ダークヒーローからゴシックロマンまで 闇/病み小説|三村 美衣
「闇」はファンタジーとはとても相性の良いテーマだ。
ざくっと思いつくだけでも、光と闇の対決を描く異世界ファンタジー、暗黒と恐怖を物語の中心に据えたゴシックロマンや伝奇小説、夜や闇の中で生きる種族もの、死や暗黒への畏れや憧れ、不安や心に巣食う闇(病み)が起爆となるダークファンタジーなど、闇は深く、広く、さまざまなアプローチがとれる。
光の残酷、闇の魅力
闇といえば、主人公たちは世界が闇に支配されるのを阻止するために戦う「光と闇の対決」ものだ。異世界ファンタジーの王道ともいうべきテーマで、『ナルニア国物語』や『指輪物語』という古典的名作がある。多様な価値観や揺らぎを知る現代では、光=善、闇=悪というプリミティブな図式に説得力を持たせるのは難しく、人はたやすく闇へと堕ち、闇の中にも光は潜み、光はともすると残酷にもなる。ル=グィンは『ゲド戦記 影との戦い』で闇を滅ぼす敵ではなく、光と均衡をとりあう存在として描いた。『ハリー・ポッター』もこのテーマを引き継いでいる。
注意したいのは「闇」をどう描くかというところ。「闇」は象徴や、信仰の対象、負の感情や怨念の集積であって、これに必ずしも具体的な姿を持たせる必要はない。ゲームのラスボスのように具体的な姿をとると、どれだけ筆を尽くしても、映像力を駆使しても、存在が矮小になる。闇の復活を阻止するという展開が多いのはそのためだが、いかんせん長大になると、「闇」が復活してしまうケースが多い。闇の中心にいるのは、必ずしも、強大な人智を超えた存在とは限らない。闇の奥をしっかり覗き込み、そこに何がいるのか、いないのか、考えておこう。
洋の東西を問わない闇の種族たち
闇と親和性の高い異形の種族には、吸血鬼、鬼、幽霊、妖怪、人獣など様々な種族がいる。妖精も羽の生えたかわいい生き物というわけではない。闇の眷属・吸血鬼は、吸血という行為で生命をつなぎ、さらに新たな仲間を迎え入れるという特異さで人狼など他の異形とは一線を画す神秘性を持つ。古今東西名作揃いだし、ロマンス小説で一大ジャンルを形成しているし、ライトノベルにもBLにも既に吸血鬼ものはいろいろ存在する。吸血鬼をメインにする場合は、吸血鬼の知識はもちろん必要だが、さらに歴史や芸術やグルメなど得意技を組み合わせてオリジナリティを持たせる工夫が必要だ。
日本の闇の種族の花形は鬼だ。このほど刊行された日本ファンタジーノベル大賞の受賞作・大塚已愛『鬼憑き十兵衛』も、今年度の創元ファンタジー新人賞受賞作・松葉屋なつみ『沙石の河原に鬼の舞う』も、共に鬼を題材としている。鬼の理解は時代によって異なり、異界から侵入者してくる異種族として描かれるもの、怨念によって人間が転じるものなど、さまざまなパターンがある。姿形から能力まで自由度の高い題材なので、キャラだけではなく鬼そのものの設定もきっちり決めておきたい。研究書も数多く出版されており、鬼の発生や変化の歴史を知れば、独自の種族を描くときにも役立つ。
闇を生成する場所、闇を纏う者
超自然な現象を扱うファンタジーは、箱庭的な地域や場所を好む。
スティーヴン・キングの小説は、超自然の恐怖を、綿密で具体的なリアル描写が支えている。アメリカの田舎町で暮らすプアホワイトと呼ばれるような、経済的にも精神的にも行き詰まっている人々、彼らの不満や閉塞感、そしていつ暴走しても不思議のない不穏な空気や暴力性が生々しく、読者を不安にさせる。成田良悟『デュラララ!!』は、リアルな池袋の風景に、異形や異能や暴力が入り乱れる独自の世界を形成している。
地方の街や学校の閉塞感も闇を醸成しやすい。孤独や疎外感、暴力や行き過ぎた愛情、噂話やいじめ、SNSのイイネ。人間関係の軋轢やストレスは、心に闇/病みを呼び込む。その負のエネルギーを異能に結びつけたり、おとぎ話やその土地に伝わる伝承や都市伝説とつなげれば、甲田学人『断章のグリム』や綾里けいし『B.A.D.』、さらに歴史などと組み合わせていけば上遠野浩平『ブギーポップ』シリーズのような大きな物語へと広げることもできる。
ヴァンパイアや鬼や妖怪、殺人鬼、魔女、魔術師、悪魔や悪魔と取引した人間を探偵役やヒーローの位置に置いたダークヒーローものは、心に抱える闇が単純な勧善懲悪とは異なる奥行きをもたらす。菊地秀行『魔界都市』シリーズの、魔震によって異形の地と化した新宿のような、弩級設定の伝奇ヴァイオレンスももちろん大歓迎だ。
闇がもたらす恐怖や不安だけを注視すると怪談っぽくなってしまう。読者を怖がらせることに終始するのではなく、闇の内側に踏み込み、その闇が持つ意味や、闇に対して抱く恐怖以外の感情も見つけよう。闇の手触り、闇の温度、闇の匂い、いろいろな闇を感じ取れる作品を待っています。
おすすめ闇ファンタジー3作品
『何かが道をやってくる』レイ・ブラッドベリ(創元SF文庫)
万聖節前夜、移動式のカーニバルが街にやってきた。13歳のジムとウィルは2人でカーニバルを見に行くのだが、しかしそれは、時間や空間を操る悪夢のようなカーニバルだった……。真夜中に汽笛が響き、カーニバルを積んだ列車が到着する冒頭の幻想的なシーンから、ダークで魔術的なカーニバル描写が読者を迷宮のような世界へと誘い込む。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488612016
『死者の書』ジョナサン・キャロル(創元推理文庫)
大好きだった作家の伝記を書くため、生前に彼が暮らしていた街にやってきた僕はやがて、狂気に満ちた街の姿にきがつく。退屈な日常描写にちらちらと挿入される違和感、撒かれた恐怖の種が芽吹きその姿が見えた瞬間の驚き! ダークファンタジーの名手のデビュー作。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488547011
『ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート』森田季節(MF文庫J)
「3年前、僕はある女の子を殺した。ところが僕以外、彼女の存在を覚えていないんだ」
殺されるために蘇りを繰り返し、死ねば人々の記憶から抹消され、ただひとり殺した人の記憶にだけ残る「イケニエビト」をめぐる、ダークで切ない都市伝説青春ファンタジー。こちらも第4回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞を受賞したデビュー作。森田季節は当時23歳。
https://www.kadokawa.co.jp/product/301302000518/
(タイトルカット:つのじゅ)
ファンタジーコンテスト「闇/病み」大賞受賞作『青闇妖影鬼談』
著:三谷銀屋
突如として不穏な闇に覆われた地獄の世界と三途の川。
夜の闇に溶けるように、地獄の閻魔王庁で使役される死神達が次々に行方不明となる。姿を消した死神達はどこへ行ったのか?
死神を襲うあやかしの正体は?
そして、時を同じくして、幕末の江戸近郊の漁村では、幾人もの死者が生き返るという事件が頻発する。
*本記事は、2019年05月07日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。