「恋愛」って何ですか?|王谷 晶
好きとか嫌いとか最初に言い出した奴は誰だぁ! 王谷晶である。今年のバレンタインは担当編集から貰ったチョコを貪り食って過ごしたので事なきを得たが、浜の真砂は尽きるとも世に色恋沙汰の悩みは尽きまじ。諸君も一度は「恋愛」について悩んだことがあると思う。どうやって書きゃいいのかと。
作者本人の経験値は関係ない
というわけで今回は「恋愛」をどう書くかにフォーカスする。まず基本のキだが、恋愛もセックスも殺人も宇宙戦争も異世界転生も、経験してなくても書ける。ぜんぜん書ける。書いていい。小説の本質とは妄想にある。やってないことや見たこともないようなものを、それっぽく作り上げることこそがフィクションの醍醐味なので、作者本人の経験値がどうであれ「書きたい」と思った瞬間から、諸君は恋愛を書く資格を有してる。
また、「恋愛」というのはべつに女性向けの専売特許ではない。なぜかそういう扱いをされることが多いが、主に男子をターゲットにしているレーベルのラノベ、ゲーム、少年誌青年誌などなど、ラブコメめちゃくちゃありますでしょ。アラサー以上の人間は90年代の空前のギャルゲーブーム、エロよりも恋愛を押し出した泣きゲーブームも覚えておろう。昔も今も、男子だって恋愛フィクションは大好きなのである。
LOVEが主題でない作品でも、恋愛要素を入れ込んであるものはとても多い。というか、一切の恋愛・性愛要素がない作品を探すほうが実はけっこう難しい。どんな殺伐とした話でも一組はカップルがいたり、ちょっとしたスケベシーンなどがあるものだ。(ちなみに一切の恋愛・性愛要素がない貴重な作品の中でのオススメは映画『トロール・ハンター』。超面白いぞ)
しかしこの「要素」扱いされている恋愛部分というのがなかなかにやっかいで、「ちょろっと恋愛やエロシーン足しておけばお客さんも満足でっしゃろ。テキトーにチューかパンチラさせといたらええねん」という根性で作られた志の低いソレは、1000%読者に見抜かれ興ざめされると思っておいたほうがよい。そんな気合で入れるんだったら入れないほうが間違いなくマシである。映画のレビューなどで「恋愛パートがうざい」などと叩かれているのはだいたいがこのパターンだ。
5W1Hに立ち返れば、簡単にプロットが組める
恋愛というとエモーショナルなものというイメージがあると思う。実際そうだが、小説に書くとなると話は違う。ロジカルに計算し登場人物の心情や行動を緻密に構築し描写してこそ、フィクションの中の恋愛は成立するのだ。恋に落ちるのに理由はいらないと言うが、フィクション内の登場人物が何の前振りもなくいきなり惚れた腫れた状態になるのはただ読者を置いてけぼりにしているだけである。「理由のいらない恋」の理由のなさに説得力をもたせるような書き方をしなければ、その恋愛要素は作品の中から浮き上がりテンポを崩しネットで低評価をつけられてしまうのだ。
んなこと言ったって人を好きになったこともなられたこともないからどう書きゃいいかわかんねえよパラメータ図でも載せればいいのか?という向きもいよう。図解もひとつの手段だが、ここでは基本に立ち返ってみたい。つまり、5W1H。Who(だれが)When(いつ)、Where(どこで)、What(なにを)、Why(なぜ)、How(どのように)を明確にする、作文のベーシックな書き方を使う。これがなかなかバカにできたもんじゃないのだ。ここに律儀に登場人物とエピソードをはめこんでいくだけで、読者を置いてけぼりにしない恋愛描写ができる。
例:Who(大学生男子が)When(春休み中に)、Where(バイト先の喫茶店で)、What(常連のスキの無いエリート眼鏡サラリーマンの)、Why(だらしない寝顔を目撃し衝撃を受け)、How(その日からエ眼リーマンが片時も忘れられず恋に発展する)
……と、このように3分で短編BLのプロットがひとつ組み上がった。いつ・どこでは作中の小道具やシチュエーションに関係し(上記の話なら桜、コーヒーなど)、なぜ?の部分は読者の感情移入や共感を司る(上記なら見慣れた人の新しい一面、他の誰も見ていないのではと思うような顔を見てドキッとすること)。どのようには物語のクライマックスや起承転結の転の部分に活用できる。
この作業を自分の好きシチュで千本ノック状態で繰り返し、慣れてきたらあえて読者の感情移入を拒む展開にしたり人物や場所にひねりを咥えた加えたりしていけば、どんどんオリジナリティのある恋愛展開が作れる。それを中心に骨肉をつけていけば、もう立派な恋愛小説のプロットが出来上がってしまう。
感情は化学反応=手順を大切に
大切なポイントは、恋愛要素というのは登場人物と登場人物の間に生まれる化学反応であるということ。成就するにしても失敗するにしても、なぜ・その相手を・どのように・好きに/嫌いに/無関心になったのかということを化学反応の実験の手順のように組み立てて行くことで、唐突でもなくやっつけ感もない、読み手のハートにグッと響く恋愛が描けるのだ。実験で手順や道具を抜かしたらうまく反応しないでしょ。恋愛描写が書きたい! でも苦手! という諸君は、まずはシンプルにこの5W1H形式で習作をモリモリ作ってみてほしい。
また、言うまでもないことだが今回指した「恋愛」とは、あらゆる恋愛をさす。BL、百合、男女、異種間、無機物などなど、どんな相手とでも恋愛は生まれる。フィクションならなおさらだ。フィクション内の恋愛に貴賤やタブーは基本ない。おもろいかおもろくないかがあるだけだ。
今回のおもしろ本は『変愛小説集』。恋愛ではなく「変」愛である。その字の通り、読んで思わずなんだこれは?! と叫んでしまいそうなヘンな愛の話を集めた短編集だ。人間のパートナーがいるのに樹木に恋をしてしまったひと、最愛の妻がだんだん宇宙飛行士に変身する奇病に罹ってしまった男、バービー人形と真剣交際する男子……どこを取ってもヘンとしか言いようのない物語が収められているが、しかしそのどれもが間違いなく「恋愛」を描いているのだ。恋にも愛にも色んな形がある。普通じゃ考えられないような恋や愛のかたちにも、小説はこんなに切実さとリアリティを与えることができる。恋愛というジャンルと、小説という手段の可能性をガッと広げてくれるような一冊である。日本作家編もあるので両方ゲットして読み比べてみるのも面白いと思う。
(タイトルカット:16号)
今月のおもしろい作品:『変愛小説集』
編・訳:岸本佐知子 講談社(講談社文庫)
岸本佐知子が訳す世界の「愛」の物語。
ブッカー賞作家から無名作家まで「変愛」と呼ぶしかない狂おしくも美しい愛の世界。こんな小説見たことない・・・!?
「愛」をつきつめていくと「変」になる。木に恋をしたり、バービー人形と真剣交際したり。奇想天外で切ない思いがつまった11篇。
*本記事は、2019年03月15日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。