未来で君に会うために過去を変える元祖タイムマシン小説|ロバート・A・ハインライン『夏への扉』|monokaki編集部
8月1日(木):1ー2
こんにちは。「monokaki」編集部の碇本です。
昼過ぎからよみうりホールで開催されていた日本近代文学館主催『夏の文学教室』に行ってきました。日本近代文学館内「喫茶室 BUNDAN」で平田駒さんのインタビューをした時に、館内のお知らせで知りました。この日は柴崎友香さん、古川日出男さん、辻原登さんの三名が登壇されていました。
皆さんは「夏」というとどんな文学作品が思い浮かびますか?
僕はいくつかのSF小説の浮かびました。今回はその中でもSF猫小説の代表格とも言えるロバート・A・ハインライン『夏への扉』を取り上げます。
『平成小説クロニクル』を担当されていた仲俣暁生さんと知り合った当時、三十冊ぐらいドバーンとハヤカワ文庫のSF古典作品を貸してもらって、その中に入っていたので十年ぶりの再読です。
これ以降、作品ネタバレを含みます。ネタバレされたくない方はお気をつけください。
主人公の「ぼく」ことダンは、牡猫のピートと一緒にコネチカット州の古ぼけた農家に住んでいた。その家はピート専用の猫ドアひとつを合わせると十二箇所もドアがある変わった建物。ピートは冬になるとそのうちのどれかが、「夏への扉」に通じているという固い信念を持っているようだった。
実際に夏が舞台なのではなく、夏=まぶしい季節をダンたちが心待ちにしている小説なんですね。
ダンは失恋や会社のトラブルに巻き込まれていた。すべてが嫌になった彼はこの場所と時代から離れたいと思い、愛猫ピートと共に「冷凍睡眠(コールドスリープ)」の申し込みに向かう。「出来事の途中から物語を始める」のが読者を引き付けるこつだと、「メフィスト賞」インタビューで岡本さんも言われていましたね。
ダンが巻き込まれた「トラブル」は、どちらも親友・マイルズに関わるもの。家事用ロボット「文化女中器(ハイヤード・ガール)」などの開発者であったダンは、マイルズと会社を起こしていた。製品も売れ出し、会社の秘書・ベルとの結婚話も出てきていた中、技術者であるダンとセールスマンであるマイルズは運営方針をめぐって対立してしまう。実はベルとマイルズはできていて、二人に裏切られたダンは特許も奪われ会社まで追い出されてしまう。
もう、やってらんねえよ、と現実逃避で「冷凍睡眠」を行おうとしたことがわかります。この理由が、読み手の関心を引っ張る形で後から明かされていきます。
8月4日(日):3ー5
ダンが申し込んだ「冷凍睡眠」は30年の眠りにつくものでした。物語は1970年が舞台なので、装置に入ってしまえば次に起きるのは2000年になります。この小説が発表されたのが1956年なので、まるで想像のつかない、50年先の未来を舞台にしたわけです。これこそ「SF的想像力」ですね。
「冷凍睡眠」のために健康診断をした帰りに、「やっぱりあいつらゆるせねえ」と思ったダンは、マイルズに宣戦布告をしに行こうと決めます。その前にダンが唯一信用できた人物であるマイルズの11歳の義娘・リッキィに、自分が一年間会いに来なかったら「ピートを頼みたい」と手紙を書いて送ります。そして、マイルズの家に向かうとベルもいて、ダンは彼女にゾンビー・ドラッグ(催眠自白強制剤)を注射されてしまう。バッグにいたピートは開いていた窓から逃げ出します。
ベルたちはダンのバッグから「冷凍睡眠」の書類を見つけ、そのまま彼を「冷凍睡眠」に入れてしまいます。殺す手間が省けた、というベルにマイルズはやべえ女だったと気づきますが後の祭りでした。
2000年にダンが目覚めた病室では、彼が開発していた万能フランク(家庭内の仕事はなんでもできる機械)の曾孫のようなロボットがいた。また、「文化女中器」が世界中で普及していることを新聞広告で知ることになります。まずは権利を譲渡したはずのリッキィを探そうと決めます。
ダンは自ら「冷凍睡眠」をしようと考えてはいましたが、自分の思うタイミングではなく、殺そうとしていた二人の策略で「冷凍睡眠」をさせられてしまいました。冒険に出たいわけではないのに、冒険に出る理由を作られてしまって旅立つことになる物語の王道パターンです。
8月8日(木):6ー9
ダンはマイルズもベルもいなくなっている「文化女中器株式会社」で働き始めました。その後、なんと自分を殺そうとしたベルから連絡が来て会うことになります。そこで、ダンが「冷凍睡眠」に入って二年後にはマイルズが亡くなったことを知ります。しかし、リッキィの所在はわからないままでした。
会社の組み立て部の副技師長チャックとは馬が合い、金曜日に仕事が終わると飲みに行くようになります。チャックと知り合ったことで物語が展開していく伏線となっていきます。
「さっきの問題さ。いいかいチャック、ぼくは、古めかしい二輪馬車みたいな方法でとことこ・・・・ここへーー現在という意味だよーー来た。ところが、困ったことには、後戻りがきかない。そして、三十年前におこったことが、いまぼくを悩ませているんだ。だから、もしここにタイムマシンというものがあったら、そいつに乗っかって過去にもどり、真相をつきとめてくることができるんだがなあ」
チャックはきゅうにまじまじとぼくの顔を凝視(みつ)めた。
「あるさ」
チャックはこの物語においてダンを過去に向かわせる人物です。また、境界線(この時は「過去」)の向こうに旅立つアイテム、タイムマシンの存在を教えてくれます。『スター・ウォーズ』のヨーダのように主人公を助ける重要な役割を果たします。
ダンは新聞に載っていた「冷凍睡眠」蘇生者の中に「フレドリカ・ヴァージニア・ハイニック」という人物を見つけます。そう、彼女はあのリッキィでしたが、役所で調べるとすでに結婚していることもわかります。
ここでダンは探偵のように事実をどんどん解明していきます。しかし、明かされる事実がすべて自分に都合のいいものとは限りません。知りたくない現実を知ってしまったために、過去に戻って未来を変えようとします。
ダンはかつてチャックが助手をしていたコロラド大学でタイムマシンを開発していた博士の元に向かいます。博士を挑発してタイムマシンのボタンを押させます。ダンわりと他人利用しがち。
8月12日(月):10ー11
タイムマシンで1970年に戻ってきたダンは、デンヴァーにあるヌーディストクラブの敷地内にいたジョンとジェニイのサットン夫妻と親交を深めていきます。弁護士で人のいいジョンは、ダンが未来から来る時に買って体に巻き付けていた「金」を手数料も取らずにドルに換金してくれました。ダンはその金で事務所を借りて、「万能フランク」をはるかに凌ぐ真のロボット「護民官ピート」を作ろうと動き出す。
ダンは、以前にマイルズたちに「冷凍睡眠」に入れられた日に再び「冷凍睡眠」に入り、また30年の時を超えようと計画します。その日までに「護民官ピート」を作り上げ、今度こそ自分を裏切らない人間と会社を立ち上げる必要があります。そこで、信用できるジョンに会社の社長になってほしいと頼みます。
過去の世界を改変することで、いかに自分とリッキィにとってよい未来を作れるかを考えて行動していきます。
手筈を整えたダンは、前回と同じ健康診断の日にロサンゼルスに戻り、マイルズの家に向かう。そこで、窓から出てきたピートと再会します。ごめん、ずっと読んでたけどピートの存在忘れてた! このあとピートのおかげで色々物事が進展します。ダンはガールズ・スカウトのキャンプに行っていたリッキィに会いに行き、自分の会社の株券をリッキィに渡します。
「え? だって、どうして? おじさんは、三十年も長い冷凍睡眠に行ってしまうっていったじゃない?」
「そうだよ。行かなくちゃならないんだ。それはどうしようもないんだが、ぼくのいうことを聞けば、ちゃんと会えるようになるんだよ。リッキィは、お祖母さんのところへ行って、しばらく、いい子で学校に行ってお勉強するんだ。そのあいだに、このお金が、どんどんたまる。そのときは、きみに冷凍睡眠に来ればいいんだよ。そのためのお金は、もう充分たまっている。そして、きみが目を覚ましたら、ぼくがちゃんとそこに待っていてあげる。ピートとぼくと、二人で待ってるよ。約束するよ、げんまんしてもいい」
リッキィは、ダンの言うとおりにしたら「未来でお嫁さんにしてくれる?」と聞きます。ダンは「もちろんだ、それこそ僕の望みなんだ」と言います。ちょっと今読むとモヤモヤしますが、うん、仕方ない。
8月13日(火):12
二度目の蘇生で再び2000年に目覚めたダン。会社を託したジョンから手紙と当面のお金が送られてきていた。サットン夫妻いい人すぎる。そして、ダンはピートと共にリッキィの蘇生に立ち会います。三十年ぶりに再会した二人は、そのまま退院した彼女と群役場に行って結婚します。介添人ならぬ介添猫はもちろんピートでした。リッキィには新しい命が宿っているのがわかります。
最後のページでは、子供が生まれたら「過去」には行くなと言うだろう、とダンが語っています。それをしていいのは非常の場合だけだと。未来は過去にまさる。日々世界はいい方向に動いているのだ、と著者であるハインラインの気持ちを反映したかのようなダンの語りで物語は終わっていきます。今の世界を見たら、ハインラインは「非常の場合」だと言いそうですが…。
『夏への扉』は、タイムトラベルを扱った小説のなかでも古典の代表作です。現在から未来へ、次に過去へと戻り、最後には再び未来へと、時間軸が変わっています。これは物語の基本である「行って帰ってくる」を繰り返すことで物語の強度を高めているように感じられます。
現在読むと、そこはどうだろう?と思う箇所もありますが、時代ごとに変わっていくものでもあるので、いろんな作品を読むことでその違いを知るというのもいいインプットになるはずです。
今回のような特定のレーベルの古典や、同じ新人賞から出た作家たちの一連の作品は、ある期間に大量に読むといいと個人的には思います。時代の感覚やレーベルの色がわかると、自分の好きなものややってみたいことが見つかりやすくなるので。インプットに悩んでる方には「何作品かまとめて読む」オススメです。
『夏への扉』
著者:ロバート・A・ハインライン 訳:福島正実 早川書房(ハヤカワ文庫SF)
ぼくの飼っている猫のピートは、冬になるときまって夏への扉を探しはじめる。家にあるいくつものドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。1970年12月3日、かくいうぼくも、夏への扉を探していた。最愛の恋人に裏切られ、生命から2番目に大切な発明までだましとられたぼくの心は、12月の空同様に凍てついていたのだ! そんな時、〈冷凍睡眠保険〉のネオンサインにひきよせられて……
*本記事は、2019年08月30日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。