴女を幸福にするかどうか、それはまた別問題だけれど。
(中略)
しかし、ここでは、もう少しハイブロウな(?)本格インド料理好きの男の
落とし方をお伝えしましょう。
この場合、貴女は、こう答えましょう、
「わたしは、銀座のグルガオンが好き。
ランチでよく食べるの、カレーはいつもおいしいし、
チーズクルチャも、大好き♪」
もしも貴女がそう答えたならば、
その瞬間、カレー大好き男の目はきらりと輝き、
かれの貴女への恋心は、
20%増量になるでしょう。

なぜって、銀座グルガオンは、ちょっぴりお洒落な地下のダイニングで、
テラスから自然光が差し込んで、席間は狭いながらも、そこがまた
ちょっぴりヨーロッパの気さくなお店みたいなふんいきをかもしだしていて。

一度読んだら脳からはがれない不思議な文章のリズムが特徴だ。

こんな作品もある。この豪華な昼下がりは何物にも代え難い…「ガストロノミー ジョエル・ロブション (Joel Robuchon)」、正装に身を包み、襟を正してこのとびきり贅沢な時空を堪能しようではないか

 ”無なり、この泡、処女なる詩句
 勤めは ただ 杯を示す、
 さながら はるかに 沈む群れは
 セイレーンの姿、数多(あまた) 腹翻(ひるがえ)しつつ”
-「祝盃」ステファヌ・マラルメ 『ステファヌ・マラルメ詩集(ドマン版)』

麗らかな陽の光の差し込む中、セイレーン(人魚)たちが、奔放ともいえる闊達さで海中を泳ぎまわっている…悦びを表現するように泳ぎ回る彼女たちが身をくねらせるたびに、その白き肌(はだえ)が、海中に入射する陽の光に染め上げられ、しんと静まり返った海中のそこここに白皙(はくせき)の輝きをばらまいてまわる…ヴーヴ・クリコ イエロー・ラベル・ブリュット。その盃の中に湧き上がる気泡たちは、さながらセイレーンの白皙の肌のようにひとを魅了してやまない…

一体書き手の身に何が起きてしまったのか
一流フレンチ店での体験を最大限に表現すべく工夫されたのかもしれない。

これら「食べログ文学」は、食エッセイやグルメマンガの系譜とは明確に異なって見える。
どちらかといえば「小生は……」と綴る系譜には池波正太郎っぽさがあるし、「銀座グルガオン」は恋愛ノウハウ本のようなテンションである。

『食べログ文学』は食事の内容をそこまで語らない。食事が美味しいか、接客が良いかどうかは他に書かれている一般的なレビューを見たほうが理解が早い。
ここで書かれているのはライフスタイル。さらに言えばマガジンハウスが生み出した、ライフスタイルを打ち出す雑誌の文章に近いのだ。
小生系は「ブルータス」などの男性向けライフスタイル雑誌に、銀座グルガオンは「an・an」に空気が近いし、セイレーンは「LEON」などに掲載される高級な商品の広告に添えてあるキャッチコピーのようである。


人は物語がないと生きていけないのかもしれない

これに近いテンションで今、増殖しているのが「マンションポエム」である。
都心に住む人なら見たことがあるだろう、やたらポエティックなマンションの広告を。

銀座を庭にするタワー。(シティタワー銀座東)

混沌を、遊べ(パークコート渋谷 ザ タワー)

こちらも家そのものというよりは、その家を購入することで得られるであろうライフスタイルを押し出している。
さらに言えば、幻想であり、その家に住んだ空想の自分が織りなす物語を表現しているように思う。

家は大変高額な買い物だからこそ、実用性よりも物語性に頼って決断しないと思い切りがつかない面もあるだろう。
バブル時代にマガジンハウス発行の雑誌がかっこいいライフスタイルを押し出して購買行動を後押ししたように、人の行動を一気に後押しするのは理屈ではなく、物語なのかもしれない。

「食べログ文学」の一人称に小生が多いのも、少し気取った目線を取っているのも、外食する自分にスタイルと物語性を付与し、彩る行為に見える。
これは多かれ少なかれ誰でもやっている行為で、たとえばインスタ映えするライフスタイルを演出する女子、Facebookでポエティックな退職エントリを書くサラリーマンも同様に、自分の人生にスタイルや物語を付与しているのはないだろうか
冷笑する向きもあるかと思うが、自分の人生に物語性を持つことには良い側面がたくさんあるだろう。ただ日々の生活を消化するよりもエネルギーが出るし、何より楽しいではないか。


Amazon文学の世界

レビュー文学の更なる進化系が「Amazonレビュー文学」だ。
食べログ文学が自分のライフスタイルへの彩りなら、Amazonでは架空のライフスタイルを想像してレビューに落とし込むという荒業が繰り広げられている(もちろん非常に素敵な書評などもあり、そちらも「Amazonレビュー文学」と呼びたいのだが、それはまた別の機会に)。

ドラゴンナイフのレビュー

冒険者となるため、来週山中湖にて開催される冒険者ギルドの講習会に出席して参ります。今回の講習でトカゲ系のモンスターが出るとの噂があったので購入しました。竜装備はシーフ職ではなかなか装備出来るものがなく、重さもありシーフの特性が生かしづらいものが多かったですが、このナイフは重くなく…

オバマ大統領 シッティング with ベンチ・等身大フィギュア のレビュー

私はバラク・オバマ氏が大好きです。
小さい頃にオバマ氏に似た人が近所の公園にいたからです。
私は母子家庭で母は私に興味がなく、私は誰からも愛情を受けずに育ちました。
(中略)
オバマ氏。いやお父さん。
今もどこかで見守ってくれてるよね?

いつかまたオバマ氏に会えることを願い購入させていただきました。

防弾ザブトン 本皮 のレビュー

クッション性もあり、硬いヘリの床もこれで楽になります
また対空砲も防いでくれるので、ヘリの中で笑点を見るときなどに重宝しています

この間グンマ―での特殊任務の際に突然下から銃弾を浴びることがありましたが、無事ちびまる子ちゃんもサザエさんも見逃さずに済み、味方の救出も成功させることがでました。

しかし革で蒸れるため感染症やマラリアで少し苦しんだ隊員もいて、そこが不満でしたので☆-1とさせていただきます

この商品を買う、という行為から購買者の人生についてのイメージが湧く秀作がいくつもある。こちらは雑誌や既存の小説ではなく、一般的なAmazonレビューをフォーマットとして書かれているのが面白い。
非常に探しづらいので名作を見つけた人は下のコメントフォームから教えてください。


メルカリ文学が待たれる

まだ発掘できていない未知の領域がメルカリ文学である

ユーズド品の出品、ということで名作が生まれそうな予感がしているのだが、逆に物語性を付与しすぎると売れないためか、まだ文学的な出品には出会えていない……と不満に思っていた。
しかし身近にいたのである。うちの社内のスタッフが「元カレからもらった鹿の剥製」を出品したことがあるという。一体どういうプレゼントなのか何回聞いてもよくわからなかったが、おわかりだろうか、このほのかな文学み
メルカリで「元彼からもらった」で検索すると大量の検索結果が弾き出され、ある意味趣深い。まだまだ発掘していきたいので、面白い出品があればこちらもぜひ教えていただきたいです。

レビューサイト、ECサイトは人生のひとコマを切り取って見せてくれるが、切り口の広がりは果てしない。日々を彩ってくれる物語性の発露を、あなたも感じてみていただけると幸いである。


*本記事は、2018年07月19日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。