2011年のウェブ小説書籍化 ウェブ発の作家は「作家」として「文芸」の世界から認知されてもいなかった|飯田一史
電撃小説大賞をめぐるイノベーションのジレンマ
ラノベ作家志望の作品の投稿先は、2000年代までは出版社運営の新人賞以外ほぼ選択肢がなかった。だが2010年代にはそれと同等か、人によってはそれ以上にまず「小説家になろう」などの投稿サイトが有望な選択肢となっていく。
2011年には、著者のウェブサイトに掲載して好評を博したものを改稿して電撃小説大賞に応募して銀賞を受賞した和ヶ原聡司『はたらく魔王さま!』が2月に電撃文庫から刊行されている。
前にも触れたが、これは米澤穂信『氷菓』と同様のパターンであり、そしてやはり『氷菓』同様に「ウェブ小説書籍化」と謳われてはいない。ただ、こうした「ウェブ上での好反応を元に新人賞に応募して受賞する」という事例は2010年代に増えていく。
2010年代の魔王ブームを牽引した代表的な作品といえば、『はたらく魔王さま!』や『まおゆう』だが、後者の著者・橙乃ままれが「小説家になろう」に2010年4月より連載した『ログ・ホライズン』が11年3月にエンターブレインから刊行されている。同作は2013年10月に「なろう」発で初めてTVアニメ化作品となる。『ログホラ』は『SAO』と並んでVRMMOものとして捉えられただけでなく、「ゲーム世界へ転移する作品」としてもフォロワーを生んだ。
また、2008年10月より「なろう」に連載されていた佐島勤『魔法科高校の劣等生』が、2011年7月に電撃文庫から出版されている。この作品がラノベ作家志望者に与えた影響は大きかった。たとえば『Re:ゼロから始める異世界生活』の著者・長月達平はラノベ新人賞に投稿していたが、『魔法科』を読んで「小説家になろう」に投稿することを決めている(「異世界ものは何がそんなに面白いのか? 『リゼロ』長月達平×『オバロ』丸山くがね対談」ダ・ヴィンチニュース )。
電撃文庫は2000年代までラノベ市場で最大シェアを誇るレーベルであり、新人賞である電撃小説大賞 の応募数は他社のラノベ新人賞よりも数倍にも及んでいた。そのなかから優秀な作品を選んでいたことがさらに電撃の作家の層を厚くしていた。
ところが長月達平や『転生したらスライムだった件』の伏瀬をはじめ(伏瀬は丸山くがね『オーバーロード』を読んで「なろう」への投稿を決めている)、「かつては電撃に応募していたが「なろう」に投稿することを選ぶ」作家が増えていく。
くりかえすが、幸か不幸か電撃はラノベレーベル内で最大の応募者数を誇る新人賞を運営していた。つまり自前の新人の層が厚く、そちらをないがしろにしてまでウェブ小説に積極的に手を出すわけにはいかなかったと思われる。『はたらく魔王さま!』はウェブが初出とはいえ電撃大賞に応募されたものだし、『魔法科』が刊行されたきっかけは佐島が別作品を電撃大賞に投稿したところ、作風に見覚えのあった編集者が声をかけたという、『SAO』と似たパターンだった(『魔法科高校の劣等生』1巻あとがきより)。
つまり電撃の編集者が投稿サイトにまでわざわざ探しに打って出たわけではない。応募された新人賞投稿作・投稿者の中から見つけたのだ。電撃は『SAO』と『魔法科』で大成功を収めたにもかかわらず、長いあいだ「なろう」などからの書籍化にほかのラノベレーベルほど積極的でなかった(2ちゃんねるに投稿していた2013年デビューのげんふうけい=三秋縋などの例外はあるものの)。
これがある種のイノベーションのジレンマとなって、10年代を通じて電撃は2000年代に比べるとやや存在感を弱め、有力新人作家を獲得し損ねる機会が増えていくことになる。
皮肉にもラノベ作家志望に対して投稿先としてのウェブ小説への注目を決定づけ、電撃の相対的な地位低下を招いたのは、電撃文庫から刊行された『SAO』と『魔法科』だった。
「Arcadia」閉鎖騒動で異世界ものを中心に「なろう」への移籍が進む
11年には女性向けに続いて男性読者が多い異世界転生・転移作品が次々に書籍化され、以降、なろう系のイメージを長きにわたって形成していくことになる。11年6月には「なろう」発の男性向けでは最初の異世界転生ものの書籍化と目される白沢戌亥『白の皇国物語』(09年10月から連載開始)がアルファポリスから刊行されている。
同年11月創刊の林檎プロモーション・フェザー文庫は創刊早々に著者やイラストレーターとのあいだにトラブルが多発し、撤退することになったが、なろう発の鵜『地味な青年の異世界転生記』や絹野帽子『攻撃魔術の使えない魔術師』という異世界転生ものを創刊ラインナップに据えていた。もう一点の創刊ラインナップである保利亮太『ウォルテニア戦記』は異世界転移ものである。
転生もの書籍化は女性向けで先行していたが、2011年には『白の皇国物語』など男性向け作品でも刊行され、いずれも出版界では無名の新人の作品ながら売れ行き好調だった。以降、転生・転移ものは10年代を通じてブームとなり、20年代にはマンガまで含めてジャンルとして定着する。
この年にはArcadiaの地位低下という重要な出来事もあった。2011年3月11日に東日本大震災が起こったが、Arcadiaは震災後にアクセスできなくなるなど存続が危ぶまれ、丸山くがね『オーバーロード』をはじめいくつもの作品がArcadiaから「小説家になろう」に連載先を移籍した。
『魔法科』書籍化、Arcadiaからの移籍ラッシュ、男女問わず転生・転移もの書籍化が一般化という出来事が重なったことで「なろう」は急成長を遂げ、以降、出版界は「なろう」からの書籍化の動きを強めていく。
ただしリアルタイムではラノベ界では2011年に角川スニーカー文庫から谷川流による涼宮ハルヒシリーズの新刊『涼宮ハルヒの驚愕』前後編がともに初版部数51万3000部というラノベ史上最多の記録を打ち立てたことや、そのスニーカー文庫の小説誌『ザ・スニーカー』が休刊したこと、角川グループホールディングス(現KADOKAWA)がリクルート傘下の出版社でMF文庫Jを擁するメディアファクトリーを買収したことのほうに、はるかに注目が集まっていた。
エブリスタとピンキー文庫、KCG文庫との関わり
前年2010年に設立されたE★エブリスタの動きはどうだったか。
2011年には集英社ピンキー文庫が創刊され、モバゲーやエブリスタ発のケータイ小説が書籍化された。
目玉タイトルは、みゆがエブリスタに投稿して「Seventeenケータイ小説大賞」にてグランプリとなった『通学電車 〜君と僕の部屋〜』の続編である『通学時間』。『通学電車』は集英社コバルト文庫から刊行されたが、その続刊がピンキーに移行した、つまりピンキー文庫はコバルト文庫から派生するようにして創刊された。
「通学」シリーズは2015年11月に『通学電車』『通学途中』が実写映画化され、累計100万部を突破する。ピンキー文庫の創刊ラインナップには、ほかに第二次ケータイ小説ブーム時に竹書房から刊行された『永遠の夢』が2007年上半期のトーハン単行本・文芸ランキングでベスト10に入った作家・百音(もね)が4年越しで完結させたと謳われた『心の空』もあり、こちらもロングセラーとなっている。
先走って言ってしまうと、ピンキー文庫は16年4月以降、新刊が刊行されていない。同時期の2016年5月に雑誌『Cobalt』が休刊しており、コバルト系作品・作家は後継レーベルである15年1月創刊の集英社オレンジ文庫に移籍する一方、ピンキーは後継レーベルが存在せず、集英社は事実上ケータイ小説から撤退する。
なおケータイ小説ジャンルでは、2009年に創刊されたスターツ出版ケータイ小説文庫に、もともとあった恋愛系のピンクレーベルに加えて、青春系のブルーレーベルが加わっている。これは「甘いだけじゃないものが読みたい」という読者の声が増え、サイト上でも作品を分類するタグに「泣ける」が目立つようになってきたためだ(拙稿「ブーム後の「ケータイ小説」が今も読まれる必然 ガラケー時代から進化、ジャンルとして定着」東洋経済オンライン)。
エブリスタに話を戻すと、角川コンテンツゲートから「児童書を卒業した中高生が初めて読む本格小説」と銘打って創刊されたKCG文庫も創刊されている。
第1弾ラインナップはE★エブリスタと角川コンテンツゲートが合同で主催した「E★エブリスタ×角川コンテンツゲートヒーロー小説大賞」での受賞作を中心にラインナップされた。大賞受賞作であるHALOによるファンタジー小説『ソロモンの詩篇 魔法学院と悪魔の寝室』はE★エブリスタプレミアムでのコミック連載もされた。
KCG文庫はエブリスタ以外にpixiv発の小説や、VOCALOID楽曲フリーゲームなどのノベライズといったいずれもウェブ発のコンテンツに力を入れたが、じんによる小説『カゲロウデイズ』以外には大ヒットと呼べる作品は生まれず、2017年12月の『カゲロウデイズVIII』をもって刊行を終了する。しかし、カゲプロは小説、マンガ、学習参考書など関連書籍の累計発行部数が1500万部に及び、プロジェクト終了後も小説『カゲロウデイズ』は中学生に長く読み継がれる作品になっている。
角川コンテンツゲートは、ガラケー(フィーチャーフォン)時代から20~30代女性向けに大人のキャラクター小説を中心に配信する「小説屋Sari-Sari」を運営し、「Sari-Sari」は有川浩『植物図鑑』などの連載媒体となってきた(『植物図鑑』は2008年6月から2009年4月まで連載、2009年6月に単行本化)。
2011年には角川グループ直営の電子書籍配信プラットフォーム「BOOK☆WALKER」にて無料配信する電子書籍雑誌としてリニューアルし、創刊ラインナップには藤木稟の角川ホラー文庫の人気作『バチカン奇蹟調査官』の外伝やビーンズ文庫の喬林知のエッセイ、須賀しのぶの『芙蓉千里』の第4部一挙掲載などを目玉とし、同誌では有川浩『空飛ぶ広報室』などが連載され、書籍化された(2017年休刊)。
ガラケーの有料小説サイトと比べて電子小説雑誌の売り方・広め方の難しさがうかがえるが、たとえばSari-SariがEPUBの電子書籍としてダウンロードしないと読めないものではなく、誰でもウェブに直接・気軽にアクセスできるものだったら広がり方はどう違っただろうかと考えてしまう(もっとも、小説投稿サイト関係者からは「一般文芸の作家が作風を変えないでそのままウェブに載せても意外と伸びない」という声をしばしば聞いた)。
ウェブ小説の児童文庫への進出
この時期のエブリスタ発ではほかにも、『王様ゲーム』からの流れを汲むエグいデスゲーム、サバイバル、脱出ゲーム系作品が目立つ。たとえば2011年には総合閲覧者数2000万を突破した黒井嵐輔のデスゲーム小説『サバンナ・ゲーム』が小学館クリエイティブから刊行された(翌年からコミカライズ)。この時期の重要作品だ。
Mobage小説でランキング1位となった〆フィリ〆『死村』に触発され、けろぴー゜ょんがエブリスタに連載した『オンライン』が、雨蛙ミドリ名義で『オンライン!クリア不可能!? 悪魔のゲーム!』として角川つばさ文庫から2011年11月に刊行されている。おそらく同作はウェブ小説作品が児童文庫(小学生向けの新書サイズの児童書)から刊行された最初の例――少なくとも最初期の例――だろう。
『王様ゲーム』は2015年、山崎烏『復讐教室』は2017年から双葉ジュニア文庫版が刊行されており、2010年代半ば頃にはウェブ小説発の児童文庫作品は一般化していく。
2018年創刊のポプラ社ポケット・ショコラのようにウェブ発の恋愛ものを書籍化して刊行している児童文庫レーベルもある。『オンライン!』はそれらよりもはるか以前に、ウェブ小説を小学生の手に届けた。
2010年代以降、児童文庫ではデスゲーム、サバイバルものが人気ジャンルとして定着するが、直接的なルーツと言える山田悠介、『王様ゲーム』と並んで、児童文庫で刊行されて人気を博した点を含めて『オンライン!』が与えた影響は大きかったと見るべきだろう。
20000年代の二度のケータイ小説ブーム、とくに2000年代半ばからの第二次ケータイ小説ブームのころには全国の小中学生女子がこぞって朝読にケータイ小説を読むようになり、その内容の過激さを危惧した教師や司書が「朝読では横書きの本を禁止する」という動きが起こった(朝読の理論的根拠であるジム・トレリース『読み聞かせ この素晴らしい世界』で紹介されているマクラッケン夫妻提唱の「『黙読の時間』のすすめ」は「読むための素材を子供自身に選ばせること(本、雑誌、新聞など)」としており、第三者の選書介入は望ましくないとされている。またトレリースはOECD調査などを引いて「夢中になって読めるならコミックだろうと読解力向上につながる」ことを示し、やはり大人の選書介入に対して釘を刺している。にもかかわらず日本では教育効果に対するエビデンスも原典に対するリスペクトもなく、恣意的に「マンガ、雑誌禁止」「横書き禁止」といったルールを加えて”自由読書“の時間が運用されている)。この「横書きの本禁止」の悪習はケータイ小説の流行が変遷してレイプや暴力、妊娠といった要素が消えたあとまで長く残り、横書きのケータイ小説は学校では「禁書」扱いになった。
このことを考えると、実質的にデスゲーム作品であり、若干の毒や過激さを孕む『オンライン!』が角川つばさ文庫というまがうことなき子ども向けのレーベルで刊行され、学校図書館にも入ったことは、2000年代のケータイ小説書籍化が起こしたハレーションとは対照をなしている。
2010年代以降、ウェブ発の作品はさまざまな場面で社会的に認められたと言える状態を作っていくが、児童文庫に収まったことはそのうちの大きなひとつである。書籍化された児童文庫版は内容がソフトにチューニングされ、小学生向けにパッケージされ、大人が許容するラインを見極めて編集されたことが決定的に重要だった。
SF業界の人間がウェブ小説に言及し始める
ウェブ小説をめぐる「語り」についても触れておこう。
この時期「SFマガジン」が英米の電子書籍やウェブマガジン情報を積極的に紹介していたことには2010年の項で触れたが、日本SF作家クラブが2011年5月1日から公式ウェブマガジン「SF Prologue Wave」を始め、ショートショートなどの掲載を始めている(ただしおそらくこのサイト発で書籍化されたウェブ小説作品はないと思われる)。
ほかにも2011、2012年になると、SF業界の人間が日本のウェブ小説に言及する機会が現れる。
たとえば以前も紹介したが、「本の雑誌」2011年2月号掲載の鏡明のエッセイ「連続的SF話321 SFネイティブの書き手 吉野匠と川原礫が気になっているのだ」(90-91p)では、2010年のSFベストを考える際に吉野匠、川原礫のことが気になったと書いている。
また、『SFが読みたい!2012年版』(早川書房)の卯月鮎「魔王もの・ゾンビもの・長文タイトルの流行――ますます細分化するライトノベル」では「二〇一一年は“魔王もの”がライトノベル界を席巻」と記し、また「ウェブ小説のデビューも注目を集め始めている」として『魔法科』を例に挙げている(86-87p)。
とはいえ2010年代半ばになるまで「SFマガジン」ですら新刊レビューでは、ライトノベル、ファンタジー、ホラー欄いずれでも一貫してなろうやエブリスタ発のウェブ小説作品はほとんど取り上げられることがなく、いわんやほかの小説誌の書評欄では皆無に近い状態だった。
先ほど2010年代を通じてウェブ小説が社会的に認められるようになっていった、と書いたが、2011年時点では、まだまだウェブ発の作家は「作家」として「文芸」の世界からは認知されてもいなかった。「本の雑誌」(本の雑誌社)2011年12月号では「いま作家はどうなっておるのか!」と題した特集が組まれ、たとえば文芸編集者匿名座談会では作家の収入や部数について赤裸々に語られ、一部人気作家を除いては「小説は売れない」「作家は食えない」的な景気の悪い話が繰り広げられているが、この特集ではケータイ小説作家も含め、ウェブ小説書籍化作品についてひとことも触れられていない(もっとも、この年に谷川流の『涼宮ハルヒの驚愕』が(前)(後)合わせて初版発行部数102万6000部という事件があったにもかかわらず、ラノベについてもほとんど触れられていないものの)。
視界に入っていなかったのだろう。あるいは視界の隅に入っていたにせよ、たとえ商業出版経験のあったとしてもウェブ小説家など質の低い作品を書く格下の存在であると思っている出版業界人が、おそらく大半だった。
『ログ・ホライズン1 異世界のはじまり』
著:橙乃ままれ イラスト:ハラカズヒロ 監修:桝田省治
発行:KADOKAWA
定価:1,100円(本体1,000円+税) ISBN:9784047271456
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『通学時間〜君は僕の傍にいる〜』
著者:みゆ ピンキー文庫(集英社)
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