ボカロ小説もフリーゲームも小学生の定番コンテンツ|PHPジュニアノベル|飯田 一史
PHP研究所は、2010年代には『悪ノ娘』をはじめとするボカロ小説や『ゆめにっき』などのフリーゲームのノベライズといったウェブ発コンテンツの書籍化で存在感を放ってきた。それらを手がけてきた中心的な編集者たちが異動して2018年に創刊したのがPHPジュニアノベルだ。
ボカロ小説の第一人者であるmothy_悪ノPの『悪ノ物語』やフリーゲーム『青鬼』のノベライズなど、従来からの流れを汲んだタイトルだけでなく、櫻いいよ、いぬじゅんなどケータイ小説出身作家の作品が目立つ。小学生にはどう受けとめられているのだろうか? 児童書出版部の小野くるみ氏に訊いた。
子どもが読者だからこそ、変に遠慮してやさしいだけの世界にしない
――レーベル立ち上げの経緯を教えてください
小野:数年前から児童書出版部で児童文庫の話が出はじめ、2017年夏頃から本格的に始動しました。
弊社の刊行物の対象年齢は、一番下は絵本で5歳くらい、上は大人向けの文庫、文芸、ビジネス書なのですが、フォローできていなかった小学校高学年から中学生をターゲットにした読み物を発刊することが狙いでした。
――エンタメ出版部がなくなったために児童文庫やYA向けの書籍がなくなってしまったということでしょうか?
小野:児童書出版部からYAも刊行していたのですが、年数冊と刊行ペースはゆっくりで、一冊完結の作品が中心でしたので、シリーズのファンが付きやすい児童文庫を本格的にスタートすることになりました。
2018年2月に出した『青鬼』と『悪ノ物語』が好評でしたので、それぞれの2巻を7月に出し、以降は隔月で2,3冊刊行しています。
――代表的なタイトルは?
小野:一番売れているのは『青鬼』です。ジュニアノベル版の前から四六判で中高生以上向けにシリーズを刊行していましたが、四六判が累計55万部突破、ジュニア版が5巻までで30万部突破し、5月に6巻が出ます。
PHPジュニアノベル全体では読者の平均年齢は10~12歳で、男女比は半々くらいです。他社の児童文庫だと女の子が多いそうですが、弊社は『青鬼』のおかげで男子も獲得できているのかなと。
――2010年代に四六判で刊行されてきたボカロ小説(ボーカロイド楽曲を原作にした小説)やフリーゲームのノベライズは過激で極端な表現が中高生に刺さっているのかなと思ってきましたが、小学生向けではさすがに表現をやわらげないといけないですよね?
小野:創刊時に「読者が子どもだからといって手加減はしないでつくる」と決めました。読み手がが幼いからといって、教育的なやさしいだけの世界にすると敏感な子どもたちは「手加減されている」「子どもだからと舐められている」と気付いて、ガッカリしてしまいます。だからこそ、作家さんが描きたかった世界を本気で表現してもらい、少し難しい、つらい展開でもあえてそのままにしています。自分ひとりで理解できないことがあったとしても、きっと友だちと話し合って考察してくれるだろう、という期待もあります。
――では、保護者の方や学校関係の方からの反応は?
小野:もちろん、親御さんや司書の方もチェックされますので、たとえ『青鬼』であっても「人が死なない」ことは最低限のルールにしています。青鬼と戦うのに誰も死なない(笑)。でも殺さなくてもインパクトのある展開は作れます。
刊行前は『青鬼』や『悪ノ物語』は「子どもには読ませたくない」と言われるかも、と思っていたのですが、学校図書館向けの本の即売会などで聞くかぎりでは、先生や司書のかたからは「ふだんは本を全然読まない子が手に取った」と好意的に受けとめていただいているようです。マンガしか読まない男子が「『青鬼』の本だから最後まで読んでくれた」と保護者の方から感想をいただくこともあり、活字の本を読んでくれるきっかけになっているのであれば、わたしも嬉しいです。
YouTuberヒカキンの影響によって定番化した『青鬼』
――そもそも小学生はボカロや『青鬼』のことはどんな風に認知しているという印象ですか?
小野:今の小学生にとっては生まれたときから当たり前に存在していたコンテンツですので、新しさは感じてくれていないと思います。ただ逆に言うとジャンルのひとつとして当たり前に知っていて、拒否感なく受け入れてくれている感じですね。
たとえば『青鬼』だとYouTubeで「ヒカキンさんがプレイしている動画を観て知りました」という子がすごく多い。『青鬼』のスマホアプリ版が2018年にリリースされたこともあり、気軽にプレイもしやすい環境なんじゃないかなと思います。
――ボカロ、フリゲ系と、櫻いいよさんやいぬじゅんさんが書かれているケータイ小説系では「ウェブ発コンテンツ」といってもユーザー層が異なる気がしますが、PHPジュニアノベルでは両方刊行しています。読者層の違いや狙いがあれば教えてください
小野:『青鬼』はもともとのコンテンツ(ゲーム)を知っている子が読んでくれています。一方、いぬじゅんさんたちライト文芸の作家さんはもともと中高生が読んでいる作品を書かれていらして、小学校高学年でも大人びた子なら十分読めるはず、と思ってお声がけしました。小学生の読者がジュニアノベルの作品にハマってくれれば、その子たちが中高生になったときに弊社から刊行している四六判の『青鬼』や、いぬじゅんさんたちが他社さんで発刊している既刊にも手を伸ばしてくれるのでは、という狙いです。
――他社の児童文庫レーベルとPHPジュニアノベルの書き手の違いはありますか?
小野:PHPジュニアノベルは、特にウェブ発の作品・作家さんに限定してラインナップを考えているわけではありません。ただ、うちは後発のレーベルですから、他社さんのように児童文学系ですでに活躍されている大御所作家さん中心にお声がけするよりは、今の中高生のリアルな描写が得意な若い作家さんに執筆を依頼することで、レーベルのカラーが出せればと考えています。
作家さんたちとお話してみると「子どものころ、青い鳥文庫を読んでいました。今まできっかけがなかったけど、書いてみたかったんです」とか「いつも書いているレーベルだとこういう児童向け作品は発表できないんです」という方がけっこういらっしゃいます。うちのレーベルは創刊から日が浅いこともあって「こういうものじゃないとダメ」という縛りがないので、伸び伸びと執筆いただけているのかなと思います。
キャラクターの「賢い」「尊敬できる」という内面を見ている
――児童文庫の読者はどんなものを求めていると感じていますか?
小野:ジャンルで言うと、ホラーならちょっとショッキングなもの、恋愛ものならつっこんだところまで描いたほうが人気なのかなという印象です。
本の体裁で言えば、朝読の5分か10分でキリがいいところまで読める、1章1章が短いもの。かつ、各章の終わりで「次の章も読みたい」と思ってもらえるようにつくらないといけない。
子どもの場合、あまり巻数の順番を気にしなかったり、「新刊からとりあえず買った」みたいなこともありますので、何巻から読んでも、この巻だけ読んでもおもしろいと思ってもらえるように工夫しています。
――内容面以外に子どもたちが求めていることは?
小野:「『青鬼』の本、出てるの知ってる? これ読んでるんだ」「知らなかった! おもしろそう!」とクラスの子に自慢できたり、「これ、おもしろいよね」「そうだよね」と感動や感想を共感しあえるもののほうが手に取ってくれやすいですね。
自分ひとりで静かに読むだけの本だと、今はどうしてもムーブメントにはなりにくい。これが自分の「推し」だと積極的に言ってもらえるかどうか。売り手側が出した広告はなかなか信用してくれない一方で、身近な友だちが読んでいると「こんな本もあるんだ」と手に取ってくれることが多いようなので、そこを意識して企画しています。
――好まれるキャラクター像は?
小野:『青鬼』に封入したで実施したプレゼントキャンペーンの応募はがきで好きなキャラを書いてもらったんですが、賢いキャラ、尊敬できるキャラがみんな好きみたいですね。イケメンやかわいい子が好きなのかなと思っていたら「賢いのがかっこいい」「いざと言うとき、頼りになるから好き」などと、内面を見ている点が印象的でした。
逆に言うと、完璧すぎるキャラ、努力努力努力!の熱血キャラはあんまり……ですね。最近の少年マンガでもそうですよね。かっこいいけど実は抜けているとか、意外な面というかギャップみたいなものがあって、応援したくなる方が、共感しやすいからかウケがいいですね。女の子だといわゆる大和なでしこのような「女の子らしすぎる」キャラをメインに据えるのは避けています。女の子が必ずしも「守られる対象」である必要はまったくないので。
――イラストや装丁、デザイン面ではどんなことを意図、工夫されていますか?
小野:うちの装丁は「児童書っぽくない」とよく言われています。さわやかな集英社みらい文庫さんたちや青い鳥文庫さんたちと差別化する意図もあり、あえてあたたかみのある装丁にしすぎない。
最近は『鬼滅の刃』のような暗めの表紙の作品も、小学生たちはかっこいいと手に取っているわけですし、「大人びた装丁の本を、背伸びして手に取りたい年頃だろう」という考えから、児童文庫では描いてこなかったようなイラストレーターさんにも積極的に依頼しています。
ただ怖い内容ではないのに「ホラーかと思った」という反応をいただいたこともあり、以降はその点に気をつけています。クールな色合いにしすぎると、小学生には怖く見えることもあるみたいですね。
『青鬼』×読者参加型企画!?
――今後の展開、展望について教えてください
小野:『青鬼』は『青鬼調査クラブ』というスピンオフシリーズも好評なので、どちらも定期的に刊行していくと同時に、ホラー以外の新しい柱になるシリーズをつくりたいと考えて模索しています。ただ難しいのが、ファンタジーやSFを書きたいと言ってくださる作家さんがいらっしゃるものの、これらのジャンルは今の児童書では売れ行きを見込みにくいところですね。
読者が本を読むのに割ける時間が短いこともあって、設定が難しいものは敬遠されてしまいがちで……。ですから、もしやるならショートショートや、視点人物が切り替わっていく連作短編集がいいのかなと思っています。
テーマでいえば子どもたちがチームで何かするものや、ジェンダーレスな作品でしょうか。あとは、男性/女性以外の性別認知の人たちが当たり前に出てくる作品づくりをしていきたいですね。
――それは期待したいですね。また、『青鬼』でも今後新しい企画があるということですが
小野:『青鬼』に関しても新展開を考えています。読者参加型のキャンペーン展開がうまくいっている担当作『54字の物語』(氏田雄介 編著)で得たノウハウを活かし、「あなたが考える“最強の怪物”イラストコンクール」を実施して、優秀作品は今後『青鬼』シリーズの小説内に登場させるということをやっていこうと考えています。今の子たちはYouTubeでもTikTokでも『マインクラフト』でも、自分がつくった作品を世の中に発信することが当たり前になっています。能動的に参加できるコンテンツとして『青鬼』のジュニアノベルも、より広い層にまで認知を広げていきたいですね。
『青鬼 ジェイルハウスの怪物』
原作:noprops 著:黒田研二 絵:鈴羅木かりん PHP研究所(PHPジュニアノベル)
街外れにひっそりたたずむ洋館・ジェイルハウスには、恐ろしい噂があった……。行方不明になってしまった父親をさがしていたぼくは、あやしげな洋館にたどりついた。道中で出会ったお調子もののたけし、博学で冷静なヒロシ、しっかりものの卓郎、卓郎のおさななじみの美香と一緒に、ジェイルハウスに足を踏み入れることになったんだけど……それは大きなあやまちだったんだ。
『悪ノ物語 紙の悪魔と秘密の書庫』
著:mothy_悪ノP 絵:柚希きひろ 絵:△○□×(みわしいば) PHP研究所(PHPジュニアノベル)
紙から現れたのはかわいい動物――じゃなくて、悪魔!? 僕は小学5年生のイツキ。夏休みの間、伯父さんが管理するマンションで過ごすことになったんだけど……ある日、伯父さんの書庫の奥にある、秘密の扉を開けちゃったんだ。書庫に大切にしまわれていたのは、年代も筆跡もバラバラの紙の束。つづられた不思議な物語を読み進めていくと、挿絵の動物が動き出して……。