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意識高い系の学生が権力者の妻や娘に手を出した結果|スタンダール『赤と黒』(下)|monokaki編集部

2月1日(金)

おはようございます。こんにちは。こんばんは。monokaki編集部スタッフの碇本です。
「いまさら読む名作読書日記」の二回目です。前回の有田編集長が『赤と黒』上巻を読みましたが、今回は下巻を読みながら日記です。

前回、インプットとアウトプットに関して、小説家の石田衣良さんが「書きたかったら1,000冊の小説を読もう」と言われていたことが印象的でした。石田衣良さんの小説にも『赤と黒』ってあったはずと思って、積んでいる本の中から探しました。この『赤・黒(ルージュ・ノワール)』は『池袋ウエストゲートパーク』通称『I.W.G.P.』(舞台となった池袋西口公園は目下再開発中)の外伝で、 宮藤官九郎脚本のドラマ版では妻夫木聡さんが演じた「サル」が主人公のスピンオフ作品です。
一度、サイン会に行った際に、石田衣良さんに思い切って尋ねたことがあります。

「小説家になるために一番大事なことってなんですか?」
「一度書き始めたら最後まで書き終えること。短くても長くても最後まで書く。そうやって数をこなして、きちんと書き終わらせることだよ」

目から鱗でした。小説を書きたかったらきちんと数を読むこと、そして、書き始めた作品は最後まで書き終えること。前回から引き続いて石田衣良さんが教えてくれた大事なことなので、皆さんも覚えておいてほしいです。

これ以降、作品ネタバレを含みます。ネタバレされたくない方はお気をつけください。

2月2日(土)

前日に『赤と黒』上巻を読み終わりました。最後のシーン笑っちゃいました。久しぶりにレナール夫人に夜這いをしにいった主人公のジュリヤンが余裕をぶっこいたために、家から飛び降りて逃げていく。しかも銃声が屋敷から聞こえてくる。
なにやってんだ、お前は。「Life of death」ならぬ「Sex of death」なジュリヤンはなんとか逃げ通してパリに向かいます。ここから下巻ですが、上巻よりも下巻の方が長い!


2月3日(日):第二部 第一章 田舎の楽しみ

田舎町から都会に舞台を移す下巻。ラ・モール侯爵に雇われることになったジュリヤン。パリに向かうために乗った馬車で乗り合わせた男性が、上巻でのジュリヤンの雇い主だったレナールの知り合いらしく、何食わぬ顔で彼らの話に耳を傾けている。
主人公ではない登場人物が語ることで、知らなかった情報や物事の背景を知るという展開ですね。レナールについての話もあるので、レナール夫人にも下巻も出てくる伏線なのかな。また、上巻で有田さんが引用していた神学校編で教師から言われていた描写を引用しましたが、ここでもピラール神父に言われる言葉がひどい。

「われわらのような聖職者にとっては、大貴族の伝手がないかぎり、出世できないのだ。すくなくとも、わたしから見ると、きみの性格には、はっきり口ではいえないなにかがある。そのために、きみは出世しなければ、迫害されることになるだろう。きみにとっては、中庸はないのだ。思い違いをしてはいけない。きみに言葉をかけても、きみが喜びはしないということは、はたの目にもわかるのだ。こういう社交的な国では、きみは尊敬をかちとることができなければ、不幸な目にあうにきまってる」

確かにジュリヤンは性格悪い美青年って設定だけど、すごい言われよう! しかし、この後に神父がジュリヤンのおかげでラ・モール侯爵に司祭職をつけてもらった感謝や、彼への期待を告げると、父に憎まれてきたジュリヤンは感動してしまう。そして、神父に父親のように見守ってくれていることに感謝すると、まんざらでもないように照れくさそうな神父。父性の不在ってのがどこかテーマなのかな。でも、やっぱり、ジュリヤンは本音じゃなくてどこか計算して言ってるような気がしてしまう。先ほど引用したセリフも、彼の今後を予見していそうだし。


2月10日(日) :第四章 ラ・モール邸

「ラ・モール侯爵一家と食事を一緒にするのが嫌だな、安宿でのんびり食事したいな」と言い、成り上がり志向の強い田舎者である神父に「お前なんちゅうわがままを言うんや。食事をご一緒できるのはめっちゃ名誉なことなんや。ご一緒したくてもできへんやつばっかなんや、どんだけわがままやねん」みたいに怒られるジュリヤン。ジュリヤンって今でいう所の意識高い系なんじゃないかな、と思って読むと、なんだかすんなり読める気がしてきた。

しかし、侯爵の娘であるマチルドは、おべっかばっかり使う神父と比べて、そんなジュリヤンを好ましく感じます。どこか天邪鬼っぽいお嬢様。かつて雇い主の妻と不倫したジュリヤン、今度はまさか雇い主のお嬢に狙いを立てる展開なのか。下巻でジュリヤンと絡んでくる女性が今のとこ他にいないから、そんな気がする。あと世間知らずすぎて、すぐに勘違いして勝手にキレすぎだぞ、ジュリヤン!


2月13日(水) :第六章 言葉づかい

下巻からの登場人物は貴族階級というか、金持ちばっかりです。もはや、貧乏な家柄で父親や兄貴たちに暴力を振るわれていたジュリヤンにがんばってほしいと思うようになっている。友達になりたくないと思っていたジュリヤンに、知らぬ間に感情移入をしている自分に驚きます


2月14日(木):第九章 舞踏会

肩書なんて、社会の気まぐれから与えられるものだ。反乱一つで、あらゆる肩書なんぞはふっ飛んでしまう。そこで、死をどのように考えているか、その考えかた次第で、地位が一挙につかめるのだ。

ここで、少し著者のスタンダールの話をさせてください。
スタンダールは軍人から官僚になって順調に出世したけど、ナポレオン・ボナパルトの没落によって、彼自身も没落。その後はフリージャーナリストとしてイタリアに渡るが、そこで「フランスのスパイだ」と噂が広まって、フランスに帰国したらしい。失意と不遇の時代に『赤と黒』を書いているから、この作品には彼の私小説みたいに「野心と成功、挫折」という部分が出ているんだと思う。
ジュリヤンはスタンダールのそんな想いを具現化、キャラクター化した登場人物なのだろうか。
また、「作者」としてスタンダール自身が物語の途中に出てきて説明をしたりする。古典小説ってわりとこういう構造多いよね。


2月15日(金):第十九章 喜歌劇

ジュリヤンとラ・モール嬢ことマチルドの恋愛の話が加速する。そんな中でまた「作者」が読者のわたしたちに語り掛けてくる。

諸君、小説とは大道に沿ってもち運ばれる鏡なのだ。諸君の目に青空を映して見せることもあれば、どろんこの道を映して見せることもある。

しかも、二ページにわたって「作者」がずっと語り掛けてくるので、言いたいことはわからんでもないが、スタンダールよ物語を進めてくれ

と思ったら第二十二章で今度は作者だけじゃなくて、作者が出版社に言われた言葉を書き始めた。

(ここで作者は、一ページ分を点線でうめておこうかと思った。すると、出版者が、「それでは体裁が悪いし、こんなくだらぬ本で、体裁が悪かったら、かたなしですよ」というのである。そこで、作者はいい返した。(…)

メタじゃん、めっちゃ構造がメタフィクションじゃん! 
気づいたらジュリヤンとマチルドの恋も一気にあやしくなってきて、もはや彼女に罵倒されるジュリヤン。貴族の女性は気位が高いからさ……。
政治の話が前面に出てきて、なぜかスパイや隠密のように偉い人物から偉い人物へと会いに行くことになるジュリヤン。ある意味では出世してるんだけど、やっぱり所詮は使い走りだから、捨て駒感があるのが哀しい。


2月17日(日):第三十四章 才人

この贈与は、ジュリヤンを非常に驚かせた。彼はもうわれわれの知っている、きびしい、冷ややかな人間ではなかった。まだ生まれてもいないのに、子供の行末のことで頭がいっぱいだった。

雇い主のお嬢さんに手を出し、そして妊娠させてしまったジュリアン。お前聖職者だったじゃん、ちょっと前までさ。しかも、相手のラ・モール嬢は父である侯爵に、ある地所とそこから儲かるお金ももらえるように手配させることに成功。ラ・モール侯爵は「すげえ使えるんですよコイツ」と思っていた貧民上がりのジュリヤンと娘の仲にダメージを食らいまくり、もう悲しみしかない。でも、ジュリヤンも子供ができたと知って、子供の将来について考えたりするなど、人間味が出てきた。少しずつ人に近づいてきたね。


2月18日(月):第三十五章 嵐

なんとジュリヤンはランクアップして、ジュリヤン・ド・ラ・ヴェルネーという名前になる。侯爵様様だ。意識高い系の彼は侯爵の娘もゲットし、陸軍に入り、出世街道をひた走る……かと思いきや、入隊してすぐにマチルドから「緊急に帰ってくるように」と連絡がある。嫌な予感。陸軍の駐屯地から彼女のもとにかけつけると、ジュリヤンはラ・モール侯爵に届いた手紙を見せられる。

曰く、レーナル夫人から侯爵宛に、ジュリヤンについての密告があった模様。「あのかたは貧乏で貪欲でしたから、完璧な偽善の下に隠れ、ひとりの弱い不しあわせな女を誘惑して、地位を作り、出世しようと計ったのでございます」……最悪! もう、終わりだ、これまで積み上げてきたものが崩れ落ちる音を聞いたのか、彼はマチルドの元から逃げ去るようにして、故郷のヴェリエールに向かう。

そして、ミサをしている教会でレーナル夫人を見つけるとピストルのひきがねを引く。一発はそれたが、もう一発は夫人に当たってしまう。逆ギレハンパないってジュリヤン。意識高い系の青年が未来がなくなったことで凶行に走る、それは客観性がないからだと思うんだけど。どう考えても一番悪いのはジュリヤンだしさ。


2月19日(火):第四十三章

レーナル夫人を撃ったジュリヤンは当然捕まり、地下牢に入れらることになる。彼は彼女を殺してしまった以上は終身刑になるべきだとこの状況を受け入れる。しかし、夫人は肩に傷を負ったが致命傷にはならずに、生きていた。このことでジュリヤンは彼女が生きていたことがうれしくなり、同時に自分がほんとうに愛していた人はレーナル夫人だったと考えるようになる。「どんだけ勝手なんだ」と思うのは、身重のマチルドが牢獄に会いに来てるのに、それだからね。この話どう終わるんだろうか。ここからまさかの展開で、レーナル夫人が地下牢にジュリヤンに会いにやってくる!

撃たれたにもかかわらず、レーナル夫人もジュリヤンのことを愛してるの!という話になり、牢獄でキスをしまくる(看守とかは買収してあるんで)。しかも、マチルドには「俺のこと忘れてラ・モール侯爵と知り合いの金持ちボンボンと再婚したほうがいい」と言い、さらに「生まれてくる子供はレーナル夫人に頼みたい」とか言い出す。もう、自分勝手が過ぎる。逆に怖いよお前
死刑にたいしても控訴はしないという態度を取る彼は、もう自殺しようと思っているように見えてくる。まあ、苦労して成り上がって手にしてきたものすべてが失われてしまうのだから、ゲームオーバーにしてくれよっていう気持ちもあるし、生きててすみませんみたいなモードになっている感じ。


2月20日(水):第四十五章

ジュリヤンをさんざん痛みつけた父親が地下牢に会いに来る。息子が死ぬことよりも、彼が貯めていた金のことが気になっているとすぐに見抜く息子。ずっと愛してくれなかった父に対して、はずかしい死に方をしてメンツをつぶそうとする息子。この関係性がそもそもこの物語の発端であり、ジュリヤンという人間を作り上げた元凶なのだと気づかされる

最終章では死刑が執行され、首を斬られてジュリヤンは死んでしまう。彼の遺言を聞いていた友人・フーケの手配で、ジュラの高い山の頂近くの、小さな洞窟に彼は弔われることになる。マチルドは道筋にあった山間の小さな村々から自分たちのあとについてきた人々に向かって、数千枚の五フラン紙幣をばらまく。とても美しく哀しい光景だっただろう。
最後にはフーケとマチルドだけになり、彼女はジュリヤンの胴体から切り離されたその首を自分で埋めたいと言い放つのだった。たぶん、これは実行されなかったのかな、描写がないし。小説の最後には、ジュリヤンが自分の子供を託そうとしたレーナル夫人の最期が書かれていた。

「意識高い」のはダメじゃない、でも、人との関係性や繋がりを大切にしてないと、結局なにもかも失ってしまう。地位や名誉が欲しかったのはわかるけど、そこでなにをしたいかを持てなかったから、足元から一気に崩れ落ちてしまったように思えるジュリヤン。どこか「小説を書きたい」のと「小説家になりたい」との違いのようにも思えなくもない。
お金を稼ぐことも地位や名誉を欲しがるのもわかるけど、世話になったり気にかけてもらった人を裏切ったら絶対にダメ! そういうとこやぞ、ジュリヤン

最後に「『赤と黒』について」という文章があって、この小説に書かれたことはすべて、実際に一八二六年にレンヌの近くで起こったことなのです。とある。ええ、これって架空の話じゃないんだ。あと、解説に小説が出た当時色の表題にすることが流行っていたから、この『赤と黒』にしたのではないかと推測があるとも書かれている。「古典小説」って言っても出た当時は新刊で、その時代の空気が宿っているものだということ、意識しないと忘れてしまいますよね。


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『赤と黒』〔下〕
著者:スタンダール 訳:小林正 新潮社(新潮文庫)
召使の密告で職を追われたジュリヤンは、ラ・モール侯爵の秘書となり令嬢マチルドと強引に結婚し社交界に出入りする。長年の願望であった権力の獲得と高職に一歩近づいたと思われたとたん、レーナル夫人の手紙が舞いこむ……。
実在の事件をモデルに、著者自身の思い出、憧憬など数多くの体験と思想を盛りこみ、恋愛心理の鋭い分析を基調とした19世紀フランス文学を代表する名作。


*本記事は、2019年02月28日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。