見出し画像

日常系から大冒険まで ほっこり/ほのぼのファンタジー|三村 美衣

 これまでは設定やガジェット(道具立て)に関するテーマが主だったが、今回は「ほっこり/ほのぼの」という物語や文章の雰囲気でくくってみた。温かみがありくすりとできるような作品、かわいらしく愛嬌のある、どこかのんびりした牧歌的なファンタジー作品をお待ちしています。
 さて、その「ほっこり/ほのぼの」の王道といえば、ちょっと不思議な要素が入り込んだ日々の暮らしを描く日常系だ。まずはこの日常系のアプローチから考えて行こう。

異界からの訪問者

 日常系の王道は、見慣れたごく普通の世界に異界からの訪問者がやってきて、ささやかな魔法の力で主人公を小さな冒険へと誘う。宮沢賢治の『風の又三郎』、ネスビット『砂の妖精』、トラヴァース『メアリー・ポピンズ』など古典的名作から、「転校生もの」や、魔女っ子もの、同居もの、さらに1人目を追いかるように次々に異界から訪問者が現れる「落ちもの」に発展、逢空万太『這いよれ! ニャル子さん』のようなほのぼのクトゥルーという存在矛盾な作品まで登場した。

 ただし、手を変え品を変え再生産されて続く人気のパターンなだけに、訪問者はもちろん、ホスト側にもどこがオリジナリティのある捻りが欲しい。読者に「またこのパターンか」と投げられないように、冒頭の表現やシーン設計にも「読んでみたい」と思わせるような仕掛けや気配りを忘れずに。


エピソードの羅列で終わらせずドラマを作ろう

 たとえば妖怪や妖精が人間と同居していたり、小さな神社に本物の神様が住んでいたり、狐や狸が人に化けていたり、ほんの少し魔法のような力が使えたり。そういったことが当たり前に受け止められている、現実とは少しズレたもうひとつの日常ものも、ほっこり/ほのぼのの宝庫だ。
 たとえば不思議な道具を扱っていて、幽霊の客が来るようなお店食物を育成させる緑の指とんでもない力持ちの女性人の内面を引き出す帽子を作る職人さん。そんな不思議な力が使えるひとたちがちらほら住んでいる、ご町内ものなどの連作もいい。

 妖怪や妖精ものは、食生活、生活習慣、寿命などさまざまなところで起きる種族間のギャップや、じじむさかったり、幼かったり、やたら尊大だったりする「いかにも」なキャラクターの描写が笑いを生む。妖怪や幽霊や異界の生き物好きは、そんなエピソードを並べていくことが楽しいだろうが、ギャップを並べて笑うだけで終わらせないように注意したい。笑いを調味料にドラマを盛り込んでいけば、種の違いを超えた友情や信頼が、読む人の心をほっこりと温めてくれる。


異世界「育成系」で日常を描こう

 日常は現世にだけ存在するわけではない。異世界を舞台にすれば、魔法のある日常風景を面白おかしく描くこともできるし、『大草原の小さな家』のようなナチュラルライフを丁寧に描くことも可能だ。魔法使いの私塾や、小さな寄宿舎、異種族が混在する異世界学園もの、異種族間の通訳や調停官のような、特殊な職業ものも面白い。

 ドラゴンやグリフォンなど幻獣を育てたり、モンスター牧場で働いたり。ミツバチではなく特殊な妖精が受粉を手助けする果樹園、特殊な糸を作る養蚕所、クソ生意気な野菜や分裂する穀物などかわった作物を栽培する農園ものなど、異世界ならではの生態に特化した育成系も人気のジャンルだ。


ほのぼの語り口×シリアス大冒険も可能

 童話や児童文学の世界では、動物や樹木や道具だってしゃべったりする。ガネットの『エルマーとりゅう』は、お父さんが9歳だった頃のこととして、動物がしゃべり竜が存在する世界を当たり前のように描いた。クマがしゃべるボイドの『くまのパディントン』やロフティング『ドリトル先生』シリーズなども、子供の頃に読んでおきたい名作だ。

 トーベ・ヤンソン《ムーミン》シリーズは、子供向けのほのぼの系ながら、大人が読むと実に人生を考えさせられる深みがある。風刺やパロディ効果を狙った擬人化動物ものは、ファンタジーファンにとっては興ざめな作品が多いが、暖かくて真摯なファンタジーなら、たとえ幼い子どもが読めるような絵本であっても、大人にも愛される作品になるのだ。

 たとえばトールキンでも『ホビットの冒険』は、竜の棲む山にまで行く冒険譚ながら、子供向けなためか『指輪物語』の重苦しさとは異なる牧歌的でゆったりとした空気が流れている。雰囲気は表情や食や自然への好奇心や感受性の描写など筆の方向によって生み出されるので、ほのぼの/ほっこりと大冒険も同居可能ということだ。
 ほかにも田中ロミオ『人類は衰退しました』の人類滅亡+ほのぼの妖精ものや、おかゆまさき『撲殺天使ドクロちゃん』の血みどろ+ほのぼののような語り口と内容がミスマッチなアプローチもありうる。


おすすめほっこり/ほのぼのファンタジー3作品

梨木香歩『家守綺譚』(新潮文庫)
百年ほど前の京都。主人公は、亡くなった友人の親から屋敷の留守居を頼まれ、豊かな自然に囲まれた庭付き、池付きの一軒家で暮らしはじめた。ある夜、死んだはずの友人が掛け軸からひょっこり現れ、庭の百日紅の木が彼に懸想していると言う。そう言われてみれば思い当たるふしもあるのだが、しかし、人間の異性にすら好意を寄せられた経験もなく、まして庭木にたいしてどう対処して良いかもわからず……。日本の四季の移り変わりと共に描かれる、ノスタルジックでユーモラスな日常系ファンタジー。
https://www.shinchosha.co.jp/book/125337/

廣嶋玲子『妖怪の子預かります』(創元推理文庫)
鬱憤晴らしに割った石が、子預かり妖怪うぶめの住まいだったがために、その罰として「妖怪の子預かり処」となった弥助。過去の経験から心を閉ざしてしまった少年が、次々にやって来る子妖怪に振り回されながら成長する様子を描いた、ほっこりお江戸妖怪ファンタジーシリーズ。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488565022

村山早紀『コンビニたそがれ堂』(ピュアフル文庫)
商店街のはずれに、夕方になると忽然と現れるちょっと古ぼけたコンビニたそがれ堂。本当に欲しいものが見つかると魔法のコンビニを舞台にした、ハートフルな連作短編集。村山早紀のほぼ全ての作品は、東京近郊の架空都市《風早》を舞台にした、ほのぼの系ファンタジー。他にも緑の指を持つお花屋さん『花咲家』シリーズ、幽霊が棲むホテルや下宿を舞台にした作品などがある。
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8111045.html

(タイトルカット:大國オサム


ファンタジーコンテスト「ほっこり/ほのぼの」大賞受賞作『花咲く時間 ~ 小春と神様たちのほっこりtea time ~
著:藤月
優月 小春(ゆづき こはる)、18歳。お菓子作りが大好きな、ごく普通の女の子。
大好きだった祖母を亡くし、傷心のまま訪れた神社で、小春はある不思議な出逢いを体験する。そして、その晩 小春の元には不思議なヒトが訪ねて来てーー。
とある神社の神様達と小春の、ほっこり温かな物語。


*本記事は、2019年07月01日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!