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副業で書いたのに人気が出すぎてしまった小説|コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』|monokaki編集部

こんにちは。「monokaki」編集部の碇本です。
先日、平野啓一郎原作、福山雅治主演の映画『マチネの終わりに』を観てきました。原作小説を読んでから観ましたが、舞台が東京、パリ、NYと変わっていくのを映像としても楽しめました。そういえば「恋愛小説」を久しぶりに読んだ気がします。前に王谷晶さんに書いてもらった「「恋愛」ってなんですか?」を思い出しました。

大切なポイントは、恋愛要素というのは登場人物と登場人物の間に生まれる化学反応であるということ。成就するにしても失敗するにしても、なぜ・その相手を・どのように・好きに/嫌いに/無関心になったのかということを化学反応の実験の手順のように組み立てて行く。

また、作家・脚本家の堺三保さんに教えていただいた「これで長編が最後まで書ける!三幕八場構成を学ぶ」も頭に浮かびました。
好きな者同士だが中々上手くいかない(会えない)理由、その障害をちょっとずつ大きくして、最後に出てくる一番大きなものを乗り越えるからこそ、観客がカタルシスを感じる展開になっていました。

前置きが長くなってしまいましたが、今回はバディものの王道であり、いろんな形で映像化されているコナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』を読んでいきます。月9ドラマ「シャーロック」も放送中なので、再読したくなっている人も多いのではないでしょうか。

これ以降、作品ネタバレを含みます。ネタバレされたくない方はお気をつけください。

11月2日(土):ボヘミア王のスキャンダル

『シャーロック・ホームズの冒険』には、30~40ページほどの短編が12編収録されています。この短編集は基本的にワトスンの一人称による語りです。
事件や問題が起きると、当事者や関係者、あるいは警察が捜査に行き詰まった結果、ホームズに助けを求めてやってきます。ほとんどの場合、医師であるワトソンが相棒として一緒に話を聞くことになります。その際に彼が残した個人的な事件記録が短編の形になっています。

一編目「ボヘミア王のスキャンダル」、物語はワトスンがずいぶん会っていなかったホームズに会いに行くところから始まります。冒頭では過去の『緋色の研究』事件についての言及も。
この短編集の前にコナン・ドイルは「シャーロック・ホームズ」シリーズとして『緋色の研究』『四つの署名』という二作の長編小説を書いています。そのなかで二人は出会って同居し、ワトスンが結婚したことで、違う生活をするようになった過去が明かされます。

そしてホームズの天敵であり、彼にとって特別な女性「アイリーン・アドラー」との出会いについて。ホームズってワトスンと一緒にいるかひとりなんで、恋愛展開とかまったくないんですよね。そんな彼が気に留めるキャラクターとして、まさしく紅一点となる存在が彼女です。そして、ホームズがそのアイリーンにある部分では出し抜かれるという驚愕のラストで物語は終わり、読者であるわたしたちにも彼女の印象が強く残ります。


11月7日(木):唇のねじれた男

コナン・ドイル自身も二つの事件の冤罪を実際に晴らしたことがあるそうです。ホームズが「アブダクション」(個別の事象を最も適切に説明する仮説を導出する論理的推論)を展開するためには、誰かに話しながら自身の脳内で仮説を作っていく必要があり、そのためには最良の聞き役が必要。
『唇のねじれた男』で、ホームズはワトスンがいる意味についてこのように語っています。

ワトスン、きみは沈黙というすばらしい才能に恵まれているね。だからこそきみは、ぼくにとってかけがえのない相棒なんだ。誓ってもいいが、ぼくには話し相手がいるということが非常に重要なんだよ。

「筆力を伸ばす書き方」とは? バディ小説座談会』の中でも「魅力的なバディ」についての話がありました。ホームズとワトスンそれぞれがキャラクターとして作りこまれているので、事件やエピソードでの反応でその個性が活きてきます。そして、常識人・ワトスンと一般人からはかけ離れている天才・ホームズの凸凹感が、より魅力的に見えてきます。こうやって読んでいくと、コナン・ドイルの中にある異なる人格をキャラクター化する、二つにわけたものがホームズとワトスンだったのかもしれないです。

また、ここまで読んでくると、実はホームズは殺人事件よりも、「日常の謎」を解いていくことに興味があることもわかります。大体の場合において、ホームズは依頼人から話を聞いた時点で真相についてほとんどわかっている。その最終確認のために現場に出向く際にワトスンも同行して、事件の秘密が明かされます。
わたしたち読者は、ワトスンと同じ立場であり、なにがどうなってるんだろう? と読み進んでいくことになります。ワトスンという存在が物語の通訳になっているからこそ、ホームズの天才的な推理に感嘆できるんですね。


11月12日(月):技師の親指

著者であるコナン・ドイル自身が医師であり、患者を待つ暇な時間に副業として小説を雑誌社に投稿してデビューしたそうです。副業で始めたら本業になったという、物書き志望者には羨ましい出来事ですよね。

前二作の長編はそこまでのヒットではなかったのですが、この短編集に収められている読み切り小説群は爆発的な人気を得ました。彼は収録されている最初の六編『唇のねじれた男』まででシリーズを終わらせようとしたようですが、当然ながら掲載誌からはシリーズの続きを書くように依頼されます。原稿料も上がったりと諸々あって続きが執筆されましたが、ドイル自身は歴史小説を書きたいと思っていたとか。

『生き延びるためのめろんそーだん』「Q.「本当に好きなこと」が何かわからなくなりました」で、海猫沢めろんさんがエンタメと純文学の中間を狙って書いたらテレビでも取り上げられて売れたけど、「本心ではあまり嬉しくはなかったんです」と書かれていました。
自分が書きたいものと、みんなが読みたいもののズレ。これは小説だけではなく、すべての創作における永遠のテーマかもしれません。

そういう理由もあってか、後編の六編からは「実は何年か前にこんな事件があったんです」というワトスンの回顧的な短編が多くなります。「もう時効だろう」「事件の関係者もいなくなったし語ってもいいだろう」と語りだします。


11月19日(火):ぶな屋敷

きみが好意で記録してくれているぼくたちのささやかな事件簿があるだろう。こういっちゃなんだが、君はときに脚色まで加えているようだね。それはともかく、きみはぼくが目立った活躍をした有名な事件や、世間をあっといわせた犯罪にばかり注目しているわけではない。事件としては取るに足りないけれど、ぼくが得意とする推理推論を発揮することができたものを重視している
ぼくがきみの書き物に完全を求めるのは、それがぼく個人の問題ではないからだーーそれはぼくという人間を超越した問題なんだよ。犯罪はどこにでもある。そのいっぽうで正しい推理はまれだ。したがってきみが力を注ぐべきは、犯罪よりも推理のほうだ。きみは一連の研究成果の発表であるものを、物語シリーズにおとしめている

これは最後に収録されている『ぶな屋敷』の冒頭でホームズがワトスンに言うセリフですが、すごくないですか、これ。キャラクターを使ってがっつり著者であるドイルが自己言及しています

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「聖書の次に読まれている」とさえ言われる「シャーロック・ホームズ」シリーズですが、著者であるコナン・ドイル自身が強く反映されている小説でした。
どんな作品でも、書き手である著者の願望や現実、想いは多かれ少なかれ刻まれます。だからこそ、執筆はメンタルにとって諸刃の剣にもなる可能性があると自覚しておいたほうがいいと思ったりもします。

『シャーロック・ホームズの冒険』は短編小説として素晴らしく、キャラクターの立て方もすごく勉強になるのでオススメです。皆さんも読んで参考にしてみてください。(わたしはベネディクト・カンバーバッチが演じるBBC版ホームズも好きです。)
というわけで、今年最後の「名作読書日記」でした。


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『シャーロック・ホームズの冒険』
著:コナン・ドイル、訳:石田文子 KADOKAWA(角川文庫)
世界中で愛される名探偵ホームズと、相棒ワトスン医師の名コンビの活躍が、最も読みやすい最新訳で蘇る! 
女性翻訳家ならではの細やかな感情表現が光る「ボヘミア王のスキャンダル」を含む短編集全12編。


*本記事は、2019年11月29日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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