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第8話|突然の書籍化依頼、夫は喜んでくれないの?|梶原 りさ

前回までのあらすじ:
「オールスター」感謝パーティーに行ったことで、勇気をもらったなぎは新たな作品を書き始めることを決意。毎日、書いてはコメントを読み、喜び、考え、書き足し、そうやって日々が過ぎていった。そして、完成した作品をコンテストに応募。結果発表の日がやってきた。

オールスター小説賞、その結果

初めて応募した小説は、賞を取ることはなかった。
受賞したのは「これが小説を書くのが初めて」な大学生。受賞者インタビューで読んだ。作品は、青春のきらめき眩しい恋愛小説。十代のうちから本を出す人生って、どんなものなんだろうな……悔しくなるかと思ったけれど、不思議と落ち込むことはなかった。

最後まで走りきった。私なりに、作品を完結することができた。
そして、それを喜んでくれる読者がいた。

夜、ベッドの中で自分の小説を改めて読み返す。ここ、書き方迷ったんだよな〜。でも、私の詰まりとは関係なくコメントが加速していて、プレッシャーの中で無理やりひねり出した展開が意外といいものになったんだよね。

完結設定にした小説は、作品でありながら、読者との思い出のアルバムみたい。
家族が寝静まった寝室で、書き終わった小説をめくりながら、にやにや、くすくす
小説を書き始めてから、ほんの短い間で、本当に私の生活は変わった。

暗闇の中、スマホを持つ私のことを、夫が薄目で見ていることに、このとき私は気づいていなかった。


作品のことでご連絡って、何?

いつものように、オールスターを開く。すると、コメントが届いていた。
「突然のご連絡失礼いたします。

作品の件でメールでご連絡させていただきたいため、メールアドレスをご登録いただけますとさいわいです。

お手数ですが、よろしくおねがいします☆彡」


オールスター運営のアカウントからだった。確かに私、メールアドレスの登録しないまま使ってたかも。作品の件でって、どういうこと?

「すみません、設定しました!」

急いでコメントを返す。

すると、ほどなくしてオールスター運営を名乗る女性からメールが届いた。
「初めまして、オールスター運営の梅田です。
『ファミレスのママ友探偵観月 地域の謎は私におまかせ』につきまして、
出版社から書籍化の打診がきております。
もしご興味ありましたら、詳細につきまして一度電話でお話したく……」

書籍化!?
もちろん、お受けしたいです!

すぐにメールを返しかけて、ふと指が止まる。おおごとだから、先に夫に相談しよう。

「主人に相談して、またご連絡いたします」


「子どものことや家事ができなくなったらどうするの」

「というわけで、詳しくお話を聞いてみたいと思うの。やってみてもいいかな? 許してもらえると嬉しいんだけど……」

夫の休日を待ち、これまでの話をした。小説を書き始めたこと、コメントの話、オールスター小説賞の話、こんな私のもとにきた書籍化依頼の話……。話しているうちに気持ちが盛り上がり、説明にも力が入った。私が書いた小説が、本になるかもしれないなんて!
夫も一緒に喜んでくれる。そう疑わずに話をしたのに、彼の表情はなんとも微妙だった
どういうことだろう。

「ふーん。ずっとスマホいじってるから浮気かと思って心配してたけど、そんな遊びにハマってたんだ。お前って年の割に好みが女子高生みたいなところ、あるよな」

遊び? 確かに遊びと言えば遊びだけど……。
言い方に引っかかりながら続きを待つ。

「でもさ、本になるってなると仕事になるし、大変だと思うよ。無理してやらなくていいよ。家事や育児もあるわけだしさ」

なんだか話が通じていない。

「無理して言ってるわけじゃないよ。そりゃ、改稿しないといけないかもしれないし、そうなると忙しくなるからカリンのお世話を頼むこともしたいと思っているけれど、その分、収入があるわけだし、家計の足しにもなるでしょう?」

夫が傷ついたような顔をした。

俺の収入が足りないっていうの? そりゃ、贅沢とまではいかないけどさ、一生懸命働いてるし、毎月きちんと貯金もできてるし、少しずつでも給料は上がる予定だし、心配しなくていいよ」

一体何を言っているのだろう。どんどんずれていく話に困惑する。

「ううん、そういうことを言っているんじゃなくて、私はただ、やってみたいって……」

「そんなにお小遣い欲しいなら、パートやる手もあるじゃん。その方が気楽でいいと思うよ」

「違うの、私、小説を書くのが楽しくて……」

「そんな遊びの延長で本なんて出せるわけないんだよ。オールスターって、調べたらけっこう大会社じゃん? 甘く考えないほうがいいよ。仕事にするって大変なんだよ。忙しくなって、カリンのことや家事ができなくなったらどうするの」

「だから、そうなったときは協力してほしいって」

「協力って? メシ作ったりしろってこと? 男の俺にできるわけないだろ。カリンが大きくなって、余裕が出てからにしなよ」

絶句する。カリンが大きくなるって、いつ? 10年後? 20年後?

夫は、冷蔵庫からポテトサラダを取り出し、ビールを開栓した。もうこの話はしないという意思表示だ。テレビをつけ、もうこちらを見もしない。

私は、家族を養うことはできない。夫は仕事を頑張っているのに、私が楽しい思いをするのは不公平なのかもしれない。でも、ほんとうに? 私は、これからしばらくの間すべてのチャンスを見逃してじっとここにいなきゃいけないの?


豆知識:メールアドレス登録忘れずに!の話

Web小説投稿サイトだけではなく文芸誌などの新人賞で、受賞したり上位入選した作品の著者へ連絡しようとしたら連絡先がない。そんな「新人賞あるある」は多くの編集者が経験している出来事のひとつ。
応募した書き手にとっては作品を書き上げた時に脳内アドレナリンはマックスになっているはずだが、応募する際にはもう一度応募要項を確認したい。そのためにはまず応募ギリギリにならないようにしておくスケジュールの組み方が必要。また、概要が必要な場合はそれ以外のものを最初に書いておくなど、準備してから執筆するのもいい方法かもしれない。
応募した人が結果の連絡を待ち望んでいるように、編集側も早くその結果を書き手の方に伝えたい。そのためには、できるだけメールアドレスや基本情報の登録など、応募の際に必要なものは事前に記入しておこう。
小説投稿サイトなどでは応募〆切後にメールアドレスを登録しても間に合う場合があるので、思い当たる人は急いで登録しておこう。


次回へ続く