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2016-2018年のウェブ小説書籍化④ 軌道に乗ったカクヨムと他出版社系投稿サイトとの違い、ウェブ小説に対する「語り」の変化|飯田一史

カクヨムと明暗を分けたピクシブ文芸、NOVEL DAYS、セルバンテス

 カクヨム以外にも2016年から2018年の間に出版社が投稿サイト運営に乗り出した例はあった。
 たとえば幻冬舎とpixivが組んだ文芸小説投稿サイト「ピクシブ文芸」だ。これは2016年10月にスタートし、小説誌「小説幻冬」とのコラボレーションを行い、山形市で三浦しをんらを講師に小説講座を実施した。また、両社にテレビ朝日を加えて「ピクシブ文芸大賞」(2016年10月~2017年3月募集)を開催。pixivで行った小説コンテストの中でも史上最多の応募数となる3600以上の投稿を集め、大賞受賞作・小林大輝『Q&A』を書籍化、同作品はテレビ朝日系列にて2018年3月にTVドラマ化(ただし深夜帯での放送)されたが、第2回以降は開催されずに2021年3月末日をもってサービス終了した。

 講談社も2018年6月に小説投稿サイト「トークメーカー」(2016年12月正式スタート)の運営元を株式会社未来想像から講談社に変更して改名した「NOVEL DAYS」をオープン。2019年にはすでに商業デビュー経験のある作家の投稿に絞った第1回「講談社NOVEL DAYSリデビュー小説賞」を実施し、受賞作品をいくつか書籍化したほか、コンテストを多数実施した。
 第1回「講談社NOVEL DAYSリデビュー小説賞」を受賞し、書籍化された富良野馨『真夜中のすべての光』(講談社タイガ。原題は「辺獄のパンドラ」。小説家になろうやカクヨムにも掲載。富良野はマイナビ出版から2016年になろう掲載作品『雨に似た人』を改稿した『雨音は、過去からの手紙』と改題してデビュー)は「本の雑誌」2021年 1月号』にて書評家・北上次郎が選ぶ「2020年度エンターテインメントベスト10」の3位に入るなど、玄人筋から高い評価を得る作品も出てきた。ただしトークメーカー時代から5、6年経ってもヒットと呼べるほどのタイトルはまだ生まれていない。
 同じく講談社は2018年10月に創刊したなろう系書籍化レーベル・レジェンドノベルスと連動する“大人のための投稿小説”をコンセプトとした「セルバンテス」を2018年12月25日にプレオープン、2019年2月に正式オープンし、2020年5月末にサービス終了している。

 これらのサービスと、軌道に乗ったカクヨムは何が違ったのか。
 まず出口戦略、どうやったら投稿サイトビジネスは回るのかに関する時間軸の取り方とお金の張り方の違いがある。
 KADOKAWAはラノベやマンガでの経験から、雑誌やレーベルが黒字転換し、書き手も読者も継続的に集まるサイクルが回るようになるには、最低でも5、6年かかる、という認識がそもそもあったと思われる。小説やマンガは、人気が出てから映像化されるまでに早くて2、3年かかる。最初のアニメ化作品がアニメとして人気を博すとは限らないから、一作だけでなく継続的に映像化される体制を築く必要がある。そのためには早くて5、6年はかかる。ただ、そのサイクルが回り始めれば、アニメやドラマ、映画がプロモーションとなって原作の書籍が売れ、また、原作が連載されているメディアへの一定以上のアクセスが見込めるようになる。
 サイトを作って2、3年で撤退しては、ヒットの芽は絶対に出ない。KADOKAWAのラノベの人気作は1巻刊行から早ければ2年後にはTVアニメになるが、ウェブ発ではウェブ投稿時点でアニメ化企画が動くことは少なく、書籍化以降になるため、紙発ラノベのアニメ化よりも、小説発表からアニメ放映までの時間が長くなる。たとえばなろう発で最初に映像化された『ログ・ホライズン』は2010年に投稿開始、書籍化は2011年から、アニメ化は2013年である。
 ということは2016年にサイトをオープン、書籍化から最初にヒットが出るのは最速で2017年、そこから映像化に動いたとして早くとも2019年か2020年にならないと映像化が続くサイクルは生まれえない――とカクヨムを始める前から予想が付いていたはずだ。

 先行してなろう、エブリスタ、アルファポリス、野いちご/ベリーズカフェが存在する成熟市場において、後発の新興ウェブ小説事業者が、書き手と読み手を集めてある程度以上のポジションを得るためには、こうした時間軸の取り方、そして映像化する際の出資資金の確保はほとんど必須だと言っていい
 現に、浅原ナオト『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』がカクヨムに2016年10月に連載され、2018年2月にKADOKAWAから書籍化されたのちにカクヨム初の実写化作品としてNHK総合にてテレビドラマ化されたのが2019年4月~6月。
 土日月『この勇者が俺TUEEEくせに慎重すぎる』は2016年6月からカクヨムにて連載開始、2017年2月からカドカワBOOKSより書籍化され、カクヨム初のTVアニメ化作品となったのは2019年10月。そこから少し空いた2021年4月にしめさば『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』(以下『ひげ』、2017年3月投稿開始、2018年2月書籍化)とトネ・コーケン『スーパーカブ』(2016年3月投稿開始、2017年5月書籍化)がTVアニメ化されてともに話題作となり、『ひげ』は「社会人男性がひょんなことから女子高生を拾う(出会う)」という設定が無数のフォロワーを生んだ。

 ウェブ小説の投稿者は「映像化作品が出たサイトを簡単に畳まないだろう」と思うから、アニメ化作品が出たサービスにはますます作家志望者が集まるようになる。また、なろうやエブリスタ、アルファポリスとも違う傾向の『ひげ』や『スーパーカブ』がアニメ化されたことで、投稿される作品はより「カクヨムらしい」と形容されるような特徴を持った独自のジャンルが形成されていく。そして、そういう傾向の作品を読みたいと思う読者が来るようになる。
 KADOKAWAはこうしたグッドサイクルが回り始めるまで最低でも5、6年にわたって運営し、最初のうちは何が当たるかわからないから多様なタイプの作品を無数に書籍化したそして多少なりともヒットした作品のなかから、自ら出資して映像化まで持っていくことを何本かやってみるまでは、いくら赤字だろうと突っ込むという意思決定をした
 これができるか否かという資金面、経営面の意思決定によって、投稿サイトの明暗はかなりの程度決着している。

 出版社系ではないが、2016年7月にはLINEノベル(第2期)がLINEマンガ上で始まり、『奴隷区』の岡田伸一や『liar』のもぁらすといったエブリスタの人気作家、Chacoやべあ姫といった第二次ケータイ小説ブームを牽引した作家の新作を無料で配信したが、予定されていた投稿サービスは実施されないまま2017年に終了した(配信作品はいずれも未書籍化)。有名作家を集めればすぐに読者が集められると考えたのかもしれないが、短絡的、短期志向の典型だった。
 2000年代ならばいざ知らず、2010年代のウェブ小説サイト市場は様子見のような腰の引けた手の出し方をしても短期で撤退するか、泡沫サイトになることが運命付けられた領域となっていた。


「人気」と「評価」と読者の関係――カクヨムとほかの出版社系投稿サイトの違い

 これと前回言っていた、出版社運営の小説投稿サイトでは読者の扱いが静的であり、送り手が一方的に作品を届けるかたちになっている、という話はどう関係するのか。
 映像化なしでも書き手と読み手が作るグッドサイクルが一定の大きさで回るようにするための方法論が、対読者施策である。ここの違いもカクヨムと文芸ピクシブなどとでは大きかった。

 カクヨムが成功した理由として多くの人が真っ先に思いつくであろうことは、人気ジャンルのネット適性だろう。結局のところ、ランキングを眺めるとカクヨムでももっとも人気のジャンルはなろうやアルファポリス同様、異世界ファンタジーではないか、と。なろう系がラノベに組み込まれたあとで始まったカクヨムは、ラノベの中心地であるKADOKAWAが運営するものなのだから、ファンタジー系のラノベが人気になって書籍化も成功するのは当然だろう、と。カクヨムにおいてなろうやアルファとまったく同じものが流行っているとは言えないものの、広く見ればファンタジージャンルの作品がランキング上位に並んでいるから、これも一理なくはない。
 実際、ファンタジーやロマンス、ホラー、青春小説など、ウェブ小説書籍化において商業的に有望なジャンルは、書籍化され、読者に見つけられて買われるルートがすでに確立されている

 一方でそれ以外の一般文芸、純文学は未開拓というより「以前、誰かが散発的に出してみたがそれほど成果が芳しくなかった」ジャンルが多い(刊行しても目立たなかったので「まだ誰もやっていない」と勘違いされて失敗時のノウハウも引き継がれず同じ失敗が繰り返される)。
 投稿・閲覧サイトには「みんなが使うから自分も使う」「面白い作品があるから読みに来る/読みに来る人がいるから投稿する」というネットワーク効果が生じる。だから、ただでさえ後発参入者はそのサイクルを軌道に乗せるまで苦労する。そのうえウェブ上で需要があるのか、書籍化して需要があるのか定かではないジャンルでチャレンジするならば、軌道に乗るまで余計に時間がかかることを見越さなくてはならない。

 異世界ファンタジーが投稿作のなかで中心になりながらも、あるいはファンタジー投稿を呼びかけながらも軌道に乗らなかった投稿サイトはいくつも存在する(講談社のセルバンテスもまさに異世界ファンタジージャンルを狙っていた)。とすると、ジャンル選択だけが原因とは言い切れない。
 読者にどうやって来てもらい、どういう存在として扱うのか、コミットしてもらうのかというサービスの設計思想も成功か失敗かの分岐に大きく関わる。

 さらに言えば、先ほど述べたように、ウェブ小説書籍化の歴史の中でヒットを輩出するジャンルにはなっていないものをウェブに移す、ウェブを活かして書籍化作品をつくるにあたっては、既存の投稿サイト以上に何か施策を用意せずに「自然と」そうなることは考えにくい。
 なろうやエブリスタなどは「投稿サイト」と呼ばれるが、正しくは「投稿・閲覧」機能を提供している。書き手だけでなく、読み手も重要な存在だ読み手がいない場所で積極的に書きたがる書き手はいない読者の存在・反応が可視化されていること、作品に対してポイントを付ける、レビューを書く、紹介してくれるといったアクティブに働きかけをしてくれる読者の存在は、投稿者の執筆モチベーションに関わる

 もちろん、読者といっても何パターンかに分けられ、獲得施策も異なる。
 ひとつはミーハー層やネット民である。有名、流行っている、バズっているものなら読みたいというタイプの読者だ。たとえばなろうなら、累計ランキング最上位作品から読むというタイプの読者にあたる。
 この層をつかむには、著名作品または有名作家の新作をサイト上に連載するとか、ネットカルチャーと親和性の高いバズる企画を行うといった必要がある。
 カクヨムは、自社作品の豊富な資産を活かしてカクヨム上で著名なラノベ作品や各ラノベレーベルの新作(の一部)をプロモーション掲載した。
 あるいは、狙ったものではないのだろうがカクヨムがローンチされてまもなく当時のKADOKAWA経営陣であった川上量生がゴシップめいた記事を投稿するとか、たまたま『横浜駅SF』がバズるといった出来事で認知度を高めた。一方でピクシブ文芸などにはこうした動きは見られなかった。

 このようなミーハー層やネット民ではないタイプの読者層としては「特定ジャンル、特定タグの愛好家」がいる。有名作品・作家を撒き餌にしても、ほかに無数にある投稿作品も読んで読者として居着いてくれる存在が一定の割合で生まれなければ、結局、多くの投稿者の執筆意欲の喚起・継続にはつながらない。とはいえなんのきっかけもなく、メリットもなく、無名の新人の投稿作を読む人間はまれだ。
 読者は、好きなタイプの作品があると思うからその場所に来る。つまり、その場所に投稿される作品にジャンルや読み味の「偏り」(個性・特徴)があるからこそ、読み手は類似作品を次々読み進めようと思い、実際にそれができる――「特定ジャンル、特定タグの愛好家」は、こういう読者だ。
 なろうやエブリスタで人気の作品にジャンル的な偏りがあることはしばしば批判されるが、しかし、偏りがない場所に読者は寄りつかない。その場所に自分の好みの作品があるのかないのかがわかりにくいからだ。
 書き手にとっても事情は同様だ。突出した人気作品やジャンルがあれば「ああいうものを自分でも書いてみよう」とか「ああいうものが人気が出やすいのか。書いてみるか」という発想で、類似ジャンルの作品が集積されるサイクルが生まれる。
 もちろん、時間が経つにつれて流行りは少しずつ移り変わっていく。なろうやエブリスタ、野いちごなど先行するプラットフォームでは、運営が誘導しているというよりユーザーの手により自生的に人気ジャンルが形成され、変化し続けていくサイクルが回っている。「特定ジャンル、特定タグの愛好家」が棲み着き、特定の好みを有しつつも、飽きないように新趣向の作品を開拓し続けている。

 なろうには「スコッパー」と呼ばれる、新着小説を片っ端から読んでは気に入った作品にポイントを付けていくというイノベーター、アーリーアダプタ層の読者群がいる。なろうでエッセイランキング累計1位となっているひょろをはじめ、作品紹介者として一部に知られる存在もいる。こういう率先して掘ってポイントを付けて日間や週間ランキングを動かす人たちがいるからこそ、出版社の編集者が人気作品に気づいて書籍化のオファーができる
 また、スコッパーが率先してポイントを付けるからこそ、ランキング上位や特定タグの作品だけを読むというミーハー層が「他にも読んで見ようかな」と思ったときにそれなりの精度でランキングやタグが機能する。

 ではカクヨムは対読者施策として何をしているか?
「自主企画」というかたちで作家同士が「泣ける作品を読ませて」とか「ゲーム系作品置き場」などと題して同好の士を募って作品群を集めるイベントを実施することができ、これはランキングとは別ページがあってまとめて表示される
 また、ランキングページなどでは作品タイトルとあらすじ、作家本人が書いた惹句に加えて、読者が書いたレビューのタイトルが並んで表示される。また、あるユーザーが書いたレビューに別のユーザーが「いいね!」を付けた数字も表示される。
 つまり、数字で完結するランキングの世界とはまた別の価値観で作品・作家を集め、読者に対してアピールできる場所を用意して作家同士の交流を促している。加えて、いわゆる「読み専」に、「読むこと専門」に留まらずにいいね!やレビューなど評価する活動に対してアクティブになってもらうためのUI/UXを用意している。
 出版社が運営する一般文芸系の小説サイトとは異なり、読者が作品へコミットするよう積極的に働きかけている。また、自らが求められている「なろうのオルタナティブ」という立ち位置をわかっている(し、そういう作品も欲している)からこそ、「自主企画」のような特定の人気ジャンル以外に目を向けさせるしくみを用意していると考えられる。
 このような取り組みを行い、「ミーハー/ネット民」層とは別の「特定ジャンル、特定タグの愛好家」を育て、何年かかけてサイトを耕す。そうすることで、特定ジャンル/タグの生態系から生まれた作品の一部が映像化されるくらいに注目を浴びる下地を作る映像化されれば「流行っているから読む」という層に届くようになる
 そうならないとしても、特定ジャンル/タグの生態系がある程度の規模になることで、書くことと読むこととのサイクル――読者がいるから書く、書かれた作品があるから読む、という循環――が機能するようになる。このサイクルが完成するかどうかが、ウェブ小説プラットフォーム運営においては決定的に重要である。


SFとほかの小説ジャンルの違いは評価軸の刷り込みとコミュニティ

 ここでウェブではなく、書籍の世界に視点を移して考えてみよう。
 カクヨムがSFの投稿場所にもなっていること、SFはウェブとのうまい距離感での付き合いを確立できたと前回③で書いた。
 この背景にはSFファンダムの存在がある。SFジャンルにおいては作家も読者も、商業媒体のみならず、ネット上での活動や同人誌での活動が比較的アクティブだSF大会、SFセミナー、京都SFフェスティバルとリアル開催で全国からSFファンが集まる大型イベントが年にいくつかあり、そこでは関係者同士の議論を通じて価値観の共有があり、作品・作家の噂や評価が伝わりやすい
 また、「SFマガジン」は日本の数ある小説誌のなかでももっともジャンルの歴史や評価軸、重要作品の提示をしつこく行っている媒体である。よく組まれる特集には周年記念や追悼特集、サブジャンルの特集、年間ベストを受けての特集があり、誌面には年表、ブックガイド、SF初心者向けの連載記事、評伝などが並ぶ。これらをSFの読者は刷り込まれ、さらにイベントやSNS上での交流を通じて価値観と史観を共有し、情報を受発信するコミュニティの一員となっていく。その結果、SFファンという「塊」が存在し、その人たちがウェブ上でもアクティブであるがゆえに、SFとウェブとの付き合いは比較的うまくいっている面がある。SFファンはミーハー/ネット民と重なる部分も一部あるが、基本的には「特定ジャンル、特定タグの愛好家」である

「人気」(売上)の世界の住人ではなく、「評価」の世界の住人だが、ウェブにも塊として存在している。しかもファンはただの透明な読者ではなく、たとえプロの作家や批評家、レビュアーでなくとも積極的に受発信し、コミュニティを盛り上げる。
 自生的な「人気」にゆだねない「評価」のコミュニティを回すには、読み手と書き手に対して規範となる作品と、模範的な読み方が示されている必要があるどんな作品が良くてどういうものがダメかという基準が、アクセス数や売上とは別に共有されている必要がある。SFジャンルは「SFマガジン」と草の根のファンダムを通じて読者に対して価値観の伝導・共有をしつこくやっている。
 その点、ほかの多くの小説ジャンルはいささか心許ない。継続的に発信する媒体において読者に対し、歴史意識や評価軸の共有、啓蒙をし続けていないからだ。また、小説誌には基本的に刊行された作品に対して批判的な書評、批評は載らない。そのジャンルにとって良い作品か否かを示している場所は文学賞、新人賞の選評しかない。つまり書き手に向けてのメッセージしかなく、読者を特定ジャンル/タグの価値観の共有者として育てる機能が欠如している
 このように、紙の雑誌の時点で、誌面を通じて読み手に対して何がよく、何が良くないのかを提示していない媒体が、ウェブに来た途端に変化するとは考えづらい。しかし、それをやらないと「ジャンル読者」は育たない。SFジャンルが映像化作品が少なくてもそれなりに元気なのは、価値観を共有するコミュニティがあるからだ

 先にも書いたが、SFをロールモデルにすれば、カクヨムとはまた違ったかたちで一般文芸ジャンルにおいても、出版社がウェブ小説サイトとうまい距離感で付き合うことは可能だろうと筆者は考える。
 ウェブ小説で人気の異世界ファンタジーやロマンス、ラブコメ、ホラー、BLなど以外にも「書き手も読み手もジャンルのお約束を了解した上で、差分を楽しむ」ジャンルの運動は存在する。たとえば今言ったSFがそうだ。ほかにも時代小説、警察小説、グルメ、本格ミステリーなども同様だろう。一度ハマると片っ端から似たようなものを読んでジャンルのファンになる。そういう楽しみ方をするジャンルだ。おそらくこういうジャンルは、コミュニティごと、書き手と読み手の運動ごとウェブに移行させればウェブ小説でも十分成り立つ

 しかし現状ウェブ上で成り立っていないのは、

・こういうジャンルの小説の読者をウェブに連れて来ていない(作品を載せていないから来ない)
・作品をウェブに載せても、読み手を透明な存在にしている
・SF業界とは異なり、読者をジャンルのファン(受発信するコミュニティの一員)として育てきっていない、所属意識を植え付けていない

 という理由が考えられる。

 ウェブ上で育てるのが無理なら、作家・編集者・読者・書評家・批評家などの関係者をまるごとそのサービスに連れてくるしかない
「評価」の世界のアルゴリズムや住人をウェブ上に組み込まず、「人気」の世界のアルゴリズムで勝負しているうちは、アマテラスや文芸ピクシブが撤退したように、一般文芸ジャンルがウェブでうまくいくことはない。しかし、特定の小説ジャンルのファンダムをウェブ上に作り、金銭的な報酬も発生しないのにさかんに活動する状態を作るなど、伝統あるSFジャンル以外では不可能だと思う人もいるかもしれない。
 だがたとえば90年代から2000年代前半にかけては国内ミステリー小説の書評サイトが乱立した時期があり、プロの書評家でもない人間が書いた本の感想やレビューが、プロ作家がウェブ上につづる読書日記などとともに読まれ、盛り上がっていた。こうしたミステリサイトの書き手や読者が中心となってプロ作家も招いた大型ファンイベント「MYSCON」が1999年から2014年まで開催されていた。こうした過去を思えば、決して不可能ではないだろう。
 2021年には講談社の小説誌「メフィスト」が会員制ウェブメディアへと移行し、2022年には文藝春秋の「別冊文藝春秋」もnote上で同様の試みを始めたが、今言ったようなコミュニティありきのジャンル小説運営に対するチャレンジなのだろう(なお「別冊文春」の担当者は、「本連載2010年後編の回 」で言及した「マトグロッソ」創刊者の浅井愛)。
「ウェブ小説書籍化の歴史」を扱う連載としては思弁に文字を費やしすぎたが、カクヨムとそれ以外の出版社発の新興プラットフォームの違い、ラノベやSFとそれ以外の一般文芸のウェブ小説書籍化との成果の違いについての要点はおおむね記述しえたと思う。


ウェブ小説の新人賞が小説誌主宰の新人賞より優れていると語られ始める

 最後に、2016~2018年のウェブ小説に対する「語り」を見よう。
 2010年代半ばを過ぎるとウェブ小説書籍化は当たり前のものとして、勢いのあるものとしてメディア上で取り上げられるようになる。
 たとえば毎日新聞では「毎クール30本近い新作が放送される深夜アニメの中で「異世界もの」というジャンルがヒットしている。ネット小説から生まれた「Re:ゼロから始める異世界生活」「この素晴らしい世界に祝福を!」などが人気を集めている」として、2017年7月にテレビアニメが放映された『ナイツ&マジック』『異世界食堂』(どちらも主婦の友社「ヒーロー文庫」から刊行)の編集者である高原秀樹への取材記事が掲載されている。

 7月にはテレビアニメ「異世界はスマートフォンとともに。」もスタートし、「盾の勇者の成り上がり」「異世界居酒屋『のぶ』」「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」などもアニメ化が発表されている。高原さんは「今は、なろう系のラノベを取り扱う出版社は20社くらいあり、人気作はすぐに書籍化され、“青田買い”も多い。異世界もののラノベは飽和状態とも言われています。ただ、アニメはどれもヒットしているようなので、まだブームは続きそうですね」と予測する。
(「毎日新聞」2017年7月21日夕刊「まんたんプレス:深夜アニメ「異世界もの」 “なろう系”人気の理由は「共感」)

 また、「ダ・ヴィンチ」2016年12月号にて『魔導師は平凡を望む』広瀬煉インタビュー「鬼畜女子×残念イケメンが織りなす異色の勧善懲悪激!」が掲載(89p)。リード文には「いま、同サイト発の「なろう系」と呼ばれる小説が勢いを増している」とある。
「ダ・ヴィンチ」ではほかに2017年2月号「旬の本棚」コーナーにて「ネット発小説、読んでみる?」と題して各レーベルから一冊ずつ選書(120~121p)、続けて「第1回カクヨムWeb小説コンテスト大勝受賞作品続々刊行スタート!」と題して受賞作品を紹介(122~123p)、さらに続くページ(別コーナー)で「エブリスタ発 5分で読める短編小説5分シリーズ電子書籍で創刊!」として5冊を紹介(126~127p)。
 2017年10月号では史上最大級のBL小説新人賞「天下分け目のBL合戦」が「出版ニュースクリップ」ページで紹介(144p)、「出版ニュースエトセトラ」で「週刊文春×エブリスタ」がコラボした短篇小説賞「週刊文春 小説大賞」を紹介している(146p)。
 2017年11月号では北尾トロの連載「走れ!トロイカ学習帳」第115回で「そのコメントには意味がある!? 作家を育てる、顔も知らないスゴイ人たち」と題して住野よるが「なろう」出身だったことを受けて「読者が作品に"参加”する」点に着目してウェブ小説について取材ルポが書かれている(63~67p)。
 北尾のルポのように、ウェブ小説サイトとそこからの書籍化は、従来型の小説新人賞とは異なるメカニズムで行われており、書籍化されるウェブ小説と一般文芸の違いはジャンル的な違いに留まらないという認識も出版系メディアに登場するようになる(筆者がそれらを指摘した『ウェブ小説の衝撃』が刊行されたのは2016年2月)。
 また、2015年には出版社の懐事情から公募新人賞の衰退とウェブ小説書籍化の躍進を説明する論説を書評家・翻訳者の大森望が書いている。

 ただ、小説を対象とする公募新人賞は将来的にはほとんど無くなるでしょう。候補作の選定、選考委員への依頼、ホテルでの授賞式など、労力と多額の費用を掛ける程に、本は売れません。
 今の主流はネット小説です。「小説家になろう」「エブリスタ」などの小説投稿サイトが発表の舞台になり、閲覧数が増えると作品の評価も上がります。この仕組みを利用したのが、新潮社の「新潮nex大賞」です。ネット上に発表された作品を対象とする新人賞で、公募ではなく編集部が作品を見つけます。受賞作は本にしますが、賞金はありません。経費も掛かりません。こうした方式が今後も広がっていくでしょう。
(「北海道新聞」2015年8月24日「<月曜討論>文学賞の意義と課題は*大森望さん、市川真人さん」)

「本の雑誌」2016年11月号では小説新人賞特集が組まれ、ウェブ小説サイトを使った新人賞が、やはり大森望によって肯定的に言及されている。

大森望 そもそも公募新人賞は、小説がすごく売れていた時代に、金の卵を産む鶏を見つけるオーディションとして各社やっていた。で、長編の新人賞がここ三十年くらいでばーっと不得手、ベストセラーを書く即戦力がそこから次々出てきた黄金期があったわけですけど、いま、小説新人賞は、やる側の立場から言うと、ほぼペイしない。24p

大森 エブリスタで今やってる双葉社ライト文芸賞なんか、完結してなくてもOK。枚数制限もない。予備選考みたいなシステムもなくて、事実上、ネットの読者が審査してるようなもんすね。面白い作品はコメントがついて、どんどん閲覧数が上がっていくから、その中でよさそうなのを選ぶ。これが一番手間のかからない新人賞選考です。(大森望、川田未穗、杉江松恋「めざせ新人賞座談会 応募券を忘れるな!」『本の雑誌』本の雑誌社、2016年1月号、25p)。

 ところが同じ『本の雑誌』も、2019年1月号になると、出てくる新人がネット発ばかりになるかと思っていたらそうでもなかった、と言われるようになる。

D なろう系とか、ネット系の新人は最近どうなんですかね。
A ライト文芸は文庫も売れなくなってるらしい。
C 出すぎちゃったからね。(2019年1月号「真っ黒い新年会」『本の雑誌』本の雑誌社、37p)

 次々レーベルが創刊されれば、当然ながら一作あたりの売上の平均部数は下がっていくし、人口も国民の所得も増えない日本には無限に成長し続ける市場など存在しない。
 2019年には、2010年代中盤にあったなろう系やライト文芸創刊ラッシュの熱は落ち着いていたが、そこで登場したのがLINEノベルだった。


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