「語彙力」を高める最高の勉強法はジャンルを超えた読書|秀島迅 インタビュー
12月20日に日本文芸社から『プロの小説家が教える クリエイターのための語彙力図鑑 上級編』が刊行された。これまでにも「monokaki」では「クリエイターのための語彙力図鑑」シリーズなどを特別に許可を得て掲載してきた。
今まで同様に『プロの小説家が教える クリエイターのための語彙力図鑑 上級編』も刊行日よりも前に一部を掲載している。
毎回掲載すると大きな反響があるこの「クリエイターのための図鑑」シリーズを手掛けてきた小説家の秀島迅氏に小説を書こうと思ったきっかけや、一連のシリーズはどのようにして生まれたのかをメールインタビューでお答えいただいた。
デビューするまでの創作衝動三期
――小説を書きはじめたきっかけをお聞かせください
秀島:僕の物語への創作衝動は計三期に分かれます。
もともとは漫画家になりたくて、小学一年生の冬休みにお年玉をはたいてケント紙とGペンと黒インクと定規を買いました。毎週のように五、六枚の短篇オリジナルのギャグ漫画を書き上げては、赤塚不二夫先生や藤子不二雄先生や石ノ森章太郎先生の事務所へ大胆不敵にも勝手に送っていたのです。すると、どの先生からもお手紙が届いて「頑張ってください!」という励ましの言葉までいただきました。今でも大事な宝物です。
そんな影響もあって、漫画ばかり読んだり書いたりする少年として小学校生活を送っていました。六年生の時に、すごく仲良くなったクラスメートに自分の作品を見せました。それまでは絶対に親にも友だちにも自作品を見せたことがなかったのですが、「お前、めっちゃ絵が下手だなあ」と第一声で言われ、以来ショックで漫画を描くことを止めました。
ものすごい心の傷を負いました。これが僕の創作衝動一期の苦い思い出です。
――最初の創作体験は漫画だったんですね。小六で傷を負ってからの第二期はいつ頃だったのでしょうか?
秀島:創作衝動二期は大学二年生の頃、ふいに訪れました。
クエンティン・タランティーノ監督『パルプ・フィクション』を映画館で観て、あまりに感動してしまい、「絶対に映画監督になる!」と心に決めました。けれど映画の脚本の書き方がよくわかりません。
当時はまだネットが発達しておらず、書店で調べるうちに、小説の書き方の指南書が数冊あったので何気なく買ってみました。
「なんだ、要は小説を書いてそれを映画化してもらえばいいんだな」という独自の解釈で落ち着いてしまい、それで小説家を目指して400枚くらいの長さの物語を書き終えました。
ところが、あまりの出来の悪さにどこにも応募することなくボツにしてしまったんです。
文章を書くことは好きになったので、就活では広告代理店のクリエイティブ職ばかりを狙って、運よく某広告代理店に入社してコピーライター兼プランナーになりました。
社会人になってからはCM制作とグラフィックのコピーライティングの仕事が楽しくて忙しくて、小説のことなどすっかり忘れてしまいました。自分の考えた広告がテレビCMで流れたり、いくつかの広告賞をもらったりするようになって、仕事を認められていることが純粋にうれしかった。それが新たなやりがいにつながっていきました。
それから十年ほど経過した頃から、だんだんとクライアントや上司の指示通りの、人のための文章ばかり書いているのが辛くなってきました。
―社会人として結果も出しながら順調な日々の中で、創作衝動第三期の訪れはどのようにやってきたのでしょうか?
秀島:創作衝動三期は米国のIT企業に転職して訪れました。
宣伝部で働いていたのですが、前職より時間に余裕が生まれました。仕事の関係上、毎月アメリカHQ(本社)へ出張に行くことがあり、飛行機のなかで長編小説ばかり読んでいるうち、ふと「もう一回小説でも書いてみようかな」と思い立ちました。
何でもいいから自分のための文章を書きたくなったのです。その後、転勤が決まってシアトル勤務となったので、暇さえあればサーフィンか小説執筆ばかりしていました。
大学生の時の創作衝動二期よりも、確実な熱を伴って小説を書きたくなったことは今でも覚えています。小学一年生で漫画家になりたかったように、もともと物語を考えたり、文章を書いたりすることが好きだったみたいです。
――デビュー作『さよなら、君のいない海』はアメリカでの生活期間に書かれたということでしょうか?
秀島:そうですね。アメリカで小説執筆を再開したのですが、新人賞に応募しても落選して傷つくのが怖くて、冬眠前のリスがどんぐりを穴に貯め込むように、完成した作品はクローゼットにしまいこんでいました。
ストックした長編小説は二年弱で十数作はあったと思います。しかも長いものはゆうに原稿用紙換算で千枚を超えていたため、枚数制限がある新人賞へ応募することなど現実的に不可能でした。
転機が訪れたのはIT企業を辞めて、そのままビザを取得してロサンゼルスに移住していた頃です。仕事もしないで旅行ばかりしていて、その流れで定期的に日本にも帰国していたのですが、枚数制限のない新人賞の存在を知り、それまでストックしていた数々の長編小説を段ボールに詰めて送りました。今思えば、半ば断捨離感覚だったのでしょう。
送った先の某文芸誌では作品に対していくつかのコメントが掲載されました。それとほぼ同時期に原稿を送っていた他の出版社の編集部からも電話があって、「会いたい」と言われました。
そこでお会いした編集者の方から小説の書き方の具体的なアドバイスをいただいて、創作衝動に再び火がついて、新しい物語を書く日々が始まりました。
デビュー作となった『さよなら、君のいない海』はその時に書いていた作品の中のひとつでした。
記憶はあてにならないからメモをしてまとめる
――日本文芸社さんから刊行されている「クリエイターのための図鑑」シリーズは、今作の「クリエイターのための語彙力図鑑 上級編」で6冊目となりました。ほかにも「辞典」「技法書」も刊行されていますが、こちらはどういうきっかけで始まったのでしょうか?
秀島:デビュー作を上梓後、しばらくして日本に帰国しました。
広告代理店時代の先輩が起業した制作会社で働き始めたのですが、アメリカでの自由な生活とのギャップを感じたことや、クライアントのためのコピーライティングが性に合わずに退職しました。
その後はフリーランスになって、いくつかの出版社や編集プロダクションからライターとしてスポット的に軽めの書き仕事を受けるようになりました。その流れで某社から「小説を書きたい人のための本を書いてほしい」とお話をいただき、長年趣味で物語を執筆していて、独自の文章方法論をまとめた創作メモがたくさんあり、「いつか発表してみたい」と思っていたので、「ぜひ!」という形でお受けしました。
元々、長年にわたって広告での仕事をしていたので、マーケティングの観点で文章をぶんせきして、体系的かつ論理的に整理する癖がついていました。この観点でなら自分なりの文章方法論が書けると思ったんです。
――広告のお仕事で培われたマーケティング観点が、「クリエイターのための図鑑」シリーズに活かされるようになっていったのは納得です
秀島:「どうすれば売れる文章が書けるか?」みたいなことをいつも考えていました。その延長線上に小説執筆や物語創作のテクニックの解析がありました。そうした知見を書き綴って刊行されたのが『クリエイターのための物語創作ノート』です。
僕としては「面白く書けてよかったよかった」と満足していましたが、正直そんなに売れないだろうな、という思いのほうが強かった。なぜなら、もっと有名な作家さんが同じようなテーマでいっぱい本を出されていたからです。
ところが、最初の『プロの小説家が教える クリエイターのための語彙力図鑑』がネットで話題となり、刊行直後から重版に重版を重ねて、あっという間に八刷り出来のベストセラーとなりました。たしか一年くらい経ったころからゆっくりと重版されるようになり、スマッシュヒットして、「じゃ、次はこんなテーマで書きませんか?」と継続してお話をいただけるようになりました。
まったくわからないものですが、自分としてはすごくうれしかったです。
――今回刊行されるのは「語彙力図鑑 上級編」ですが、書き続けている中級者以上の物書き志望者さんへ「語彙力」向上のためにオススメの方法があれば教えてください
秀島:当たり前ですが、読書量を増やすことに尽きます。でも、それは小説だけを読むのではなくて、新聞や雑誌や評論など、いろんなジャンルの文章につねに触れていることが大切だと思います。
小説だけ読んでいると、どうしても表現に偏りが出ます。新しい語彙や言い回しに出会えなくなります。分野を超えた読書癖は知らず知らずのうちに新ジャンルへの知見を深めながら、同時に文章の新しい書き方や表現方法を習得できる、最高の勉強法だと考えています。
あと、これも当たり前ですが、気に入った語彙や表現をつねにメモすることでしょうか。記憶は当てになりません。いつも形にして残そうと、自分のスマホなりパソコンなりに書きとどめておけば、必ず役立ちます。そういう意味では「語彙力をもっと向上させたい」という意識をつねにキープするマインドと、面倒くさがらずにアクションを起こす身軽さも大切だと思います。
今回刊行される『語彙力図鑑 上級編』も、これまで集積した数年間の創作メモを存分に活かしたつくりになっています。小説家としてプロデビューできた秘訣や文例も含め、作家になりたいなら絶対に看過すべきでない重要ポイントも多数掲載しているため、お手に取っていただけるとうれしいです。
――秀島さんが日々創作のための語彙力を磨くために行っていることがあったら教えてください
秀島:先ほどのことに追加するとすれば、自分のなかで名著と呼べる小説なり書籍で、心の琴線に触れたセンテンスの箇所に細いポストイットを貼っていくことです。そして、読了すると、その該当ページをすべてコピーしてひとつのファイルブックにまとめ、本棚に置いておきます。
デスク脇の僕の本棚にはこういったファイルブックが十数冊あります。執筆中に気分転換としてこれらファイルをパラパラめくっていると、時に〝目からウロコ″の語彙に再会でき、自分の文章に使わせてもらってブラッシュアップします。
すごく手間なんですけど、慣れればけっこう楽しい作業です。なにしろ憧れの作家さんの本のなかで使われている語彙が、自分の文章の血となり肉となって移植されていくわけですから、シンプルにうれしいです。
自分目線ではなく、他人目線になるための「エモチェック」
――書き続けているとアイデアが浮かばなくなったり、同じようなものばかりになってしまうという中級者の方からのお悩みを聞くことがあります。そういう時にはどのようにしたら新しいアイデアが浮かびやすくなるのでしょうか?
秀島:「アイデアが浮かばなくなる」「同じようなものばかりになる」という悩みはプロの書き手でも誰もが陥りがちなスランプですが、じつは、いくつもの具体的な解決方法があります。
一番大切なのは、視点を変化させることです。
アイデアが浮かばなくなって展開が単調になる原因は、書き手としての自分目線が強くなりすぎている証拠です。つまり自らの力で物語を強引に動かそうとしているわけです。
一度この膠着状態に陥るとなかなか抜け出せません。自分で自分の首を絞めてしまうような負のスパイラル的状態だからです。
そんな時は「視点を読み手側にシフトする」ことです。自分が読者だったら次にどういう展開を望むだろうか? どんなふうな状態になればハラハラドキドキするだろうか? あるいは興味を惹かれてページをめくりたくなるだろうか? と、いったん自身の執筆への執着と没入を捨てて、最初から丹念に流れを俯瞰してみてください。
その際、大切なのは、「ご都合主義になってないか?」「展開がスムーズに流れすぎてないか?」「登場人物の数は足りてるか?(あるいは多すぎないか?)」など、読者目線で多角的にチェックすることです。
――なるほど、自分目線が強くなっていることで抜け出しにくくなってしまうということですね
秀島:物語は人が書くものなので、一定数の作品を仕上げて数をこなしていくうち、どうしても時分が得意とする安易なパターンに落ち着きがちです。これは危険な兆候の表れです。なぜなら、展開に疑問を持たずに自分目線だけで書いているからです。
僕が必ず行うのは、自分で勝手に呼んでいるのですが「エモチェック」という、読者側に立った感情指数の確認作業です。
たとえば、「衝撃」「裏切」「嫌悪」「失望」といったネガティヴ感情で読み手の感情をきちんと引っ掻き回しているかを、特に中盤まで執拗にチェックします。
後半に進むに従って、「同情」「応援」「共感」「激励」といったポジティヴ感情を促すアクションを主人公に付加して書きます。
書き手から読み手への、こういう視点の変化で自分の作品に向き合うと、客観的に俯瞰して物語の弱点が見えてきます。読者に支持される面白い物語やヒット作品とは、きちんと読者の「エモチェック」が行われており、受け手の感情を巧みに引っ掻き回します。この視点で自分の物語を捉えていくと、次の展開アイデアがどんどん湧いてくるはずです。
読み手の「期待」を裏切っていけば流れはどんどん成立します。起承転結(あるいは三幕構成)の転換点にて、その不安な感情を真逆側の「安堵」に置き換えてあげるようストーリーを運べばいいわけですから。
仕事としてお金をいただく文章とは、つねに読者という「お客様最優先」の産物です。
この考え方は広告代理店時代に商品のコピーを書いていた時、上司から口を酸っぱくして繰り返された訓戒です。
――ここでも前職の広告代理店時代の経験が活かされています。今書くことでスランプ気味な人はぜひ「エモチェック」をしてもらいたいですね
秀島:自分が書いていて気持ちいい物語とは、予定調和になりがちで、「エモチェック」が疎かになっているはずです。
お客様最優先を意識しての創作は辛いですが、これを徹底しなければプロデビューは叶いません。このポイントが具体的によく理解できない人は、自分が感動した漫画でも映画でもいいので、「エモチェック」の視点で何度もおさらいしてみてください。
たとえば映画『ショーシャンクの空に』は劇場公開では興行的には失敗と言われましたが、その後ビデオレンタルで人気作品となって、今では名作として知られている作品です。この映画の三幕構成はじつに典型的かつ巧みで、完璧な「エモチェック」が施されています。
オープニングから続く「絶望」「失望」「衝撃」「嫌悪」、そしてまた「絶望」「失望」と、ややうんざりするものの、観る者を奈落の底に叩き落します。しかし、少しずつ仲間が増えたり理解者が現れたりして救いのポイントがちりばめられ、観客の物語離れを許しません。
後半への通過点を超えるあたりから「応援」「共感」「激励」「応援」できる場面がゆっくりと点在的にインサートされます。それでも二幕終了間際(つまり脱走直前)までは、おそろしいほどのネガティヴ感情で観客を闇の底に叩き落し続けます。
後半の残り30数分という第三幕開始からの驚愕の胸スカ感は、観客の感情をごっそりと持っていきます。やがて驚愕は感動へと変わり、ラストで完全に開放されます。この仕様は、完全に受け手視点を徹底した功名な創作の賜物といえるでしょう。
この方式にならい、高度に完成されたエモチェックを優先して物語を書いていけば、「アイデアが浮かばない」ことも「同じようなものばかりになる」こともなくなります。読み手の感情を揺さぶることさえ考えればいいわけですから。
――秀島さんは浮かんできたアイデアはメモなどに残したりしますか? 残される場合はどのように整理されていますか?
秀島:もちろん必ずメモに残します。ですが、文章としてだらだら残すのはマイルールとしてNGです。メモにするのはつねに物語の「キーワード」「読者へのメッセージ」「テーマ」の3つに留めます。そこから醸造と発酵を繰り返し、味わいや香りや舌ざわりを付加していきます。文章で残さない理由は、発想が限定されてしまうからです。
着想を広げるには、アイデアの核となる芯だけを記録し、そこに時事ネタであったり、時流的にウケそうな設定、キャラ立ちする登場人物詳細などを紐づけて、慎重に肉付けしていきます。
もし、浮かんできたアイデアに「キーワード」「読者へのメッセージ」「テーマ」の3つが見当たらなければ、申し訳ありませんが、それは面白くない物語であり、読者の心を鷲掴みにするものではありません。
ある一行として部分的に閃いたアイデアというのは、時間の経過とともに熱が冷めていくと、そんなに名案ではないことが多いため、あまり気にしないようにしています。
どんなにシンプルでもかまわないので、上記3つを書き出せる習慣を身につけてみてください。それらを執筆時にはつねに目につくところに紙に書いて貼っておき、物語の展開がきっちりそれらをなぞっているか確認するようにしましょう。これがストーリーがブレない支えとなります。
プロローグは書かずに最初の3ページで読者に興味を持ってもらう
――ストーリーの組み方についても質問させてください。アイデアや物語の断片などが浮かんだりしてきた際にはすぐに書き始めるほうでしょうか? あるいはメモ程度にストーリーラインを書いたり、しっかりとプロットを練られたりしますか?
秀島:これには二通りの方法論があります。
まずひとつは、前項で挙げた「キーワード」「読者へのメッセージ」「テーマ」の3つが決まっているのなら、すぐに書き出してみるのも一手です。この際、結論の具体的描写やラストシーンは必要ありません。
もうひとつは、丹念なプロット(とはいってもA4横書きの起承転結方式で二枚以内、もしくは全2000字以内)を仕上げてから書き始める方法です。というのも、物語の書き手は二種類のタイプが存在します。
ひとつは物語の核だけ定めれば、プロットなしで書き切れる人。
もうひとつは後者のように、プロットという目的地入りの地図がなければ書けない人です。
どちらがいい悪いという優劣はありません。ただ「自分はどちら側か」を知ることが大切です。本当は前者のアドリブ型なのに、後者のプロット型を優先してしまえば、作家として日の目を見ることはかなり難しくなるかもしれません。
「プロットが必要だ」といろんな本に書いてありますが、プロットの必要性はその作品が面白いかどうかを判断するための編集者やプロデューサー用の予備資料としてです。
一流作家さんのなかにも「綿密なプロットがないと書けません」という方はもちろんたくさんいらっしゃいますが、僕の知り合いの作家さんで、編集者に提出するプロットは三行以内しか書かないという豪気な方もいて、それで本を刊行し、数々のヒット作を生み出しています。
――知り合いの作家さんは自分がアドリブ型だとわかっていて、プロットによるデメリットもわかっているから三行以内しか書かないということですね
秀島:はい、プロットに縛られすぎると、登場人物が躍動しにくくなるデメリットがあるからです。そうなると予定調和に陥りがちで、キャラの言動に奇想天外の活き活きとした動きをつけにくくなります。
アドリブならではの登場人物の躍動感やキャラ立ちやスリリングさは、創作物語には少なからず必要です。とはいえプロットなしでは書けないという方もいますし、向き不向きがあるのもまた事実です。
余談ですが、村上春樹さんは、主人公の男性が平日の昼間にパスタを茹でるシーンが頭に浮かんで書き進めるうち、三部作の長編小説『ねじまき鳥クロニクル』を完成させたというのはあまりに有名です。もちろんプロットは存在しませんでした。
自分はどっちのタイプか、自己分析してストーリーを組み立てていくべきでしょう。
――ストーリーの組み方などで悩んでいる人にオススメできる書籍や作品はありますか?
秀島:『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』(ブレイク・スナイダー著)と、『書くことについて』(スティーヴン キング著)は読んでおくべきかもしれません。
――スティーヴン キング著『書くことについて』は以前に「monokaki」でも取り上げた一冊で、ぜひオススメしたいです。
では、作品の書き出しで注意すべきことはありますか? 冒頭でフックを作るようにするにはどのような始め方がいいでしょうか?
秀島:プロデビュー前のビギナーの方は特に、プロローグから書くべきではありません。まずは本編から書き始める習慣を身につけてください。なぜなら、プロローグはよほど筆の優れた作家さんでなければ、あの短い冒頭で読者を惹きつけられないからです。
そこから本編に入っていく時間と手間の分、読者の方々の負担となってしまうことを考慮すれば、よほどの伏線やフラグでない限り、書かないほうがベターです。そればかりか多くは書き手の自己満足で終わってしまいます。
本編から書き出して、最初の一枚(約1200字以内)に必ず会話文を導入して冒頭展開を読みやすくすることを心がけてください。会話を入れる意味は、地の文でくどくどキャラ紹介せずに、端的にその人物の特徴を描けるからです。
たとえば、こてこてな関西弁をしゃべれば出身地や育ちが滲み出ます。厳しい命令口調ならきつい性格や立場が浮き彫りとなります。つまり、冒頭初出の会話はキャラクターを決定づけるヒントを含有させて読者に提示し、役割やポジションを暗示することができる、非常に有効なツールとなります。
もちろん「エモチェック」も怠ることなく、読者をハラハラドキドキさせるひと言を入れれば、さらに読者の没入感を高めます。
最初の8ページ以内の序盤で、読者の9割は読み続けるか、止めるかを決定づけるといわれています。ですが、僕の見解は異なります。最初の3ページ以内で物語を進め、読者の方々に興味を持っていただけるよう書き出しを吟味します。その分量なら立ち読みできるからです。
――現実を舞台にした作品のみでなく、ファンタジーやSF作品を書く場合でも取材をしたほうがいいと言われます。実際に作品のための取材をする時に注意すべきこと、作品への活かし方などで意識すべきことはどんなことでしょうか?
秀島:じつは僕はあまり取材はお勧めしない派です。
書く時は取材なしで、自分のなかに構築されているイメージや想像力を最大限にフル活用し、まずは書いてみることをお勧めします。そして、書き終わってから、確認作業のために取材してみる癖をつけるべきだと思っています。
なぜならファンタジーやSF作品の場合、絶対に実物を見ることはできないため、ある対象から連想・着想して書くという作業工程になると思うからです。このプロセスを踏むと、逆に自分の想像力にリミットを設けることとなり、大胆な発想ができなくなるおそれがあります。
小説の題材や場所などが事実に基づくことはとても重要である反面、その箇所にばかり工数をかけてしまうと、本来訴えたいメッセージやテーマ性が疎かになりがちです。
極力、自身のイマジネーションだけで書いてみる習慣を身につけると、筆力が自然にアップし、必ず役に立つ場面が訪れます。
一方、書いた後に事実確認のため取材に行ったとして、すべてを正確に事実通りに修正描写すべきではありません。不必要な部分は極力省略し、ストーリーに大きく影響する部分だけをかいつまんで抜粋しましょう。「曖昧に濁す」という技巧も書き手には必要です。
今の時代に読者に選んでもらえる作家に必要なもの
――従来の紙書籍やWeb小説だけでなく、チャット小説や動画小説など、現在はさまざまな形で小説が読める環境になっています。その中で読者に選んで読んでもらうために書き手としてすべきこと、どんなことを考えておくべきでしょうか?
秀島:二つの観点で捉えるべきだと思います。
まずひとつ目は、書き手として生き残るなら、さらに時事性に敏感となることでしょう。流行りそうなブームやトレンドを敏感に察知して取り込める触覚の鋭さを磨かなければ、日進月歩で形態が進化する小説読者に遅れをとってしまいます。
たとえばネット配信型のドラマや映画も、ヒット傾向がどんどん変わりますし、欧米の音楽ヒットチャートも数ヶ月単位で流行りの楽曲ジャンルががらりと一変します。それらに追いついて理解・咀嚼するには、作り手の感性のみならず、価値観や選択基準や道徳観といった社会全体の流れを把握する観察眼も求められます。
売れ続ける作家とは、どんなメディアにも対応しうる物語の核を書き切れる能力を持っているものです。
あるいはさらに時代の一歩先を予見するくらいの気構えが大切だと感じます。
ふたつ目は、永遠に変化しない人心の礎的なものを根気強く掘り下げていくべきでしょう。たとえば愛や友情。それらはいつの時代でも普遍的です。しかし、その表現方法や理想形はつねに変化しています。どう表現すれば今の時代のニーズに応えられるのかがわかっている作家は強いです。
逆にその大切な部分の表現方法が旧態依然のまま変換できない書き手は、いずれ時代の波に流されてしまいます。当然、新たなメディア形式の小説の読者の心を掴むこともできないでしょう。
これらはマーケティング的な視点を鍛えることと類似しています。現行でヒットしている作品から、ニーズを勝ち取った事由や支持される優位点を探究していけば、おのずと新しい読者のニーズも推し量れます。そうした積極性を書き手ならつねに維持しておくべきだと考えています。
――これから書きたいと思っている作品、テーマにはどんなものがありますか
秀島:小説としては「孤立」と「家族」という関係性に深く踏み込んだ人間ドラマを書いてみようと考えています。
令和の現代って、ものすごく情報伝達のスピードが進化しているのに、根本的な〝何か〟が欠落している時代だと感じます。友だちがいるのに孤独な人が増え、〝普通〟と〝異常〟が混在する世の中です。
誰にも相談できなくて犯行に走ったり、救いがないため自ら命を絶ったりという、哀しい出来事がすごく増えている。超えてはならない境界線がどんどん曖昧になっています。その根源的な原因は、多くの人が内側に抱える「孤立」であるように思えてなりません。
他方では「家族」という結びつきが脆弱になっていることも一因なのでしょう。かつてない格差社会となりながら、貧富に関係なく、どこかディストピアな未来しか見えてこないせいで、これからの若い人たちは大変な時代を迎えるような危惧があります。
そうしたなかで光とか希望を描き、もう一度根本的に大切な〝何か〟を手探りしながら触れられるような、温かな物語を書きたいと思っています。
創作系書籍関連でしたら、前述の通り、「読者視点で感情を揺さぶれば面白い物語が書ける」というテーマで、マーケティング的思考を含めた、執筆指南書を書きたいと思っています。
――最後に、プロをめざす書き手に向けてのメッセージがあればお願いします
秀島:言い尽くされた言葉ですが、諦めなければ夢は叶います、絶対に。けれども、努力とノウハウは不可欠です。そういう意識で物語創作に向き合っていくと、これまで費やした多大な時間や労力は必ずや報われます。
ただ自分が好きなことを好きなように書くだけでは、なかなか世に認められません。進歩も前進も難しいでしょう。
今はネットを含めて、技巧やテクニックを学べる機会が無限に広がっています。そういうチャンスはおおいに活かすべきだと思います。
前述の通り、最後は諦めない人だけが勝ちます。
僕もそう信じてここまでやってきました。
(インタビュー・構成:monokaki編集部)
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