2013年のウェブ小説書籍化② 『ビリギャル』『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』を当てたKADOKAWAの躍進|飯田一史
(10月25日:記事を一部修正しました)
ウェブと出版の連動における試行錯誤
すでに連載で紹介している『ペプシマン』など以外にも、たとえば2013年に刊行された渡辺浩弐『2013年のゲームキッズ』(星海社文庫)がある。同作の収録作のほとんどは星海社のサイト「最前線」上に掲載され、Twitterを使って個々の作品から引用して意見を投稿できるようにしたり、ニコニコ生放送を使って声優の生朗読によって読者に意見を書き込めるようにしながら公開するといった双方向企画などが試みられた。
しかし、たとえばブログを模した形式で書かれるグロテスクなホラーとして700万PV以上を叩き出した渡辺の「謎と旅する女」は、書籍版では、縦書きで基本的には画像もなく一般的な小説形式で綴られていく(ページをめくっていくと終盤には字の上に血が飛散しているかのような印刷がされている、というしかけはある)。ウェブサイトを閲覧するように本を読むことはできないがゆえの仕様変更である。
ほかにもまた、2007年3月にSNS「mixi」上の公式企画「ミクドラ」として限定公開され(mixi公式で書かれた初の連載小説)、350万アクセスを超えて2008年1月に角川書店から刊行された原田マハ『普通じゃない。』は、書籍版には小説だけが収録されているが、mixi版では平日毎日更新の小説以外にもフォトストーリー、そしてmixi内に用意された作中人物たちのアカウントに書かれた日記を読むことができた。
当時報じられたニュースによるとさらに「ユーザーが登場人物とマイミクシィ登録をすると、登場人物に紹介文を書いたりメッセージを送るといったコミュニケーションが可能になる。また、小説の前半が終了した段階で後半のストーリー展開を投票で決定するユーザー参加企画も行なわれ」たという(BBwatch「mixi、ユーザー参加型のドラマ広告「ミクドラ」。第1弾の主演は池脇千鶴 」)。
ちなみに原田はmeha名義で携帯サイト「デコとも」で連載し、700万人の読者から支持され書籍化希望メールが3万通に及んだという『ランウェイ☆ビート』を宝島社から2008年に書籍化、2011年には実写映画化されているほか、2011年3月からハウスメーカー阪急宝塚山手台のサイトに書いた連作短編『スイート・ホーム』がポプラ社から2018年に書籍化されている。さらにはniftyのココログ小説には未書籍化のブログ小説『いつかブライアント・パークで』があるなど、2012年発売の『楽園のカンヴァス』でのブレイク以前のキャリア初期にはウェブ小説と関わりが深かった。
話を戻すが、こうしたウェブならではの仕掛けを使った小説の試みが、ウェブ上では盛り上がるにもかかわらず散発的なものに留まるのはなぜか。ノウハウが必要にもかかわらず実作者がほとんどいないからだ。ではなぜ作り手が限られるか。手間やコストがかかる一方でマネタイズ手段が限られている、つまり儲からないからだ。
ARGの大型企画はアメリカなどでは大作ゲームや映画のプロモーションとして行われることが多い。ミクドラは同様の広告案件で行われた企画だが、この手法が一般化しなかったことを思うと、狙ったほどの成果が得られなかったのだろう。つまり日本ではプロモーションコストから制作費を捻出する方向性は難しいとスポンサーや代理店は判断したのではないかと思われる。
では書籍化でマネタイズできるか。ウェブでのおもしろさを反映できないというビハインドゆえに、それも難しい。
2010年代以降にリアルタイム性を重視した物語を提供して人気を博したものといえば、たとえばスマートフォン向けゲーム『Fate/Grand Order』が挙げられるが、なぜ『FGO』が商業的に成立するかといえば、シナリオ自体ではなくガチャで稼ぐビジネスモデルだからだ。
スマホゲームと異なり、ウェブならではの仕掛けとリアルタイム性を採用した小説/ARG小説には、ガチャは当然存在せず、ガチャに代わる収益化手段の開発もままならなかった。結果、ARG小説は、小説投稿サイト発の作品と比べてコンスタントに書籍化されるようにならなかった。
文字だけのウェブ小説よりも表現をリッチにするほど、動画や音声をプラスオンしてウェブやアプリ上で提供するほどに、出版物としては売ることが困難になる――「ウェブならではのしかけ」と「本」というパッケージのあいだに生まれる齟齬は、90年代の『ペプシマン』のころから抱えていたものだが、いっこうに解決されなかったのである。
2010年代初頭にKADOKAWAとドワンゴの業務提携~合併に際しては、従来のラノベをはじめとする角川の出版事業と、ニコ動のネットサービスとを、ビジネス的にも文化的にも融合するということが夢見られていた。
ただ、なろう系の成功などだけを見ていると勘違いしてしまいがちだが、ウェブと出版との連動がなんでもかんでもうまくいくわけではない。ジャンル的な適性もあれば、うまくいくまで何度も試行錯誤が許されてノウハウが蓄積されたかどうかも、軌道に乗るかどうかを左右してきた。
結論を言えば、2010年代の「出版」と「ウェブ」の関係において、「角川」と「ニコ動」の融合は、短期的にはともかく中長期的には失敗に終わったのである。
まずニコニコ連載小説は、2016年に終了している。なろうやエブリスタ、アルファポリスのようにヒットを生むことができず、既存作品の販促ツールとしても効果が限定的だったからだろう。
ニコ動文化を象徴するゲーム実況動画と相性のいいタイプのフリーゲームを世に送り出す媒体である「ニコニコゲームマガジン」にて配信された『銃魔のレザネーション』を、原作者のカルロ・ゼン(Arcadia連載の『幼女戦記』でデビューした作家)が小説にした『銃魔大戦』が最後の作品となった。
また、2000年代後半から2010年代初頭までは破竹の勢いだったニコ動は、スマホ対応に遅れて影響力を急落させ、2016年には、MF文庫Jアペンドラインをはじめとするニコニコ文化圏発の書籍への注目は早くも失墜し、ボカロ小説ブームも終焉していた。
奇しくもニコニコ連載小説がサービス終了した2016年は、KADOKAWAがドワンゴではなく株式会社はてなと組んで開発したウェブ小説プラットフォーム「カクヨム」をオープンした年だ。そのころKADOKAWAでは、ニコ動発のコンテンツ/IPではなく、「なろう」発の小説の異世界ファンタジーとそのコミカライズ(「異世界コミック」)こそがウェブ発作品の出版事業の中核を担っていた。
何度でもリバイバルする"実話×ウェブ小説”のインパクト『ビリギャル』
逆に言えば、KADOKAWAはドワンゴと経営統合したものの、ドワンゴだけに「ウェブ×出版」の可能性を見いだし、張っていたわけではない、ということでもある。たとえばアスキー・メディアワークスが魔法のiらんどの株式を取得して親会社になったのは、ドワンゴとの業務提携を発表したのと同じ2010年だった。
ほかにもたとえば2013年12月末には、塾講師の坪田信貴が、ある女子生徒の大学受験のサクセスストーリーを書いた『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』がKADOKAWAから書籍化されている。これは2012年に創業されたばかりのスタートアップ企業ResuPressが運営する実話投稿サイトSTORYS.JPに書かれたものだった。
余談ながらResuPressは2014年に仮想通貨(暗号通貨)事業に参入して社名をコインチェックと改め、2018年1月にはクラッカーに狙われ暗号通貨NEMを約580億円分流出させる事件を起こしている。その後、見事に復活して2021年7月に発表された2022年第1四半期(1〜3月)決算では過去最高益を叩き出したことまで含め、STORYS.JPが投稿コンテンツに求めていたであろう「実話は小説よりも奇なり」を地で行く展開だった(なお2017年にSTORYS.JPはコインチェック社から1010株式会社へと事業譲渡されている)。
『ビリギャル』は、ウェブ発の小説が(単純な部数の多さではなく)「社会現象」と言えるほどメディアで取り上げられてブームになったという意味では2000年代後半の第二次ケータイ小説ブームを象徴する『恋空』、あるいは2010年刊の『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』以来――『ビリギャル』はこちらの「実用書×(ウェブ)小説」の流れにも棹さしている――と言える存在かもしれない。
『恋空』と『ビリギャル』はどちらも「実話(を謳った)小説」という意味でもつながっている。プロ作家ではない書き手がウェブ上に書いたテキストは、紙の本や雑誌に書かれたものより読者に身近さ、生々しさ、素を感じさせる特徴を持つ。文芸作品として見た場合には素人くさい稚拙な書きぶりであったとしてもそれは「本当らしさ」につながるものとしてマイナスには作用しない。そしてその「本当らしさ」とアップダウンの激しい物語性とがあいまったときに、ウェブ発の「実話」は読者を魅了するものとなる。『DeepLove』『恋空』『ビリギャル』等々何度もリバイバルする実話ウェブ小説のほかにも、TwitterやInstagram上に無数に描かれては書籍化されるコミックエッセイなどがその典型である。
さらに『ビリギャル』は、本が売れ、映画化されるなどIPとして広がりを見せた以外に、出版業界にまったく別の需要を掘り起こしたことにも触れておかねばならない。
坪田は同作のなかで「大学受験にも『日本の歴史』などの学習マンガが役立つ」と書き、従来小学生を対象読者としていた歴史学習マンガの市場拡大に貢献した。KADOKAWAが『角川まんが学習シリーズ 日本の歴史』を創刊して学習マンガ市場に本格参入したのは2015年6月30日。『ビリギャル』の映画公開は同年5月1日。明らかに相乗効果を狙ってのタイミングだった。
同じ実話ウェブ小説でも『恋空』は大人から拒絶され、『ビリギャル』は教育に役立つものとされたが、これも2010年代に入ってウェブ小説が社会に受け入れられるようになっていく流れの一例となったと言える。
フィクションのジャンル的流行を生み出すといった範疇を超えて現実社会に影響を及ぼしたという意味では、『もしドラ』以上のものだった。『ビリギャル』は「教育系ウェブ小説」という意味では、2002年から著者サイト(のちにcakes)に連載され、2007年からソフトバンククリエイティブ(現SBクリエイティブ)にて書籍化されている結城浩の数学学習小説『数学ガール』以来の流れにあるが、こちらから見ても史上最大のインパクトだった。
エブリスタ発ライトミステリー『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』
KADOKAWAはエブリスタと組んだ作品でも2013年に大ヒット作を生み出している。Eleanor.S名義で2012年に『E★エブリスタ』に掲載され、同年、E★エブリスタ 電子書籍大賞ミステリー部門(角川書店)優秀賞を受賞した、太田紫織『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』(以下『櫻子』)が2013年2月に刊行されている。2015年にTVアニメ化され、2017年にはTVドラマが放映された。
角川文庫から出版されるにあたり惹句には当時「ライトミステリー」と謳われていたが、海外ミステリの影響を受けたその作風はほとんどライトノベル的ではなく、作家自身にラノベの影響はない。そんな太田がミステリー小説誌が行う新人賞ではなく、ましてラノベ新人賞でもなく、エブリスタに投稿したのはなぜだったのか。
太田は2010年に開催された「怪盗ロワイヤル小説大賞」にて『Rosalind Rondo』で優秀賞を受賞している。『怪盗ロワイヤル』は当時、一世を風靡していたガラケー向けのソーシャルゲームである。
「実は私、Mobageの『怪盗ロワイヤル』が大好きだったんです。ある時、『E★エブリスタ』が『怪盗ロワイヤル小説大賞』を開催すると知り、軽い気持ちで応募することに。長編小説を書いた経験はありませんでしたが、思いがけず優秀賞をいただき、俄然投稿が楽しくなりました」(「ダ・ヴィンチ」2014年6月号、94P)。
そういう意味ではゲームというサブカルチャーの影響はあるわけだが、ケータイでポチポチして進める『怪盗ロワイヤル』は据え置きハードのゲームをやり込むガチ勢やオタク層よりもライトユーザーに広範に支持された作品であり、『櫻子』もコアなミステリーファン向けとして売られたわけではないという意味で「ライトミステリー」だったと言えるだろう。
『櫻子』は角川ホラー文庫から2012年10月に刊行された櫛木理宇『ホーンテッドキャンパス』などと並べてKADOKAWAが「キャラクター文芸」とくくる、キャラクターが立っていてキャラクターが描かれたイラストを表紙とする、読みやすい文芸作品の象徴的な作品のひとつとなった。『櫻子』はウェブ小説サイト発、『ホーンテッドキャンパス』は日本ホラー小説大賞で「読者賞」を受賞した作品だが、ウェブ発と読者賞は「作家や批評家のような『識者』が業界内の評価基準、ジャンルの流儀を踏まえて選ぶものではなく、『読者』が直接選ぶ」という点で似ている。もっとも、『櫻子』は読者がエブリスタ上で付けた応援ポイントの多寡で決まったわけではなく、KADOKAWAの編集者が選考したものだから、あまり例としては適切ではない。ただ一般的に言えば、ウェブ小説書籍化と読者賞による書籍化は同じような考えに基づく試みだ。
KADOKAWAが言うライトミステリーやキャラクター文芸には単なるジャンル的、作風的な共通点だけでなく、作品の良し悪しは直接「読者が選ぶ」という潮流も一部重なっていると見ることができる。
何度か書いてきたように、「識者」が決める「評価」と、「読者」が決める「売上」は必ずしも一致せず、ウェブ小説は後者にきわめて親和的な世界である。
この見立ての傍証として、2014年に第21回日本ホラー小説大賞でやはり読者賞を受賞した『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』でデビューした内藤了はウェブ小説投稿サイト「作家でごはん!」に投稿していたことが挙げられる。
『ON』は選考委員からは「超科学が事件の核心部にあるのだが、このメカニズムに説得力が乏しい」(綾辻行人)、「スイッチを「ON」にする方法が、単なる催眠術か暗示にすぎない点が最大の難点」(貴志祐介)、「やや引いて評価」「捜査小説と医学ホラー、両方の味をブレンドしようとして、ちょっと配合を誤った感」(宮部みゆき)と酷評された(「野性時代」2014年7月号345~347P)。だが刊行後は同じ回の受賞作のなかでもっとも売れたシリーズとなっている。
なお「作家でごはん!」で活動歴があるプロ作家にはほかにラノベ作家の細音啓やゲームシナリオライター/小説家の月島総記らがいる(「作家でごはん!」内「授賞の告知」)。また、同サイトの投稿作から書籍化された作品には2006年から07年にかけて同サイト上にある「星空文庫」で公開された阪神タイガースのファン小説・松浦儀実『神様がくれた背番号』(楓出版、2010年6月)があり、同作は日本文芸社からマンガ化もされている。
MFブックス、『ビリギャル』、『櫻子』と2013年にKADOKAWAはウェブ発で異なる読者層を対象にした、異なるプラットフォーム発のヒットを複数生み出した。それ以外にも『bell』やボカロ小説などさまざまな試みを手がけていた。
「ドワンゴと接近したから」こうした動きが生まれたのではなく、こうした動きの一環として「ドワンゴに接近した」のである。
これらの試行錯誤の蓄積が、2016年に始まるカクヨムの開発・運営にもつながったのではないかと思われる。
2013年のウェブ小説書籍化③に続く
『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』
著者:太田紫織
角川文庫(KADOKAWA) ISBN:9784041006955
平凡な高校生の僕は、お屋敷に住む美人なお嬢様、櫻子さんと知り合いだ。でも彼女は普通じゃない。なんと骨が大好きで、骨と死体の状態から、真実を導くことが出来るのだ。そして僕まで事件に巻き込まれ……。
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