ファンタジー好きなら知っておきたい中世ヨーロッパの「階級と暮らし」事典|monokaki編集部
こんな文章から始まる書籍が、23日に日本文芸社から発売された。以前にもmonokakiで紹介した『プロの小説家が教える クリエイターのための語彙力図鑑』の著者であり、現役の小説家である秀島迅氏と、先ほど紹介した「はじめに」の文章を書いた世界史研究者であり、世界史にまつわる書籍を執筆している祝田秀全氏が監修した『中世ヨーロッパの世界観がよくわかる クリエイターのための階級と暮らし事典』。
冒頭に「物語創作で役立つ「中世ヨーロッパ」の基礎知識」「中世の世界観をつくるなら押さえておきたい「封建制度」」「統治形態&権力構造を知れば物語のクオリティが各段に上がる」というページがある。それぞれの階級の立場と関係性などがわかりやすい文章とイラストと図によって解説されている。
この書籍では取り上げる事柄(例えば「王宮の住人」など)を①この節の主題、②主題に対する解説文、③図解・イラストによる解説、という3つの要点で抑えられており、中世ヨーロッパのしくみがわかりやすいものとなっている。
「PART1 権力者たちの暮らしとしくみ」「PART2 一般市民の暮らしとしくみ」「PART3 中世ヨーロッパ社会のルールと概念」「PART4 中世ヨーロッパの施設と住まい」「PART5 中世ヨーロッパを舞台に物語を創作してみよう!」と全部で5パートに分かれている。
異世界転生ものやファンタジー小説を書いてみたいというときに、現在わたしたちが参考にしているのは既存の小説やゲームからのイメージではないだろうか?
ファミリーコンピュータソフトとして『ドラゴンクエスト』が発売されたのが1986年。ライトノベルの黎明期、角川文庫青帯として1988年に発売された(1989年8月から角川スニーカー文庫が創刊されたので以降はそちらに)『ロードス島戦記』というものが現在のわたしたちの思い浮かべるファンタジー作品の大きな土台となっている。
もちろん、それ以前にも海外からファンタジー小説やファンタジー映画などは入ってきていたが、ゲームとライトノベルというものが80年代後半から当時の子供たちを中心にヒットしていき、現在のカルチャーの中でも定番となっている。そして、それらが今度は逆輸入的に本国であるヨーロッパ諸国でも日本のカルチャーとして受け入れられているという事実がある。
それらは一つのローカライズと言える。中世ヨーロッパ的な世界観は史実を参考にしているものもあるが、ゲームや小説においてその作品の世界観に沿っていて、史実とは違うものもたくさんある。もちろんフィクションを作るのであれば史実通りにする必要はないが、実際の中世ヨーロッパのことを知っておくことは作品のクオリティにも影響し、どういう嘘がつけるのか、なにがフィクションにできるのかということがわかってくるはずだ。
海外の作品が日本を描くときに、「忍者、サムライ、芸者、富士山」的な要素が出てくることが未だにある。それを見ると「気持ちはわかるんだけど、海外の人がイメージした、そうであってほしいというフィクションのニッポンだな」と思うことはないだろうか?
中世ヨーロッパについて現在のヨーロッパに住む人たちがみんな詳しいわけではないが、その歴史から続いている現在の生活や慣習がある。日本の作品における中世ヨーロッパの描き方について、わたしたちが「忍者、サムライ、芸者、富士山」の描き方に感じるものと近いものを感じている人も少なからずいるはずだ。
ファンタジー小説を書こうとこの時代設定にしたけど、この頃の市民や農民はどんなものを食べていたんだろうと考えたりしたことはありませんか? 物語において登場人物たちの日常生活がわかっているのと、なんとなくこんなものだろうと思って書いているのとでは、物語のディテールにもかなりの差が如実に出ます。
ファンタジー小説を書いている人であれば、この一冊が強力な味方になってくれるはずだ。
日々創作に悩む作家さんたちにこそ読んでほしい! と思い、monokaki限定で、特別に一部掲載の許可をいただいた。
今回掲載箇所として編集部が5つそれぞれのパートからオススメのものを二つずつ選出。まずは記事を一読してほしい。読んでみて気になった人は本書を手に取ってもらって、ご自身の創作に活かしてもらいたい
Part1 権力者たちの暮らしとしくみ
PART1では、①王宮の住人、②土地の権力者、③領主の生活、④奥方と姫君、⑤騎士、⑥教皇、⑦司教・大司教、⑧修道院長、⑨聖職者の生活、⑩宗教騎士団、⑪ハンザ同盟が取り上げられている。
ここでは、①王宮の住人、⑤騎士を紹介する。
①王宮の住人
王宮に住める人ってどんな人たち?
権力の象徴ともいうべき中世ヨーロッパの王宮。 どのような人々が暮らし、どのような権力構造になっていたのかを紐解いていく。
物語創作には欠かせない王宮の実情
国王や王族というと強大な権力を握っているイメージがあるが、中世ヨー ロッパでは必ずしもそうとは限らない。この時代、国王や王族は自らの身の保全のために諸侯や騎士といった臣下たちに土地を分け与えていた。土地を一度でも分け与えると、そこは彼ら臣下の支配下に置かれるため、国王といえどもその権力が及ぶことはなかった。国王や王族が権力を振るうことができたのは、王領と呼ばれる自分の領地においてのみ。それでも王領には自分たちの王宮があり、たくさんの人々が暮らしていた。王宮というひとつの共同体を維持していくには、多くの人手が必要だったのだ。
王宮の住人たちは、国王や王族の世話係である侍従や侍女、 食料を調達・調理する料理人、馬や馬具を管理する厩舎長などの使用人が大半を占めていた。また、彼ら使用人を管理・統制していたのは、家令と呼ばれる官吏であった。家令は騎士や聖職者の出身で、王族を支える立場にあった。
一方で、さまざまな権力がひしめき合う中世ヨーロッパにおいて、王宮を維持していくためには軍備も欠かせなかった。そこで、城内には臣下もしくは金銭で雇われていた騎士や従卒を頂点として、 多くの兵士が常駐していた。 彼らは、城の警備にあたったり軍事訓練をしたりしていた。
ただ、 王宮の維持は国王や王族という存在があってこそ。彼らは一族の血脈を守ることが最大の関心事であったので、後継者問題に頭を抱えたり、政略結婚をしたりと、物語にありそうなドラマティックな展開が実際に起きていた。
⑤騎士
騎士は貴族? 平民? 仕事や役割とは
騎士のイメージが攻撃的な乱暴者から高貴な紳士に変わり、やがては名誉称号となっていく。その理由と変遷を見ていこう。
騎士道を重んじ、戦闘の主役として活躍
騎士のあるべき姿とされる騎士道が確立した中世では、騎士が「見知らぬ土地で姫のために、住民たちを苦境に追いやった巨大な敵を倒す」といった騎士道物語も誕生した。現代でもヒロイック・ファンタジーなどの小説や映画といった多くの作品のなかに、その原型を見ることができる。
中世ヨーロッパでは、忠誠の代わりに庇護を受けるという主君と家臣の関係・レーエン制と呼ばれた封建的主従関係が成立。主君は家臣に封土や領地の税の徴収権を与え、家臣はそれと引き換えに主君と敵対せず、軍役や裁判への参加などの義務を負った。このような家臣たちは騎士と呼ばれた。当初、暴力的な無法者と見られた騎士だが、教会による「キリストの戦士」という崇高なイメージづくりで、やがて騎士道という理想形が定着。イメージの向上から貴族や王族が騎士を自任したり、武功や財力を理由に商人・農民が騎士に任じられて小貴族になったりするケースもあり、高貴な印象も付与されていく。
この時代、騎士になるためには幼い頃からの見習い修行を経て、主君から騎士に叙任される必要があった。しかし、騎士の一部が貴族階級となった弊害で叙任式や宮廷生活などの費用が高騰し、騎士をあきらめざるを得ない場合も。しかも、国王が王権強化のために騎士身分を授与する権利を独占したため、騎士は名誉称号化して万人がなれるものではなくなった。そして徐々にレーエン制が崩壊し、主従関係にある騎士より金銭で雇われた傭兵が増加。14 世紀になると組織的な戦闘集団をつくり、数多くの戦場で傭兵が主力となっていった。
Part2 一般市民の暮らしとしくみ
PART2では、①都市の暮らし、②都市の食べ物、③風呂、④衛星観念、⑤娯楽、⑥市場、⑦ギルド、⑧民兵と警吏、⑨刑吏、⑩その他の人々、⑪農村の暮らし、⑫お祭り、⑬農産物、⑭農村の食べ物、⑮農村の居酒屋、⑯農村での仕事が取り上げられている。
ここでは、②都市の食べ物、⑪農村の暮らしを紹介する。
②都市の食べ物
肉屋、パン屋、居酒屋など都市で働く商売人
いつの世も、 人は食べないと生きていけない。 中世に生きる都市の
人々はどのような食事をしていたのか、のぞいてみよう。
食に関するさまざまな商売人たち
自給自足の食生活が基本だった農村と違い、中世の都市の住民は現代と同じように商売人から食材や料理を購入していた。
食に関する都市の商売人の代表的な存在としては、肉屋がある。肉は大量に消費される食材で、人々にとって重要なものだったため、その肉を扱う肉屋は強い力を持っていた。
主食であるパンを扱う商売としては、パン屋とパン焼き職人がいた。パン屋は現代のものと同じようにパンを売り、パン焼き職人は客が持ち込んだパン種を焼いてパンにして料金を取っていた。
野菜、魚、塩、牛乳、油、ワインなど多様な食料品を扱う店も存在した。常設の店舗もあれば、都市の外部から商品を運んでくる行商人もいた。
料理をつくって提供する料理人も存在し、居酒屋や屋台で活躍した。なかには、裕福な人々に雇われる料理人もいた。富裕層は大規模な宴会を好んだため、彼らはその宴会でも活躍する。
宴会では内臓料理やプディング、ソーセージの前菜にはじまり、牛、鹿、豚、鶏、ガチョウ、鶴などの肉料理、ウナギ、ニシンなどの魚料理、ポタージュスープ、アンズ、サクランボ、モモ、ナシなどの果物、ウエハースなどの菓子といった豪華な食事が出されていたようだ。
一方、貧困層は簡素なスープやパンだけで食事を済ませていて、富裕層とは大きな格差があった。
⑪ 農村の暮らし
土地の有無で力に差が出る農民の階層
農村で暮らしていた者たちの多くは、農民である。だが、その農民には土地を持つ者と持たない者がいて、大きな格差が存在していた。
土地を所有するのは自由農民だけ
ここまでは都市部の生活について解説してきたが、農村も中世の世界や社会を描くうえで欠かせない要素である。
農村で暮らしていた人の大半は農民だ(農民以外の住民に関しては、P.84 ~91 で解説する)。ひと口に農民といっても、土地を所有する自由農民、土地を所有しない小作人、農奴に階層が分かれていた。
土地を持つ農民は、農奴、奴隷、労働者などを自分の農地で働かせた。農奴は他者の土地で耕作する農民で、奴隷ほど虐げられてはいないが、土地を離れることは許されない存在だった。労働者は賃金で働く人々のことで、土地を相続できない農家の長男以外の子どもが多かった。
自由農民の出自はさまざまで、昔から土地を所有する富豪の子孫、開墾によって土地所有を認められた元農奴、自分の土地を耕作することになった没落貴族などがいた。なかには土地を失い農奴になる者も珍しくなかった。
農村では、農作物の収穫のために 1 年のスケジュールが組まれていた。まず、2月末から 3月にかけて吉日を選んで、鍬入れを行う。農民は信心深かったので、種をまく際には祈りの言葉を唱えたり、十字架型に種をまいたりした。
春に種をまいた穀物は 7〜 8月に収穫。9月には果樹園の果物を収穫した。10 ~ 11月は秋の種まきの時期で、ぶどう酒の仕込みなども行った。12月には家畜の肉をソーセージや塩漬けに加工して、春までの食料とした。12 ~ 1月は祭日が続く休息期間。このような形で農家の 1 年は過ぎていったのだ。
Part3 中世ヨーロッパ社会のルールと概念
PART3では、①時間、②法制度、③貨幣経済、④道路整備、⑤保護区、⑥婚姻、⑦税制、⑧刑罰、⑨情報伝達、⑩医療、⑪病気、⑫災害、⑬宗教観、⑭死生観が取り上げられている。
ここでは、⑨情報伝達、⑭死生観を紹介する。
⑨ 情報伝達
スマホのない時代 情報は基本口伝え
中世期は情報伝達の主要ツールとして羊皮紙が用いられた。とはいえ羊
皮紙は高価で庶民は手を出せず、もっぱら旅人の口伝えに頼っていた。
海賊の宝を記した古地図にも使われている
紀元前2世紀頃に中国で発明された紙が世界各地に伝播するには、かなりの時間を必要とした。中世ヨーロッパで10世紀頃、パピルスに代わって使われるようになったのは羊皮紙だった。羊の皮を脱脂し、伸ばして乾燥させ薄いシート状にしたもので、紙と名にはあっても動物の皮である。海賊ものに出てくる宝の地図を思い浮かべるとわかりやすいだろう。丸めて巻物のように収納していた点も同じである。手触りは皮革よりも紙に近く、耐久性に富んでいるのが利点だ。また水分が染み込みにくい性質があり、パピルスよりも彩色に優れていたため、聖書や重要な書物に使われた。その後、13 世紀に紙が伝わるまで羊皮紙は筆写の材料、今でいう記録メディアとして用いられていた。
難点は当時にしては高価だったこと。一般の人々が情報を遠くの相手に届けたいときは、商人や旅芸人、巡礼といった旅人の口伝えに頼るしかなかった。羊皮紙を日常的に使えるのは権力者に限られ、彼らは専門の伝令を雇って目的地へ送り出していた。伝令は教会に聖別(人や物を神聖なものとして区別すること)された使者として身柄を保障され、手出し無用とされていたが、それが通る時代でもない。そこで自衛のために槍や石弓での武装が許されていた。また専門の衣服を身にまとい、手紙を入れる壺を携えていた。
製紙業が広まった14世紀には、庶民も手紙で遠方とやりとりするように。当時は旅の商人が郵便屋を兼ね、特に肉屋が重宝された。買いつけた肉の腐敗を避ける目的で、高速移動が可能な馬や荷車を持っていたためである
⑭死生観
人々が信じていた天国と地獄の狭間「煉獄」
中世期に登場したカトリックの新しい概念が煉獄である。罪を犯した者にも救済が与えられる煉獄の存在は、信徒たちの心を掴んだ。
魂の行き先は天国と地獄以外にもある
煉獄という概念がある。最近は人気漫画を通じてその読み方が浸透したようだが、本来の意味を知る人はまだ少ないだろう。カトリックでは天国と地獄の狭間にあり、そのどちらにも行けない魂が炎による苦しみを通じて罪科を清められる場所としている。13世紀に教会公認となり、聖職者の説法や、地獄・煉獄から天国を巡るダンテの壮大な叙事詩『神曲』などを通じて人々に広まった。
キリスト教が定義した死後の世界は、もともと天国と地獄の 2 つだけ。つまり祝福を得るか罰を受けるかは生前の行いで決まっており、罪を犯した者が救われるすべはなかった。そこに登場したのが煉獄という概念である。罪を犯した者はその償いとして煉獄の炎に焼かれる。それにより罪は浄化され、清められた魂は天国へ入ることができるというわけだ。なお、煉獄にどれだけの間いるのかは、生前の行いによって決まる。
虫のいい話ではあるが、神学者たちが聖書を読み説くなかで生まれた新たな解釈として、煉獄は信者たちのニーズに合った。罪を犯した者でも救われるという事実は、常に清廉潔白ではいられない普通の人々にとって救いとなり、希望の光ともなった。同時に、どんな悪行に手を染めた者であっても、善行によって煉獄で炎の浄化を得られるということでもある。その取りなし役となったのが聖職者で、信仰を通じた教会の支配もより強まっていった。
ちなみに同じキリスト教でも、プロテスタントや正教会などほかの教派は煉獄の概念に否定的なため、世界観設定のモチーフとするときは注意が必要だ。
Part4 中世ヨーロッパの施設と住まい
PART4では、①城、②教会、③修道院、④都市の施設、⑤都市の住居、⑥農村の施設、⑦農村の住居、⑧宿屋が取り上げられている。
ここでは、①城、⑦農村の住居を紹介する。
①城
王や領主にとって自宅兼職場である城
十字軍による軍事遠征はキリスト教世界の拡大につながる一方、
侵攻先となった中東の文化を招き入れるきっかけともなった。
中東文化の流入で城郭建築に革命が起きた
中世における城(城砦)は、王や領主、その家臣が暮らす生活空間であるとともに重要な軍事拠点だった。領主の権力や財力による規模の違いこそあれ、塔や城門を持ち、防御のための濠や城壁に囲まれている点は共通である。
城には時代や場所によって類型がある。中世初期によく見られたのがモット・アンド・ベイリーという形式だ。領主の居宅となる木造の天守(キープ)を備えたモット(丘)と、棒杭と堀で囲まれたベイリー(前庭)を持つ城である。
シェル・キープは輪っか型の石造天守を備えた城。現存する例にイギリス王室の離宮ウィンザー城のラウンドタワーがある。シェル・キープは当初、1階に貯蔵庫、2階に居住区の大ホールというシンプルな構造だった。それが時代が下ると上層に領主らの寝室が設けられ、礼拝堂や図書館も置かれるように。前庭には作業場や家畜小屋などがあり、あたかもひとつの町のようでもあった。
シェル・キープをはじめ、中世期に築城技術が発展した背景には、十字軍運動による中東文化の流入がある。二重城壁や、天守と城門をひとつにしたキープ・ゲートハウス(楼門)、城門につきものの跳ね橋や落とし格子(垂直に開閉する門扉)も中東の築城技術に由来したものだ。
城砦と似た施設に王宮がある。こちらは王や皇帝が国内統治のための拠点とした場所。居所のほかに広間や礼拝堂もあり、会議や裁判、祭礼も行われていた。中央集権国家では首都に王宮があるが、中世の地方分権国家の場合は王や皇帝が巡行して指揮をとるため、国内各所に王宮があった
⑦農村の住居
中世の農民たちの住居は藁や茅でできた簡素な家
中世の農民は簡素な家に住んでいた。実用重視で飾りもなく、
家財道具も必要最低限なものだけが置かれている。
貧富の差は家に現れる
中世の農民はとても簡素な家に住んでいた。ほとんどの家屋が基礎もなく、地面にただ柱を打ち込んだだけの簡単なつくり。多くは長方形の平屋で、幅は6mから大きいものでも十数m、奥行きに至っては3mほどしかない。
屋根は藁ぶきや茅ぶきが一般的だった。現代でも古民家などに見られる、いずれも植物を材料に用いた実用重視のシンプルなもの。床は土を突き固めるか、それを粘土で覆った上にイグサを敷き詰めた。壁は小枝を編み込んだ下地に、漆喰や泥、藁、牛糞などを混ぜた壁材を塗り固めてつくる。なかには小石など石材を積み上げて壁とする地域もあった。扉は金属の蝶番はなく、革紐などで固定するか、布や革をのれんのように吊して扉代わりにした。
部屋は炉のある居間と寝室の2間構成が基本だ。この頃の炉は照明と暖房を兼ねたものだが、煙突のない開放式のため、屋根には排煙口がつくられている。平均的な農民は、こうした粗末な家に必要最低限の家財とともに暮らしていた。貴重品を入れる箱チェスト、鍋や杯、鉢などの食器類、椅子とテーブル、毛布などの寝具、貴重な鉄製の農具などである。
これが裕福な農民の家では、当然豪華なつくりになる。最初に煙突を備えた暖炉を採り入れたのもそうした富裕層だ。そうして農民の間に地位や貧富の差が生じるようになると、敷地内に母屋と中庭のほか、倉庫や家畜小屋を置く富農も現れた。一方で、部屋は1室のみという貧農も依然として存在した。
Part5 中世ヨーロッパを舞台に物語を創作してみよう!
PART5では、創作FILE.①〈創作活動の第一歩!「書ける」ジャンルを分析する〉、創作FILE.②〈物語の要「プロットづくり」起点と終点を明確に〉、創作FILE.③〈史実を深く読み解けば、リアルなフィクションがつくれる〉、創作FILE.④〈王族や騎士ではない市民も物語のアクセントに〉、創作FILE.⑤〈中世の作品で要注意 ! 物語とキリスト教の関係性〉、創作FILE.⑥〈「王道」パターンでキャラの魅力をアピール〉、創作FILE.⑦〈敬称をセリフに加えればキャラの関係性がよくわかる〉が取り上げられている。
ここでは、創作FILE.⑤〈中世の作品で要注意 ! 物語とキリスト教の関係性〉、創作FILE.⑦〈敬称をセリフに加えればキャラの関係性がよくわかる〉を紹介する。
創作 FILE. ⑤
中世の作品で要注意 ! 物語とキリスト教の関係性
社会階級の頂点から浸透したカトリック教会
本書を読まれていれば、もうおわかりかと思います。
中世ヨーロッパの世界観で物語を創作する際、絶対に外せない存在として、キリスト教があります。キリスト教には、カトリック、プロテスタント、正教会などの種類があり、冒頭で解説したように、中世ヨーロッパではローマ教皇がトップとして君臨するローマ・カトリック教会が甚大な力を誇っていました。
そもそもローマ・カトリック教会が中世ヨーロッパを席巻して広まった理由は、布教のターゲットを権力者たち、すなわち支配層に狙い定めたからです。
社会階級の頂点に立つ人々を改宗させることがもっと効率的だと睨んだ、宣教者によるこの布教アプローチは見事成功を収めます。
さらには王や領主といった支配層がキリスト教徒となったため、カトリック教会の組織制度が社会に浸透し、影響力は拡大の一途を辿りました。結果、西洋社会において精神的および文化的な基盤として確立されることとなります。
こうした社会背景を十分理解したうえで創作に反映しましょう。
十字軍の遠征は肥大化した教皇権のなせる業
PART.1 では、聖職者の位階制度で最高位にあたる教皇、大司教や司教、修道院長が、俗世の政治や行政でも莫大な力を持つ存在だと解説しました。教皇に至っては、皇帝や国王と権力を争うほどの影響力を有していました。
つまり、 物語に登場する権力側の登場人物の多くはキリスト教徒であるため、キャラの思想や言動や世界観に宗教色を色濃く匂わせるべきです。
でなければ、中世ヨーロッパを舞台とした物語性の本質が損なわれてしまうしょう。というのも、当時のキリスト教は国を挙げて軍事行動を起こすほどの圧倒的な権限があったからです。この事実に触れないわけにはいきません。
もっとも有名なのが十字軍運動です。聖地イェルサレムをイスラーム世界から奪還するため、約200年にも及んだこの戦いこそ、肥大化した教皇権のなせる業でした。中世ヨーロッパにおいては、歴史上のあらゆる出来事に、なんらかの形でキリスト教をはじめとする宗教が関与しています。
そして、 私たち日本人からすれば理解しにくい部分があるかもしれませんが、当時の王族や貴族、騎士の行動原理にも、少なからずキリスト教との関係性が見え隠れします。
宗教観まで深掘りしたキャラクター造形と物語相関図を組み立ててストーリーを構成すれば、中世ヨーロッパの物語世界がさらに奥深くリアルなものに仕上がります。史実と向き合いながら、ぜひ意識してみてください。
創作 FILE. ⑦
敬称をセリフに加えればキャラの関係性がよくわかる
「読みやすく、面白い」物語を完成させるには?
本章も最後となりました。ここでは物語創作においてもっとも重要かつ基本的なポイントについていくつか解説します。
まず念頭に置くべきは〝読者目線〟です。完成した物語は、自分以外の第3者が読んではじめて、作品として産声を上げるといっていいでしょう。
当然、読者にとって「読みやすく、面白い」物語を完成させるべきです。
一方で、中世ヨーロッパを舞台とする歴史・時代系の物語の場合、往々にして犯しやすいミスがあります。それは説明文だらけになること。時代背景や設定を明らかにする解説は最低限必要ではあるものの、その説明ばかりに終始すると歴史の専門書のような体裁になってしまいます。特に身分制度が存在する世界観だと、関係性をダラダラと説明してしまいがちです。あなたが読者なら、歴史の解説に終始する物語を読みたいですか? 答えはNOですね。
そうならないために、敬称を上手に使うことを意識してください。その人物が王族なのか貴族なのか、どれくらいの地位にいるのかを端的に表せます。
俯瞰した読者目線で作品の精度が向上
会話文の比重にも留意すべきです。見開きページで会話文が半分近くを占めれば、読者は「読みやすい」印象を受けます。改行すらなく文字がぎっしり詰まった紙面にならないよう注意しましょう。
そして、「読者が物語に何を求め、期待するのか?」という見地を、書き手が常に意識することも大切です。
どんな作品のジャンルでも、読者が物語に求めて期待するのは、〝人間ドラマ〟以外にありません。作中に生きるキャラクターたちの悲喜こもごもの出来事に、読者は自身を投影し、共感や感動といった心の動きで如実に反応します。そうして心を揺さぶられれば「面白い」物語として高い評価を与えます。
中世ヨーロッパを舞台としても、この読者目線の摂理はなんら変わりありません。その時代のその国に生きる登場人物たちの躍動や苦境、逆転勝利に一喜一憂しながらページをめくります。
このように俯瞰した読者目線を書き手が備えていれば、大筋の構成から細部に至るまで、描写アプローチが変わってきます。どのようにキャラクターを動かして展開を進めれば読者の心を鷲掴みにできるか、という観点での執筆が可能になるため、いわずもがな「面白い」物語として作品の精度が向上します。
書き手の繊細な配慮が多角的に施されてこそ良作が生み出せる現実を、どうか胸に留めておいてください。
※(本文画像はWEB用に色を変更しているため、実際の書籍とは異なります)
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