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2ちゃんねるという大河、その土壌・前編|編集マツダ

「2ちゃんねる 1)」。
ネットスラングからまとめサイトまで、数々のWeb文化を生み出した巨大掲示板。
Web小説を語るにあたって「2ちゃんねる」を避けて通ることはできないだろう
1レスで完結するこじゃれた作り話。エッチな二次創作。AA(アスキーアート)を用いて書かれた、コミックのような物語。そしてオリジナル小説……大量の作品が2ちゃんねるから生み出されている。

あまりに膨大なので、迷子にならないよう、2ちゃんねる発の作家を2人取り上げてこのコラムの要石としたい。
ひとりは三秋縋。早川書房から刊行された最新作『君の話』が発売日に即重版となり、注目を集めている新進気鋭の作家だ。
もうひとりは橙乃ままれ。少しでも近年のライトノベルをかじっていれば、『まおゆう魔王勇者』『ログ・ホライズン』の二作品を知らないでは済まされない。

この2人をランタンとして捧げ持ち、2ちゃんねるの森を探索してみよう

三秋縋という才能のルーツ

三秋縋の書籍デビュー作である『スターティング・オーヴァー』は、もともと同氏が「げんふうけい」名義で2012年、2ちゃんねるに投稿した「十年巻き戻って、十歳からやり直した感想」をまとめたものである。
「十年巻き戻って、十歳からやり直した感想」は2ちゃんねるに立てられたスレッドである。誰かが立てたスレッドの中に投稿されたわけではなく、最初からげんふうけい氏がスレッド主となり、細切れに小説を投下合間合間に感想や応援のレスが挟まっていた
板はVIP+板 2)。創作系の板ではないことに注目してほしい。
これ以前にも同氏は「寝ようとする→兄の焼死体がこっちを見ている→起きる」「人を自殺させるだけの簡単なお仕事です」などの小説を同じ系統で投下しており、そのすべてがVIP板もしくはVIP+板である(ちなみに先ほど触れた「まおゆう魔王勇者」の元となったスレもVIP板だ)。

げんふうけい氏の作品はすべて一人称で、物語のタイトルも実話が2ちゃんねるに投稿される際のスレタイをもじったもの。
げんふうけい氏は自身のサイトにも同じ作品をまとめているが、そちらのタイトルは「十年巻き戻って、十歳からやり直した感想」が「スターティング・オーヴァー」、「寝ようとする→兄の焼死体がこっちを見ている→起きる」が「ひーちゃんとはーちゃんの話」となっており、氏が意識的に2ちゃんねるナイズしたタイトルをつけていたことがわかる
これらの作品は投稿されるなり人気を博し、数々のまとめサイトに転載された。
語りかけるような一人称、悲惨な展開にもかかわらずどこか前向きで救いを感じさせる作風は多くのファンを生んだ。

では、これらの作品はなぜ2012年当時には既に存在していた「小説家になろう」ではなく、「エブリスタ」でもなく、2ちゃんねるに投稿されたのか


ボーイミーツガールの系譜

「スターティング・オーヴァー」も、他の作品もボーイミーツガールを主軸とした物語だ。主人公の心情が一人称で語られながら、キーとなるヒロインとの出会い、それを通した主人公の心境の変化が綴られる。
もちろん、上記のようなボーイミーツガールものの枠が掻き消えて見えなくなるぐらい、げんふうけい氏の物語には抜きんでた個性と魅力があるのだが。

氏は意識的にか、直感的にか作品発表の場としてVIP板を選んだ。その理由は、VIP板には既にボーイミーツガールを受け入れる素地があったからだと私は考えている。

同じ時期――2012年1月にVIP+板で投稿され、話題になった作品に「ゲーセンで出会った不思議な子の話」がある。すぐに「泣ける」と話題になり、ミュージシャンや漫画家など著名人がTwitterで反応。週刊文春に「『ゲーセンで出会った不思議な子の話』は泣けるか」という記事が掲載されるまでの騒ぎになった。
実話として投稿され、盛り上がったスレだったが、のちに創作であることが投稿者本人である富澤南氏によって判明し、徐々に話題は収束していった。

「ゲーセンで出会った不思議な子の話」も、余命僅かな女の子と主人公が出会うボーイミーツガール。げんふうけい氏の書き込みよりももっとストレートに、書き込んだ本人の体験っぽく書かれており、読んだ印象はだいぶ異なるものの、少し陰のある心優しい主人公と意志の強い女の子の出会い、出会いを通した主人公の人間的成長、悲しいけれどどこか明るさを感じさせるラストと、パーツは共通している。

2ちゃんねるVIP板の住人が飲み込みやすい物語の作法として、ボーイミーツガールが存在していたと言えないだろうか。


さらに遡る、ボーイミーツガールの系譜

なぜ2ちゃんねるでボーイミーツガールが受け入れられやすいと言えるのかはそれほど難しい問いではないだろう。
「ゲーセンで出会った不思議な子の話」は登場時、「第二の電車男」と言われた。

2004年に投稿された「電車男」。実話なのか創作なのかは諸説あるが、心優しいオタク青年が電車で助けた女性と距離を縮めるために、スレ住人の助けを借りて成長していくストーリーだ。
この作品が社会現象になったことで2ちゃんねるのユーザー数が激増する。つまり「電車男」で入ってきた新規ユーザーは元々このボーイミーツガールものと相性が良かったのだろう
「電車男」は独身男性板だったが、その後、2005年の「痴漢男」2011年の「風俗行ったら人生変わったwww」など、類似のヒットスレはどれもVIPないしはVIP+板を舞台としている。
理由は独身男性板において「電車男」はむしろ異端の存在であり、「電車男」のような物語に参加してみたくて2ちゃんねるに流入したユーザーは独身男性板と相性が悪かった。その逃げ場としてVIP板が選ばれたというのが大まかなところだと認識している。

「電車男」から「風俗行ったら人生変わったwww」「ゲーセンで出会った不思議な子の話」……と、続く流れの中で咲いた鬼才がげんふうけいだったのではないだろうか。


流れと土壌と才能と

VIP板はボーイミーツガール物語だけが投稿される場所ではもちろんない。ほとんどのスレッドは雑談やネタで占められており、わいわいと人でにぎわっている。そんな肥沃な土壌の中に、ひっそりとボーイミーツガール物語の河が流れているその河のほとりに才能という種が着地したとき、見たこともない花が咲く。そんな現象を、私たちは見ているのではないだろうか。

さて、橙乃ままれ氏について一言も触れないでここまで来てしまったが、そちらはまた別の流れを汲んでいるため、次回、後編としてまとめて書かせていただこうと思う。

後編につづく〕


1. ↑ かつての2ちゃんねるは現在、旧2ちゃんねるが名称を変更した「5ちゃんねる」、西村博之氏が運営する「2ちゃんねる (2ch.sc)」の2種類あるが、ここでは旧2ちゃんねるの名称変更前の作品をメインに取り扱うため「2ちゃんねる」と総称させていただく。

2. ↑ 2ちゃんねるは話題のジャンル別に数々の「板」に分かれている。「VIP板」は正式名称「ニュース速報(VIP)板」。元々はニュース速報板から分かれた板だったが、内容は雑談がほとんど。2ちゃんねるの中でも飛び抜けて閲覧数・書き込み数が多く、様々なネットスラングやまとめサイトがここから生まれている。「VIP+板」は「VIP板」からさらに分かれた板で、「VIP板」の流れも汲みつつ、「VIP板」よりもさらに緩い雑談が許容される雰囲気がある板。


*本記事は、2018年09月25日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。