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2ちゃんねるという大河、その土壌・後編|編集マツダ

「2ちゃんねる」に書かれた小説について前後編に分けてお届けしている。前回は、電車男に始まり三秋縋へと流れるボーイ・ミーツ・ガールの系譜について書いた。
後編となる今回では、橙乃ままれの『まおゆう魔王勇者』を道標として、別の流れにもスポットライトを当ててみたい。

2ちゃんねる発のヒット作品、『まおゆう魔王勇者』

『まおゆう魔王勇者』。2009年に2ちゃんねるのニュース速報(VIP)板に投稿されたスレッド、「魔王『この我のものとなれ、勇者よ』勇者『断る!』」から始まる一連の作品が、2010年末に書籍化、2013年にはアニメ化され、ヒットコンテンツとなっていった。(以下、一連の作品群を「まおゆう」と総称する)
作者の橙乃ままれ氏は『まおゆう魔王勇者』のヒットと並行するように「小説家になろう」に『ログ・ホライズン』を投稿し、やがて同作は100万部級のヒットとなっていく。

「魔王『この我のものとなれ、勇者よ』勇者『断る!』」は本文のほとんどが会話で構成されており、戯曲やシナリオのようだ。また主人公である魔王、勇者をはじめとしたキャラクターにはほぼ名前がない。「魔王」「勇者」と肩書きでキャラクターが示される。

これらの形式は「まおゆう」に限定されたものではなく、当時のニュース速報(VIP)板ではありふれた形式だった。それどころか、「魔王」「勇者」を主人公とした同形式の物語が大量に投稿されており、「まおゆう」はその中のひとつに過ぎなかったと、橙乃ままれ氏自身も発言している

「まおゆう」は、2ちゃんねるで長く人気を誇った「キャラクターSS」と「二次創作SS」 1)の合流地点に実った果実だと言える。その源流にまで遡ってみたい。


「やる夫とやらない夫」から『ゴブリンスレイヤー』まで

「キャラクターSS」も「二次創作SS」も、台詞だけで構成される脚本形式の物語だ。これは2ちゃんねる創作の強固なスタンダードであり、その歴史は長い

2ちゃんねる黎明期より登場していた、PCで入力できる記号を組み合わせて描いたキャラクター(AA、アスキーアートと呼ばれる)。モナー、しぃ、ギコ猫などに代表されるAAキャラは「お前モナー」「逝ってよし」などのひとことセリフを喋っていることが多く、そのセリフによってある程度のキャラクター性が担保されていた。やがて定番以外のセリフも喋るようになり、様々なAAキャラがキャラクター性をより強めていく。2001年頃には、これらのキャラを登場人物とし、シナリオとコミックの中間のような形式で物語を綴る文化が発展していった。

ブーン、やる夫とやらない夫など、人気キャラはその時々で移り変わっていったが、AAのキャラクター性は誰が作った作品においてもそこまでぶれなかった。多少ぶれていても元のキャラクター性を踏まえた形で描かれた。つまり、キャラを記号的に捉える文化が強固に根付いていたのだ。

創作者が増えるにつれ、AA文化はコミックのように様々な背景とともに描かれる職人芸から、主要登場人物2~3人の顔と会話の往復のみで綴られる簡便な方式へと、流行が移り変わっていく。近年ではやる夫スレに投稿されたAA会話劇として投稿されたものをライトノベルに書き直した作品、『ゴブリンスレイヤー』(蝸牛くも)がヒットした 2)。


ギャルゲーブームがもたらしたもの

AAによるキャラクターSSとはまた別の流れとして、2ちゃんねるで大変盛んだったのがラノベやギャルゲー、人気アニメの二次創作SSである。

2000年代のギャルゲーブーム、ラノベの学園恋愛ブームで、複数のヒロインから恋愛対象を選びたくなる作品群がヒットした。
記号的なヒロインたち。ハーレム状態にあるものの本命ヒロインは一人であり、サブヒロインとは結ばれない運命にある主人公。好きなサブヒロインと結ばれる小説を読みたがる人が大勢いた。また、二次創作につきもののエッチで過激な展開を求める人も当然いた。
パソコンゲームとしてリリースされることが多かったギャルゲーは、家庭用PCを90年代から利用しているコアPCユーザー、つまり初期2ちゃんねらーとも相性が良かったと推察される。2ちゃんねるのSS系スレでは、執筆者は職人と呼ばれて待ち望まれ、褒められる文化があった。
力のある書き手は重厚なストーリーを執筆し、熱狂的なファンを生み出すこともあった。
2ちゃんねるの二次創作はありとあらゆる作品へと波及し、女性向け作品や少年コミックの二次創作も盛んに行われた

その土壌とAA会話劇の流れが、ゆるやかに交わったり離れたりしていた。人気アニメのキャラとAAが共演する作品も多く出てきていた。
橙乃ままれ氏の述べる「ギャルゲ風の記号キャラ創作」と「ラノベやアニメの二次創作」が同じ板に同居していたのは、まさにその交差点だと言えるだろう。


「まおゆう」を生み出せる土壌

「魔王」と「勇者」によるSSは二次創作でもあり、オリジナルでもある。「魔王」と「勇者」のイメージが「ドラゴンクエスト」を踏まえて作られていることは間違いないが、個別のキャラクター性は作品によってまちまちであり、完全な二次創作とは言い難い。「まおゆう」の魔王は巨乳の可愛らしい女性であり、「ドラゴンクエスト」の魔王とは大きく異なる。
しかしながら「勇者」「魔王」という組み合わせは高度に記号化されており、その字面から想起される情報量は多い。
「魔王『この我のものとなれ、勇者よ』勇者『断る!』」という文章を目にしたとき、

・勇者が数々の敵を倒した暁に魔王の元まで辿り着いていること
・魔王は勇者の力を借りて世界征服を促進したいこと
・勇者は正義感からそれを断っていること

が、瞬時に推察できる。それを開始数ページで裏切るのが「まおゆう」の凄いところだが、とはいえ、「ドラゴンクエスト」をはじめとするゲーム・アニメ文化を通っていないと、この一文でここまでの理解は不可能だ。

橙乃ままれ氏が類い希なる才能の持ち主であることは間違いないが、その才能が生かされるための発信装置として「魔王」と「勇者」のSSを書く文化があり、その文化を生み出した背景には十年以上をかけて2ちゃんねるで醸成されたSSの流れがあった(さらに言えば、キャラクターの記号化というより大きな流れがあるが、これについては長くなりすぎるため割愛する)。

大きなコンテンツが生み出されるためには、才能と土壌のふたつが必要なのだと思う。


創作を爆発的に生み出す「場」とは

さて、今や小説投稿サイト戦国時代である。新しい小説投稿サイトが次々現れてしのぎを削っている。書き手を獲得しようと各社、書籍化や映像化のチャンスを大々的に打ち出している。
しかしながらWeb小説の醍醐味は、個人の才能と努力に加えて、閃きを与えてくれるような土壌があることだと思う。その土壌を作れない「場」は死んでいくしかない。

才能は世の中にたくさん眠っているが、noteに『転スラ』が書かれることはないし、小説家になろうから『恋空』は生まれない。
Web小説家が大きな流れの中に気持ちよく乗って才能を発揮できたら、面白い化学反応がたくさん生まれるのではないだろうか。

プラットフォームが無数にあるからこそ、書く場所に悩む創作者もたくさんおられることと思う。そんなときは、「自分がワクワクするサイトか」「書いてみたくなる素地があるか」を、少し意識してみてほしいと思う。

「書くことが楽しい」という原点に立ち戻れる場所が、その人にとってのベストな場所なのだと思う。それが食べログであれ、Twitterであれ、小説投稿サイトであれ。

そう、Web発の新しいヒットは、「書くことが楽しいサイト」から生まれるのだ
ひとりでも多くの創作者が、楽しく、面白く書ける場所に出会えることを願っている。


1. ↑ SS=ショートストーリー、サイドストーリーなど語源は諸説あり、個人サイトの発の二次創作小説を指すことも多いが、ここでは2ちゃんねる内で散発的に投稿されたストーリーを指す。

2. ↑ 前回の記事に、「ゴブリンスレイヤー」を取り上げてほしいとご意見がありましたのでピックアップしました。ありがとうございます。


*本記事は、2018年10月23日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。