第3話|初めてのママ友と、憧れのあの人の本性|梶原りさ
前回までのあらすじ:
小説投稿サイト「オールスター」で、気軽な気持ちで育児日記という名の内田先生=「外園先生」観察日記を書き始めたなぎ。
サイト上で意外な人気が出てしまい、コメントに応えていくうちに、どんどん展開はオリジナル化していく。
ある日のおむかえ時間、いつも通り(ネタ探しのため)内田先生を見つめていると、地元ママ3人組に突然ファミレスに連行されて……!?
ママ友と、初めてのファミレス
たぶんこの地域にしかない、耳慣れない名前のファミレスにて。いつも店の前を通っているが、入店したのは初めてだった。
ドリンクバーでそれぞれのコップを持ち、コーラだのミルクティーだのを調達している間に、なんとなく空気は柔らかになっていた。大人4人がそれぞれの子どもを連れているから、テーブルを囲む人数は倍だ。
いままでミナトくんママ・ヒマワリちゃんママ・ヒナちゃんママとしか認識していなかった地元ママの3人組は、さすがにユキ・マナミ・レイナと、お互いを名前で呼び合っていた。
「ユキはいっつもそれだよね〜」
「高校の時から変わらないよね、ほんと」
「あのバイトのおばちゃん、今何歳なんだろうね? 老けた感じもないけど相当な歳じゃない?」
「妖怪だったりして」
「裏手の池の? ありえる〜」
この空気が苦手なのだ。私の知らない土地、私の知らない時間、あるあるネタでの連帯。この地域にとって私はいつまでもよそ者だと思わされる。
「あ、そうだ、内田の話だった」
あんなにシリアスな雰囲気で呼び出しておきながら、マナミは「そういえば」みたいな雰囲気で切り出す。
肩までの茶髪にパーマをかけ、3人の中で一番小柄ながら一番喋る、エネルギッシュなマナミ。心配そうにユキを見るレイナ。そして、
「恥ずかしい話なんだけど、私、高校の時、一瞬内田と付き合ってたんだよね」
話し始めたのは、セミロングの髪を一つに結んだユキだった。
いけない❤幼稚園教諭は本物のクズ
「内田とウチらは隣の高校で、まあまあ交流があって。高2のときに付き合うことになって」
「すごい大変だったよね!? あの時」と、不謹慎にも楽しそうなマナミ。
「ユキ死んじゃうかと思った」と、レイナ。
何となく3人の関係性が見えてきた。黒髪をまっすぐに伸ばした清楚系のレイナは、この中では一番おとなしい雰囲気だ。
3人がリズミカルに繰り出す話をまとめると、高校時代の内田先生は、狭いコミュニティ内でなんども浮気を繰り返し、ユキは散々な目にあったらしい。
「昔の話だけならこんなことは言わないんだけど、今、パンダ組のママと不倫してるらしくて、全然変わってないみたい。あいつ、大人しそうじゃん? あきらかに遊んでそうじゃないからこそ、油断しちゃうっていうか。だから、カリンちゃんママにも気をつけてほしくて」
「外園先生の本性パート……」
つい、口にだしてしまったらしく、3人の目線が一斉になぎに集まる。
「なんか、カリンちゃんママって面白いよね、何考えてんのか全然わかんない。内田に片思いしてたわけじゃないの?」
「そんな、まさか!」
慌てて否定する。園内で保護者と不倫しているような先生と、自分までに噂になっては大ごとだ。
ショックじゃないと言えば嘘になる。でも……。
(内田先生、やっぱり裏の顔あるんだ)
小説の中で、突然迫ってきた外園先生。「ママだなんて気にしない、君だからいいんだ」と、熱っぽく口説いた外園先生。普段は無愛想な外園先生。予想もしていなかった、創作と現実のリンクに、私はちょっと面白くなってしまった。無理だけど、パンダ組のママに答え合わせをお願いしたいくらい。案外、私は内田先生の本性を、外園というキャラを通して暴いていたのかもしれない。
私、小説を書くのが好きなんだ
なんだかんだで盛り上がり、その後2時間ファミレスにいた。地元ママ3人組は話してみるととてもいい人たちで、本当に心配してくれていたことがわかった。初めてのママ友……かもしれない。
久しぶりにリアルな人間と長時間喋った気がする。フワフワした足取りで、私は家路についた。
内田先生の本性。帰宅してから改めて考えてみても、そんなにショックは受けていない。私、やっぱり生身の彼に片思いしてたわけじゃなかったんだ。でも、なんであんなに毎日、更新を続けられたんだろう?
小説を書くまでは、毎日は同質で、ただ過ぎ去っていくだけのものだった。
子どもの成長、夫の昇進、子どもの教育や老後のための貯金。すべてが他人事で、私自身の楽しみなんて忘れていた。自分が主人公の日々は結婚で終わり、人のために生きていくのが、残りの人生の過ごし方として当然だと思っていた。
小説を書くことで、普段の生活のなかに楽しさを見出すことができた。毎日が楽しくて、明日はどんなことがあるだろうってワクワクした。そして、その楽しみが読者に伝わった時、私の世界は無限大に広がった。
「外園先生のたまに素直じゃないところが好き❤」
「ここの描写、いい!」
「毎日の楽しみになってます」
「明日はどうなるの!?!?気になりすぎる!!!」
読者からのコメントに応える日々が、いつしか宝物になっていた。
私、小説を書くのが好きなんだ。
小説大賞への挑戦
「桐生なぎのちょっといけない❤子育て日記」は完結することにした。
もはや日記というにはオリジナル展開を入れすぎていたし、なんというか、モデルの限界をみてしまったような気分になったからだ。
とは言え、新しい小説のアイデアが浮かぶわけでもなく……。
もう、一週間も更新できていない。今は「いけない❤子育て日記」のおかげで毎日一定のアクセス数があるけれど、このまま次回作を出せずにいたら、今いるファンの人たちも離れてしまうだろう。そう思うと気ばかり焦った。
私は、どんな小説が書きたいんだろう? どんな世界を書いて、読んでもらいたいんだろう?
と、その時、オールスターの新着欄に新しいお知らせが通知された。
「オールスター小説大賞……」
締め切りは2か月後、規定文字数は10万文字。受賞作は即書籍化が約束されている。
「櫻川ゆら先生も小説大賞からデビューしてるんだ」
人気作家である櫻川先生の「京都やおよろずレストラン 100回目の君と紡ぐ50の週末」は、アニメ化、ドラマ化もされていて、海外でも人気がある。そんな作品も、最初はこの小説賞をきっかけに書籍化したという記述を見て、もちろんとても遠い話ではあるけれど、私の心は踊った。
オールスターでは、いつもさまざまなコンテストが開催されているけど、そこに作品を応募するなんて、いままで考えたこともなかった。私が書いているのはあくまで日常の妄想を膨らませた「日記」で、文学作品なんてものじゃない。そういう気持ちから、自分が書いているものを「小説」ということもはばかられていた。でも、オールスターでの創作を通して出会った人々の声援が、どんどん私を欲深くしていた。
もっと多くの人に読まれたい。もっと多くの人の心を動かしたい。
次の目標はここ。今から書く新しい小説との出会いに、びっくりするほどわくわくしている自分がいる。
小説大賞とは?
ケータイ小説サイトや小説投稿サイトの最初期こそ、ランキング上位作品が「ネットで話題!」というキャッチコピーとともに書籍化される例が主流だったが、近年小説投稿サイトからデビューした作家の多くは、サイトが主催するコンテストの大賞(あるいはそれに準ずる賞)の受賞者である。
コンテストは初心者向けの短編賞から、さまざまは企業・出版社とタイアップしたものまで多岐に亘る。なかでも小説家になろう主催の「ネット小説大賞」やエブリスタ主催の「エブリスタ小説大賞」など「小説大賞」の名を冠したものは、賞金100万円や複数の出版社での書籍化など、本気でデビューしたい作家向けの賞典を用意して才能の発掘を試みている。
次回へ続く
*本記事は、2018年11月15日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。