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第11話|妻が作家になるなんて、俺の人生で考えられない|梶原 りさ

前回までのあらすじ:
夫に内緒で作家デビューを果たしたなぎ。櫻川ゆら先生の力添えもあり、売り上げは堅調だ。育児・家事との両立もでき、なんの問題もないように思えたのだが、出版社からの印税支払い通知書が夫に見つかって……!?

俺の月給より高い

夫の手に握られた封筒を見て、私の頭は真っ白になった。
開けるぞ、と返事を待たずに夫は封筒を開ける。中には、初版分の印税の支払い通知書が入っていた。
そのとき、夫の顔色がはっきり変わったのがわかった。
俺の月給より高い
意識せずに声に出してしまったであろうその呟きは、味噌汁が煮えるリビングにぽつりと広がった。

「家事育児への負担、なかったでしょう? 私、ちゃんと生活を回しながらやったよ」
私の声かけに、夫はなかなか反応しなかった。そもそも、作家デビューに反対したことも忘れているのだろうか? 握られた支払い通知書の端が、醜くよれている。

「すっかり作家先生だな! サインとかねだられたりするんじゃないの?」
気を取り直したように夫は話を続ける。
「なになに、ファミレス探偵……お前、あの櫻川ゆらと知り合いなの? 京都やおよろずの?」
書面に書かれたタイトルをスマートフォンで検索しながら、夫の声がうわ滑りする。

「なんだよ、桐生なぎって。誰だよ。お前の名前は梶原りさだろ。梶原カリンの母親で、俺の妻だろ!

仕事から帰ってきたばかりの、スーツを着たままの夫。
私が昨晩アイロンをかけたシャツ。
左胸に付けっぱなしの社員証。
笑おうとしてひきつっている片頬。
夫の中で嫉妬や自尊心などが入り混じっている。こんなに彼のことをしっかり見たのはいつぶりだろう。
その姿は、思ったより小さく見えた。

「俺が稼いでくる。お前は家事やって、俺を支えて、家を守ってくれる。そういうもんだろそれが当たり前だろ。それを疑ったことなんてなかったよ。妻が作家先生になるなんて、俺の人生で考えられないんだよ
弱々しくつぶやく夫。男らしさに縛られている不自由さに少しだけ同情しそうになってしまう。
私だって夫と同じ考えだった。
だけど、私は小説を書くことを知ってしまった。もう、止められない。


夫婦関係、終わってる?

「え〜もうそんなの別れちゃえばよくない?」
いつものファミレスで、ママ友のユキは断じた。
ユキは、出産後、夫の不倫が原因で離婚した経験がある。
その後、実家に同居で家業を手伝いながら一人娘を育てている。

「カリンちゃんママのことがそんなに好きなのかな? 外の人と関わりを持って欲しくないとか」

ユキは不思議そうに言った。

「私のことが好きで……ってわけじゃないと思う。ただ、私が家庭以外の幸せに触れるのがいやなんじゃないかな」

「お金なんていくらあっても困らないのにね」
「そう、貯金だって多めにできるはずなのに、なんであんなに嫌なんだろう。俺の月給より高い、なんて、どうでもいいのにね」

「最初に言うのが自分の月給!? カリンちゃんママよりもお金を稼いでるのがプライドのよりどころだったんだね。その価値がないと、捨てられるって思ったんじゃない?」

あの顔、あの言葉。プライドを傷つけられた夫。

私たち夫婦ってなんなんだろう。
手元にある数十万円。これから振り込まれる予定のいくばくかのお金。
完全な金銭的自由が手に入ったとき、夫は必要なくなるのだろうか


次回作の依頼

「その設定いいですね、じゃあ、次回は厨房バイトの吉田くん目線の章も入れて、すこし動きをだしましょうか。吉田くんファン、けっこういるみたいですし」

私の第一作は、重版こそ1度きりだったものの、シリーズ化の企画が通り、また続きを執筆することになった。前回書ききれなかった設定と、読者の反応を見た加筆と、あと、夢のような話ではあるけれど、「もし映像化するとしたら」という前提で、1作目にいくつかの新たな設定を加えることとなった。

最初は緊張し、恥ずかしかった打ち合わせも、今では楽しみな時間になっている。
次の作品はどうなるだろうか。

もし、今あるお金を持って実家に帰れば、1、2年分のカリンの学費と生活費ぐらいは、ぎりぎり出せるだろう。執筆活動がだめでも、働く先は探せばいい。じゃあ、もう出ていく?

夫の小さな背中を思い出す。私が家事育児に執筆活動にと過ごしている間、初めて来る地方で友人もなく、遅くまで働いていた夫。妻とろくな会話もなかった夫。家の稼ぎ頭で、学生時代の趣味もできなくなった夫

この生活の新たな面を、私は見つめていた。

豆知識:重版

出版物は、ある程度の売り上げ予測をもとに、最初に印刷する数(=初版部数)を決定する。その売り上げ予測を上回る見込みが立った場合に、再びあるいはそれ以上印刷を重ねる。それを重版と呼ぶ。重版が決まる時は作家にとっても出版社にとっても嬉しい瞬間だ。
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