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「テーマ」って何ですか?|王谷 晶

暦の上では秋のはずだがまだまだバリバリにガリガリ君がうまい。王谷晶である。
奈良漬けの次くらいに暑いのが苦手なので毎年この季節は出力が60%ほどダウンしてしまうのだが、諸君もどうか熱中症とかには気をつけてほしい。
さて今回のお題は「テーマ」。テーマがテーマ。

小説を書くにあたって「テーマ」は必須ではない

小説の批評やレビュー、作家へのインタビューなどを読んでいると、だいたいこの「テーマ」というやつが話題に上がる。
小説の書き方本とかでも「まずはテーマを決めよう」なんてレクチャーをしているものがある。だからみんな「小説とは全てテーマに基づいて書かれるもの」と思いこんでいるかもしれんが実はそんなことはない。ないのだ。
いきなりお題をひっくり返すようであれだが、小説を書くにあたって「テーマ」というのは別に必須なものではないのだ!

テーマとは、気軽に使いがちだがけっこう重たい概念だ。日本語で書くと「主題」である。作者が伝えたいことの芯、と思っていい
で、ここで諸君も胸に手を当ててよく考えてほしいのだが、そんなに「伝えたいこと」いっぱい持ってます? 
どうしてもこれを世間に伝えたい、という物書き人生における大きな主題は多い人でも二つか三つくらいしか持てないと思う。それくらい持ち重りのする概念なのだほんとは。


書き手も想像していなかったテーマが立ち上る時

試しに十冊以上刊行している作家の作品をまとめて読んでみてほしい。
もちろんそれぞれ違った物語、登場人物、設定、コンセプトの小説になっていると思うが、テーマを突き詰めて辿っていくとどれも同じ主題から出発していることが分かったりする(もちろんチョイスする作家によりますが)。
自由を愛するとか、この世をぶっ壊してえとか、平和を望むとか、そういうシンプルな主題から何十何百ものストーリーを作っているクリエイターは大勢いる。
あくまでもテーマにこだわりたい場合は、自分の本当に言いたいこと、伝えたいことを自分に問いかけるところから作業が始まる。

ちなみに「異世界チートで無双したい」みたいなのはテーマではなく「コンセプト」。コンセプトはテーマを成り立たせるための設定なので、これがテーマとして浮かんできた場合はもう一段回己を深堀りして、なぜ異世界を舞台にしたいのかチートで無双したいのか、という欲望を分解して芯を取り出す必要がある。

ということはやはりテーマは必要なのでは?と思うかもしれないが、諸君がもし「テーマが決まらないから書き始められない」なんて状況に陥っているのなら、テーマなんぞいらん。
まずはとにかく書いちまったほうがいい。書いてる途中、または書き上がったあとに書き手にも想像していなかったテーマが立ち上ってくるのが見えたりもする。

大事なのは小説がテーマに奉仕するようになってしまうといけないということ
ひとことで説明できるような主題が物語より大事なら、わざわざ長々と小説で書かんでもツイッターに放流したり拡声器を持って新宿アルタ前でアジったりすればいいのだ。小説を輝かせるためにテーマがあるテーマがないことがテーマになるときもある。


あまりわかりやすくテーマを出してしまうと読者は興ざめする

じゃテーマなんか一切考えないほうがいいのかというとそれもまた違う。テーマをひねりだせないことで手が止まってしまうくらいならテーマなんて概念は無視しろ、という話であって、元からこのテーマを使いたい!という確固たる衝動がある場合はぞんぶんにその柱を生かしてほしい

ただ、表札とか部屋の真ん中にドカンとその柱をおっ立てて「これがテーマでございます」とあまりに分かりやすく開陳するのも野暮だし、そういうのは新書とか論文とかノンフィクションのテキストでなら効果的だが、小説でやられると読者は興ざめしてしまうことも多い
読み終わって本を閉じて、ふーっと一息ついたところで「あっ、この本のテーマは○○だったのか」と気付かれるくらいが粋でよろしおすなと私は思うが、テーマをクライマックスにどーんと持ってくるもよし、最初に匂わせるもよし、それは書き手各自のグルーヴにおまかせしたい。

これは余談だが、小説は「おもしろくなきゃいけないもの」ですらないと私は思っている。そりゃ面白くないとプロになりにくかったり売れなかったりはするが(しかも大きな声では言えないが面白くないプロというのも少なくない数いる)、それは商売の話で、自分のために趣味で書く小説は面白くなくたってかまわないのだ。

本稿「おもしろいって何ですか?」のレゾンデートルをうっちゃるような話で申し訳ないが、おもしろくなくてもいいくらい、小説というのは自由なのだ。
「テーマがないと……」「面白いものを書かなきゃ……」というところで足踏みをしてしまっている諸君は、一旦そういう思い込みをぜーんぶ捨てて、ただ己の中から湧き出た衝動だけで書いてみてほしい
いわば小説のガレージ・パンクだ。破綻を恐れるな衝動を抑えるな。たとえそれが世界一面白くないヘタクソな小説になったとしても、諸君にとっては宝物になるはずだ。


大きなことは何も起こらない、元祖日常系のような作品

今回のおもしろ本は高野文子著『るきさん』。変わったタイトルだがこれは主人公の呼び名である。
在宅の医療事務を生業にしているるきさんと、その友人でばりばりのキャリアウーマンなエッちゃんの日常を綴った漫画だ。

マイペースで天衣無縫なるきさんと、仕事に恋におしゃれにと忙しいエッちゃんは対照的だがとても仲良し。で、何が起こるかというととくに大きな事は何も起こらない。今で言う日常系の元祖のような作品かもしれない。

アラサー女性二人の生活を綴っているだけで、そこに何か大きなテーマとかそういうものは見当たらない。けど、本当にそうだろうか? 本書が連載されていた時期、掲載誌なんかを調べると、深読みしてあるテーマを見出したくなってしまう。
そう、テーマは読者に(勝手に)見い出されるものでもある。そういう、あんがい曖昧なものでもあるのだ。

(タイトルカット:16号


今月のおもしろい作品:『るきさん(新装版)』

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高野文子:著 筑摩書房:刊
のんびりしていてマイペース。だけどどこかヘンテコな、るきさん。
読めば読むほどクセになる彼女の日常生活をオールカラーでお届けします。新装版での登場です。

みんなにも読んでほしいですか?

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