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ことばの重大な微差を取りこぼす日々|逢坂千紘

 こんにちは、逢坂千紘(あいさかちひろ)です。

 今回から新連載です。「ことばと相談室」という連載名。次回からみなさんよりお寄せいただくお悩みや疑問に魂の限りでお答えしていく形式ですので、なにとぞよろしくお願いします!(詳細は当記事の最後で)

 当記事は「連載、始まったよ!」というお知らせもかねて、ちょっとマイナーだけど実はおもしろい「略語」の世界の入り口をご案内。

 みなさんは、ファストフードチェーンの「マクドナルド」をどのように略しますか。大きくわけてマック派とマクド派がいて、朝まで揉めたりすることもありますよね。関東とか関西とか 。メニューによってちがうとか。そんなのマクドに決まってるとか、やっぱり決まってないとか。すばらしいです。

 どうしてマックとマクドに分かれて、「マクドナ」とか「マックド」とか「マク」とか「マ」はあまりないのでしょうか。問いかけておいて正解はないのですが、ここを考えてみることでことばに接近することができます。

 この「決まっている」と「決まっていない」のあわいの世界を覗いてみましょう。

決まってる、決まっていない

 生きていれば、「《USB》って言ったらUSB接続のフラッシュメモリに決まってるだろ」という執念を感じたり、「《wiki》って言ったらWikipediaに決まってるだろ」という不屈を感じたりすることもあります。

 あえて説明するとすれば、USBという規格の接続口をつかえるのは、フラッシュメモリだけではなく、扇風機、マウス、キーボード、コピー機、ハードディスク、モニター、スマートフォン、加湿器、充電器などもUSB接続できます。私の場合はUSB接続のゲーミングコントローラー(パッド)をパソコンにつなげています。ちなみにUSBは127台まで同時接続できます、理論上ですが。

 略語の世界でなによりすごいと思うのは、「USB」とか「wiki」 といった略語の一人歩きが部分的にも成り立っているところです。

 「USB」と短縮して用いることができても、Universal Serial Bus(ユニバーサル・シリアル・バス)の仕組み、この規格の恩恵をどれほど受けて生活しているかについてあらためて知ろうとする機会はほとんどいないと言えるでしょう。

 略語はただ短いだけではなくて、そのものの実体をほとんど知らなくてもみんなでいっしょに抽象化したまま、いっしょにことばを使うことができます。特徴的ですね。決まってないのに決まっていると言えてしまう湯加減が略語のおもしろさだと言えるかもしれません。


略語と和解する、スーパー

 小説であれば、「決まってる!」というキャラも「決まってない!」というキャラもおもしろいですが、書き手はどちらの機微も理解しているほうがいいでしょう。なので略語と和解しておきたいですね。ラプローシュマン(和解)です。

 ここでの和解というのは、抽象化されて便利になった短縮語・省略語を戻して再考することです。

 たとえば食材などのお買い物ができる「スーパー」は、アメリカ合衆国の「スーパーマーケット supermarket」の後半をクリッピングしたものです。

 対面式だった食料雑貨店から、客がセルフで品物をあつめて一箇所にあつまっているレジで全会計を一回でおこなう効率的なかたちになった歴史があります。レジスタッフがメイド服だったり、自動車で店内をドライブスルーしたり、本場ではそういう時代もありました。

 スーパーマーケットのなにがスーパーかといえば、アメリカ合衆国における(対面式の)商店を超えている進化版の商店なわけです。「スーパーじゃない」マーケットしかなかったころの生活の風景を心のなかにどこまで描けるか、スーパーマーケットは「スーパー」と「マーケット」に分けられるただの合成語なのか「スーパーマーケット」として切り離せないことばなのか、立ち止まって考えてみてもいいかもしれませんね

 詳述はしませんが、ほかにも「Uber」「ピル」「免許」「携帯」「サブスク」「キロ」「ロリ」「コンビニ」「メタボ」「テロ」「コロナ」と当たり前に流通している省略語や短縮語を調べてみて、ひもといてみてもらいたいと思います。略語と和解できたとき、略すか略さないかの創作的な機微が一気にゆたかになります


略すことのゆたかさ

 すでにお気づきのとおり、この記事は「ことばの背景は膨大だから略すな」という緊縮的な教えを説くものではありません。ことばが短くされたり省かれたりするなかで、そこにはゆたかな文化(前提や印象の膨大な積み重ね)が生じます。それはひとつ肯定したいことがらだと思います。

 たとえば「ミシン」は「ソーイング・マシーン」の短縮だったはずなのに、「ミシン」という独特な響きのことばとして独立しているでしょう。ミシンはミシン以外のなにものでもないと言えます。ほかにも「経済」ということばは世の中を統治して困ってるひとを救うという意味の「経世済民(けいせいさいみん)」を短縮したものです。

 「教科書」「演歌」「浴衣」「切手」「チューハイ」「ピアノ」なども同様ですね。もとのことばが見失われるほど蒸留された省略語には、あらたな文脈やニュアンスが与えられます。それは極端に言えば「べつのことば」として存在しているということでもあります。

 そしてそれがもともとどんな実体をもっていたのか、興味をもってみることであらたな選択、あらたなことば選びが生じます。切手のことをわざわざ「郵便切手」としてある小説があったら、私はそれだけでドキッとしてします。その作品に直接は出てこないかもしれないけれど、切手のことを郵便切手と言っているなら、正米切手も小切手も特殊切手も記念切手もあるんだろうなと想像がふくらみます。短縮するゆたかさと、短縮しないゆたかさ、どちらも尊重しながらことばを選べます


「コンビニ」=「コンビニエンスストア」?

 短縮語のゆたかさがいちばんわかりやすいのは「コンビニ」という短縮語かもしれませんね。

 コンビニということばは、説明するまでもなく「コンビニエンスストア」の後半六文字を切り詰めたことばです。

 東京都の銀座ソニーパーク(Ginza Sony Park)にあった「THE CONVENI」(〜2020年9月)という施設がわかりやすい例でしょうか。コンビニを日本の文化としてとらえ、それを外国に向けて発信する場所です。インスタレーションに近いですね。

 コンビニエンスストアというのは、20世紀前半のアメリカ合衆国の氷(アイス)の販売店が起源とされていて、夏に営業時間をのばしたのがお客にうけてビジネス的によかったようです。そのビジネスがテンプレート的にひろまって、「セブンイレブン」「ローソン」などがアメリカ合衆国で誕生しました

 そこから日本に輸入され、独自の進化を遂げていきます。おでんが置いてあったり、チケットがとれたり、日中を通して立ち読みしている客がいたり、フランチャイズの雇われ店長が違法労働を強いられていたり、善悪ふくめていろいろな人間模様がある独特な「場所」になったと思います。『コンビニ人間』と『コンビニエンスストア人間』というふたつの作品があったときに、まったくおなじ内容を想像することはないでしょう。

 「コンビニエンスストア」から「コンビニ」という変わりように、資本主義の下品さを読み取るひともいるでしょうし、日本独自の文化を感じるひともいるかもしれません。あるいは、やはり「どっちもおなじだ」と思うひともいるでしょう。そのぜんぶが素晴らしいと思います。


まとめ:ことばの重大な微差を取りこぼす日々

 やや断絶的な言いかたになりますが、ことばの微差というものは、微差があると思っているひとのあいだにしかないのかもしれません。私自身、見逃している微差が多数あるのは間違いなくて、勉強と精進の日々です。

 たとえば「ピンク」は「フューシャピンク」だったり、「コーヒー」は「ウインナーコーヒー」だったり、「トマト」は「アメーラトマト」だったり。毎秒のように、低解像度のまま、じぶんの短縮行為にさえ気づかず、私はだれかにとって大事な微差を省略して生きています。

 とはいえ深刻がる必要はないでしょう。小説内で、映画にうとくて「アナキン・スカイウォーカー」のことも「ダース・ヴェイダー」のことも「スターウォーズ」とざっくり呼んでいる登場人物がいてもいいと思います。ことばの詳細度は、どんな人生を送ってきたか映し出してくれます

 「関西はマクドやろ」と特徴づけたあとでもよいので、「決まってる」「決まってない」のあいだで友人たちと朝まで盛り上がってほしいです。

 関西だけどビッグマックはマックって言ったり、フランス人はマクドって略すから関西人かもだったり、Apple製品のMacとまぎらわしいからマクドと呼んでいるひともいたり、日本人は四文字に略すを地で行くひとはクドナルとかマクドナと言っているかもしれません。そのひとの人生、配慮したいもの、一意に感じないもの、微差や機微、そういった事情のすべてをおたがいに知り合ってほしいと思います。


悩み、質問、疑問、なんでも募集中!

 今回からスタートした連載「ことばと相談室」は、読者のみなさんから「ことば」に関する悩みや質問を募集し、私が全身全霊でアンサーしていく企画です

 以下の投稿フォームに思いの丈をぶつけちゃってください。私が受け止めます。

https://docs.google.com/forms/d/1LqW9sYB3wIqbeMN4ls3xzm1L37O21Q7iqpAWbbOjJ20/edit

(タイトルカット:西島大介

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