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最恐キャラクター「貞子」を生み出したホラー小説|鈴木光司『リング』|monokaki編集部

こんにちは。「monokaki」編集部の碇本です。

もうすぐ八月夏本番です。夏と言えば、海や花火など野外イベントが浮かびますが、やはり怖い話も定番です。
夏と言えば怖い話、ということで今回は鈴木光司『リング』を取り上げます。映画で使われていた楽曲の「きっとくる きっとくる」のフレーズと共に皆さんの脳裏に浮かぶであろう最恐キャラクター「貞子」を世に生み出した作品です。

著者の鈴木光司さんは、以前「新人賞の懐」でもお話を伺った「日本ファンタジーノベル大賞 」で1990年に優秀賞を受賞、受賞作『楽園』で作家デビューされています。
『リング』は同年の「横溝正史ミステリ大賞」(現:横溝正史ミステリ&ホラー大賞)で最終候補に残ったものの、オカルト的な要素やホラー的な結末により、狭義のミステリにあてはまらないという理由で入賞を逃しました。しかし、『楽園』が単行本化されたことで、『リング』も翌年1991年に発売され世に出ることになります。

『リング』はクチコミで徐々に評判となり、1993年に文庫化されてから大きく部数を伸ばしていき、1995年には二時間枠のテレビドラマになり、1996年にはラジオドラマにもなりました。そして、映画『リング』が1998年に公開されたことで一般的にも広く知られるようになりました(2006年当時、シリーズ四作品で累計800万部を越える大ヒット)。
映画公開後も連続ドラマになったり、「貞子」をメインにした映画シリーズが続々と作られ、ハリウッドでリメイク版も作られていきました。そう考えるとこの『リング』から始まった「リングシリーズ」はメディアミックスをしながら増殖していったと考えることもできそうです。この「増殖」していくということがこの作品のキーワードになっています。

これ以降、作品ネタバレを含みます。ネタバレされたくない方はお気をつけください。

第一章 初秋

物語は横浜に住んでいる女子高生の智子が、両親が出かけていて家にひとりでいる場面から始まります。彼女しかいない家でなにか不気味なことが起こり始め、キッチンで振り返ってはいけないと思いつつ振り返ってしまいます。

そのシーンが終わると舞台は東京の品川に移り、信号待ちをしていたタクシーにバイクが倒れ込んできてドアにぶつかる事故が起きます。タクシー運転手の木村は車から降りて、バイクの男がもがきながら自分のヘルメットを外そうとしているの見て、外してやると男は両眼をかっと見開き、赤い舌を喉の奥につまらせて、口の端からよだれを流していました。木村が確認するとすでに脈拍はなく事切れてしまっていました。バイクの男同様に智子も不審死を遂げており、この二件の事件から物語の幕が開きます。

新聞社出版局に勤務する雑誌記者の浅川がたまたま乗ったタクシーの運転手が木村でした。木村が世間話のように「若者の突然死が増えてるんですかねえ」と話したことで、浅川がその事故に興味を持つことになります。
浅川の姪である智子が死体で発見された際に、頭をかきむしって両手の指にごっそりと自分の髪の毛を巻きつけていたという異様な光景と、木村から聞いた若者がヘルメットを脱ごうと必死になっていたが叶わず異様な死に顔だったことから、なにかこの二つの突然死に関連性はないかと調べ始めます。

その後、レンタカーで若い男女の変死体が見つかったという記事を見つけます。その男女は事に及ぼうとしていたにも関わらず突然死していたことが記者クラブの吉野からの情報でわかります。智子とバイクに乗っていた岩田と車の男女の四人の死亡時刻は9月5日の午後10時から深夜未明とされ、ほぼ同じ時間帯に亡くなっていました。

浅川は姪を含む男女四人の共通点を探し始めます。『リング』はホラーでありミステリ作品でもありますが、冒頭での謎の死について読者を引き込む展開から始めるのはとても大切なことです。冒頭から引き込むことの大事さについては「メフィスト賞」のインタビューでも編集長の都丸さんがこう仰っていました。

「何かが起きている途中」から始めるのがコツです。「こんなことがあります、だから次にこういうことが起きます」と書くのは丁寧なんですけど、前提の「こんなことがあります」の時点で退屈してしまうかもしれない。だったら「今まさにこういうことが起きてしまってるんですよ!」から始めてしまう。「それはこんな理由で起きたんです」の説明は後からでもいいんです。

浅川は四人に急性心不全を起こすようなウイルスなど様々な可能性を考えていきます。

エイズのように血液感染するモノなのか、あるいは極めて感染しにくいモノなのか。そして、もっとも肝心なのは、四人はソレを一体どこで拾ったのかということ。八月から九月にかけての四人の行動をもう一度洗い直し、共通する時間と場所を探り出さなければならない。当事者の口が塞がれた今となっては、そう簡単に発見することはできないだろう。四人だけの秘密として、両親や友人のだれ一人知らないことであれば探りようがない。しかし、必ず、この四人はある時、ある場所で、あるモノを共有したはずである。

智子は浅川の妻の姉の娘だったため、義姉の家を妻と共に訪ねます。浅川に智子を失った家族の悲しみに寄り添うという発想はありません。ただ、智子と残りの三人を繋ぐものやヒントがないかと考えていました。これは雑誌記者の職業病みたいなものかもしれません。

浅川夫妻には一歳半になったばかりの娘の陽子がおり、浅川は娘が眠そうだから、ちょっと寝かせてもらおうと言い出して帰るのを渋ります。そして、娘を空いている和室で寝かして、目的である智子の部屋に入り、家探しのように姪の手帳などを漁ります。そこで「野々山結貴」という名前が記載されている「パシフィック・リゾートクラブ会員証」を見つけ出します。亡くなった四人の誰とも違う名前のこの会員証は、四人のうちの誰かが「野々宮結貴」から借りたものではないかと推理します。浅川は義理の姉に確認し、智子以外の三人の実家に電話をすると、バイクで転倒して亡くなった岩田が先輩から借りていたことがわかります。

会員証に記載されていた電話番号に電話して施設について詳細を聞くと、南箱根パシフィックランドにある別荘「ビラ・ロッグキャビン」がその会員証で利用できるということでした。
南箱根であれば、東京と神奈川に住む四人が遊びに行ける範囲であり、おそらく四人はそこに親に内緒で泊まったのではないかと考えた浅川は、そこに彼らが亡くなってしまった原因があるはずだと自ら出向くことにします。

ここで第一章は終わります。「貞子」の影はほとんどなく、ミステリー小説の要素が強く感じられます。
「起承転結」でいうところの「起」であるこの部分は主人公である浅川という人物の説明となにかが起こっているという状況が描かれています。おそらく四章構成にしているのは「起承転結」を当てはめているのでしょう。
また、作家・脚本家の堺三保さんがレクチャーしてくれた「これで長編が最後まで書ける!三幕八場構成を学ぶ」で考えると「一幕」における「一場:状況説明」がこの第一章にあたります。

章の最後は「今も陽子は、部屋の中で母に抱かれて眠っている。」という文章で終わります。浅川が守るべきものは妻の静と娘の陽子であることが示唆されています。同時に彼女達が危険な目に遭うという予感もさせます。


第二章 高原

南箱根パシフィックランドにやってきた浅川は、智子たち四人が泊まった別荘「ビラ・ロッグキャビン」に自らも泊まりここで何が起きたのかを探ろうとします。
なお、この小説での主人公は雑誌記者の浅川になっていますが、映画版ではテレビディレクターの浅川玲子(松嶋菜々子)に変わっています。そのため小説版では「父性」の話、映画版では「母性」の話になっているという大きな違いがあります。
浅川は電話台にあった一冊のノートを見つけ読み始めます。そこにはこんなことが書かれていました。

    八月三十日 木曜日
 ごくっ。警告。度胸のない奴は、コレを見るべからず。後悔するよ。ヘッヘッヘ。
                                 S.I.

イニシャルから、これを書いたのは会員証を借りた岩田秀一なのではないかと浅川は思います。そして、「コレを見るべからず」というメッセージと、そのページを閉じてもそこだけ隙間ができていることから連想して、このページの上に「VHSのビデオテープ」を置いていたのではないかと推測します。そして四人がそれを見たのではないかと考えた彼は、管理人室に行って借りることのできるビデオを探し出します。そこで一本だけ何のラベルも貼られていないビデオテープが見つかり、浅川は部屋で一人そのビデオテープを再生し始めます。その後、6ページほど使ってビデオテープの映像の描写が描かれます。そして、ラストシーンにはこんな白い文字が浮かんできます。

「この映像を見た者は、一週間後のこの時間に死ぬ運命にある。死にたくなければ、今から言うことを実行せよ。すなわち……」浅川はごくっとつばきを飲み込み、目を大きく見開いてテレビを見据えた。ところが、そこで画面はがらっと変わった。まったく、完璧な変わり方である。だれもが一度は目にしたであろうテレビコマーシャルが割り込んだのだ。
(中略)
意味不明なシーンの連続、しかし、たったひとつだけ理解できたのは、コレを見た者はちょうど一週間後に死ぬということ。そして、それを避ける方法が記されている個所が、テレビのCMによって消されてしまっていること。
 ……だれが消したんだ? この四人か?。
 顎ががくがくと震えた。もし、四人の若者たちが同時刻に死んだことを知らなければ、こんな馬鹿なことがと笑い飛ばすことができただろう。ところが、彼は知っている、言葉通り、四人が謎の死を遂げたことを。

第一章で四人が亡くなったことを調べていた浅川だからこそ、このビデオテープが嘘ではないとわかる部分です。まず、ここで物語におけるタイムリミットが設定されました。

十月十一日から一週間後、十月十八日のビデオテープを見た午後十時四分ぐらいまでしか浅川は生きられないという状況になりました。彼はビデオデッキからテープを取り出してバスタオルでグルグル巻きにして、「ビラ・ロッグキャビン」をあとにして車で逃げだします。その時、浅川の脳裏には助けを借りたいある友人が浮かんでいました。

「起承転結」における「承」にあたる部分がこの第二章でしょう。
主人公の置かれている状態にある事件が起きて、これから物語がより強く、激しく動き出す過程になっています。また、さきほども参照した「三幕八場構成」では「一幕」における「二場:目的の設定」がこの第二章にあたります。
そして、第三章が「起承転結」の「転」となり、「三幕八場構成」の「二幕」における「三場:一番低い障害」「四場:二番目に低い障害」「五場:状況の再整備」「六場:一番高い障害」を描くことになります。
「三幕八場構成」を意識して読んでみると、この作品がエンターテインメント作品として優れている理由もわかってくるのではないでしょうか。


第三章 突風

「でかい声出すなって。オレが恐がってないもんだから、不満なのかい? いいか、浅川、前にも話した通り、オレはもし見れることなら、世界の終わりを見たいと思っている人間だ。この世の仕組み、つまり、始まりと終わりの謎、極大と極小の謎を解き明かしてくれる奴がいたら、命と引き換えでもそいつから知識を引き出そうとするだろうな。」

と浅川からビデオテープについて相談された高山竜司は言います。
高山は浅川の高校時代の同級生であり、一旦医学部を卒業したうえで、哲学科に学士入学して、博士課程を終えた人物であり、学生時代から強烈な個性を持っていたがさらに磨きがかかっているという特異な人物です。

「おまえの家で、ダビングできるかい?」
 竜司が聞いた。職業柄、浅川は二台のビデオを持っていた。一台は普及し始めた頃に購入したもので、性能はかなり劣るけれど、コピーを作るくらいなら別段問題はない。
「できるよ」
「そうか、じゃあ、さっそく、オレの分のコピーも作ってくれ。自分の部屋で何度もじっくり見て研究したいんでな」

高山を連れて家に帰った浅川は、二台のデッキを繋いで一台でビデオテープを再生し、もう一台でそれをダイビングします。高山はテレビから流れる映像をしっかりと見ていますが、浅川はもう見たくないと窓辺に寄っていると寝ていたはずの妻がやってきてしまい、「寝てろ!」とつい怒鳴ってしまいます。

「まず、第一に、四人の馬鹿がなぜ死んでしまったか、その理由を考えてみよう。ふたつ考えられるだろ。ビデオのラストで『これを見た者全ては死ぬ運命にあり』と言い、その後すぐオマジナイ……、おい、これから、死の運命から逃れる方法のこと、オマジナイと呼ぶことにしようぜ」

ビデオテープの映像を見てしまった高山も単なる悪戯ではないとわかり、なんとかCMによって消されてしまった部分にあった「今から言うことを実行せよ」がなんなのかを解明し、自分たちにかけられた呪いを解こうと動き出します。
浅川と高山という二人がバディになって、自分たちにかかった呪いを解き、一週間後に死ななくてよい方法を探すのがこの物語の大きな軸となります。

テープに録画されたCMを一コマずつ送っていくと最後に映っていたのは全国ネットの番組でした。日替わりのゲストで映っている落語家、映像に出てくる火山、老婆が話すどこかの方言などいくつかのことを高山がリストアップして浅川に伝えていきます。

浅川は高山から伝えられたことをひとつずつ調べて、確証や次につながるヒントを得ていくのですが、そんな中、妻の静と娘の陽子がビデオの映像を見てしまったことを知ります。このビデオの呪いを解かねば、浅川家の三人はみんな死んでしまうという最悪の状況になってしまいます。このように主人公にどんどん課題や負荷を与えていくことがエンタメでは重要になります。
「筆力を伸ばす書き方」とは? バディ小説座談会」でもこんなアドバイスがありました。

応募原稿全般に言えることなんですが、ストーリーにヤマなく終わっちゃう作品が結構あるんですよね。大沢在昌さんが『小説講座 売れる作家の全技術』の中で、「小説の中で主人公を困らせれば困らせるほどおもしろくなる」、それがエンターテインメントなんだとおっしゃっている。心身ともにピンチに陥ったり、なにかの板挟みになって悩んだり、そういうことが起きるから読者も感情移入するし、ストーリーにも起伏ができてくる。

浅川をどんどん困らせていく鈴木光司さんさすがです。
高山が映像を何度も見て分析したことで、この映像は全部で十二のシーンから成り立っていること、そして「抽象」的なものと「現実」的なものに分かれているが、「現実」的な映像では普通に見ていると気づかないが数コマだけ真っ黒に覆われる瞬間があることを突き止めます。

「ぼやけた影……、こいつはな、残像だ。そして、見ているうちに、自分が当事者に陥ってしまったような、生々しい臨場感は?」
 竜司は浅川の目の前で大きくひとつまばたきをして見せた。……黒い幕、黒い幕。……え?
「ひょっとして、コレ、まばたきか」
 浅川は呟いた。
「そうだ、違うかい。そう考えれば、辻褄が合うんだ。人間は直接目で見る以外に、心の中にシーンを思い浮かべることができる。その場合、網膜を通すわけではないから、まばたきは現れない。しかし、現実に目で見る風景は、網膜に映る光の強弱によって像が形成されるんだ。その場合、網膜の乾きを防ぐために、我々は無意識のうちにまばたきをしている。黒い幕は目を閉じた瞬間なんだよ」
 再び吐き気に襲われた。最初にこれを見終わった時、浅川はトイレに駆け込んだが、今度のほうが悪寒はもっとひどかった。自分の体に何者かが入り込んでしまった! そう思えてならない。機械が録画したのではなく、ある人間の、目、耳、鼻、舌それに皮膚感覚、ようするに人間の五感のすべてがこんな映像を録画したのだ。この悪寒、たまらない程の震え、それは、何者かの影がすうっと自分の感覚器官の中に入り込んだことによるもの……。浅川は体の中の異物と同じ視点でこの映像を見ていたのだ。
 拭っても拭っても、額から冷たい汗が流れ出る。
「知ってるか、おい。個人差はあるが、まばたきの平均回数は、男が毎分二十回で、女が毎回十五なんだ。だからよぉ、この映像を録画したのは、女かもしれねえなあ」
 浅川には言葉が聞こえてなかった。
「へへへ、どうした? おまえ、死人みてえな顔してやがるぞ」
 竜司が笑った。
「なあ、もっと楽観的に考えろよ。オレたちは一歩解決に近づいたんだぜ。この映像がある人物の感覚器官によって記録されたものとすれば、オマジナイの中身はその人物の意志と関係してくるだろ。つまり、この人物は我々に何かをしてもらいたいんだ」
 浅川の思考は一時的に機能を失っている。竜司の声が耳許に響いてはいるが、意味が頭にまで届かないのだ。
「とにかく、これでやるべきことがはっきりしただろう。この人物がだれなのか探り出すこと。そして、その人物が生前……、まあ、おそらくこいつはもう生きてはいまいが……、生前に、何を望んでいたのかということ、それが、オレたちが生き残るためのオマジナイなのさ」
 竜司はどんなもんだいと、浅川にウインクしてみせた。

少し長い引用ですが、約半分の地点でこの物語における解決しなればいけない問題が再定義された形になっています。そして二人は、超常現象の科学的解明に生涯を捧げた三浦哲三という人物の記念館に向かい、彼が残した膨大な「超能力者」候補であるファイルから「伊豆大島出身」の女性を探し始めます。
夜も深くなって記念館と併設されているペンションに泊まるしかないという時間になった時に目当ての人物のファイルを見つけます。

 ……伊豆大島差木地。山村貞子。十歳。封書の消印は、一九五八年八月二十九日。「自分の名前を念写する旨書送ったところ、これを得る。本物と見て間違いなし」そして、黒地に白く山という文字が浮かび上がった写真が一枚。その山という字に浅川は見覚えがあった。
「お、おい、これだ」
 声が震えている。ビデオの中、三原山噴火のすぐ後にあったのが、これと同じ「山」という文字のシーンであった。しかも、十番目のシーンに映った古いテレビには「貞」という文字が浮かんでいた。そして、この女の名前は、山村貞子。

ビデオの映像を見てから五日目の十月十六日、浅川と高山は「山村貞子」の出身地である伊豆大島行きの高速艇に乗っていた。
彼らは伊豆大島で「山村貞子」のことを調べていきますが、浅川は記者クラブの吉野に彼女のことを調べてもらうよう依頼します。
「山村貞子」は十八歳で高校を卒業すると上京して「劇団飛翔」に入団している所まで浅川たちは掴みましたが、島にいる彼らはその先のことを調べることができずにいました。しかも、台風が接近しており、最低でもこの日は島から出れなくなってしまっていたのです。

ここは物語においてかなり重要な部分になっています。「山村貞子」を彼女の出身地で調べることと、東京で彼女の情報を集めるという二つの流れができることで、物語は加速度的に進んでいき、「呪い」の謎を明かすために必要な情報が集まってきます

伊豆大島にいる二人は、貞子の母の志津子と親しかった人物から志津子が超能力を身につけることになったある出来事について聞かされます。そして、彼女は報道陣の前でその超能力を見せることになったのですが、衆人の前では集中できず、失敗してしまったことでペテン師扱いされてします。その後、志津子は娘の貞子を連れて故郷の伊豆大島に帰り、三原山の火口に飛び込んで自ら命を絶ってしまったという過去があったことがわかります。

吉野が二人へ向けて送ったファクシミリで劇団飛翔時代の「山村貞子」の顔を初めて見ることになります。高山が「いい女じゃねえか」というほど美しい女性でしたが、吉野が調べたところによると当時の劇団関係者たちは一様に彼女のことを「不気味」だと言っていたこともわかります。なぜ、見た目が美しいと思われるこの女性が「不気味」だと印象に残っているのか、それも彼女に秘められた謎となっていきます。

「劇団飛翔」以降の「山村貞子」の足取りは掴めなかったと言われた浅川たちでしたが、自分たちが貞子の人生を辿っていく必要はあるのか?と疑問が浮かびました。
浅川は、ビデオテープを発見した「ビラ・ロッグキャビン」ができる前にはなにがあったのかを調べてもらうように吉野へ再度頼みます。
すると「ビラ・ロッグキャビン」がある南箱根パシフィックランドの前には結核診療所(サナトリウム)が建っていたことがわかりました。
そして十月十八日(木)、浅川のタイムリミットの最終日になります。
台風が去り、なんとか島から東京に戻ってくることができた二人は、こんな会話をしています。

「ウィルスはなあ、生命と非生命の境界線をさまよっているものなんだ。もとはといえば人間の細胞内の遺伝子だって説もあるくらいだ。どこでどう産まれてきたのかはわからない。ただ、生命の誕生とその進化に大きく関わっていることは確かだ」
 竜司は、頭の後ろで組んでいた手を広げ、大きく伸びをした。その目が生き生きと輝いている。
「なあ、浅川。おもしろいとは思わねえか。細胞の中の遺伝子が飛び出して、別の生き物になるなんてよぉ。相反するものはすべて、その源において同一であったかもしれねえんだ。光と闇だってよぉ、ビッグバンが起こる前には仲良く、矛盾なく同居していた。神と悪魔もそうだ。ようするに堕落した神が悪魔と呼ばれるようになっただけで、もとは同じなんだ。男と女だってそうだぜ、もとの姿は両性具有、ミミズやナメクジみたいに女性性器と男性性器を同時に兼ね備えているんだ。それこそ、完璧な力と美の象徴だと思わねえか?」

浅川たちは南箱根パシフィックランドに行く前に、来宮駅前にある「長尾医院」を尋ねます。そこの院長である長尾が当時の山村貞子と関係した可能性があったからです。二人が問い詰めると年老いた長尾が当時のことを語りだします。若かった彼は診療所近くにあった井戸のそばにいた彼女をレイプしたこと、そして彼が医者だからこそ気づいた驚愕の事実が二人に知らされます。

しわくちゃのグレーのスカートを腰のあたりにからみつけ、露な胸元を隠そうともしないで後じさる彼女の腿のつけ根にさっと日が差し、小さな黒っぽいかたまりをはっきりと照らし出した。目を上げて胸元を見る……、そこには形のいい乳房。もう一度視線を下げる……、そこ、陰毛に覆われた恥丘の奥には完全に分化発育した睾丸がついていた。
 もし私が医者でなかったら、きっと驚きのあまり腰を抜かしていたかもしれない。しかし、私はこの症例をテキストの写真で見て知っていた。睾丸性女性化症候群。極めて珍しい症候群であり、テキスト以外で、しかもこんな状況のもとでお目にかかれると思ってもいなかった。男性仮性半陰陽のひとつである睾丸性女性化症候群は、外見的には完全に女性のからだで、乳房、外陰部、膣はもっていても子宮のない場合が多い。性染色体はXYで男性型、そして、なぜかこの症候群の人間は美人ぞろいなのである。
 山村貞子はまだ私を見据えていた。自分の肉体の秘密を、家族以外の人間におそらく初めて知られたのだ。

長尾は貞子に「殺してやるわ!」と強いテレパシーを送られたあと、彼女を井戸に生きたまま落としたことを告白します。その井戸があった場所を現在の地図で長尾に確認してもらうとやはり「ビラ・ロッグキャビン」と同じ場所でした。

「まあ、そう慌てなさんな。オレたちはまだこのおっさんに聞きたいことがある。なあ、あんた、そのナントカって症候群……」
「睾丸性女性化症候群」
「の女は、子供を産むことができるのか?」
 長尾は首を横にふった。
「いや、できない」
「それともうひとつ確認したい。山村貞子を犯した時、あんたはもう既に天然痘にかかっていたんだな」
 長尾はうなずいた。
「てことはよぉ、日本で最後に天然痘に感染したのは山村貞子ってことになるんじゃねえか?」
 死の間際、山村貞子の身体に天然痘ウィルスが侵入したのは間違いない。しかし、彼女はその後すぐ死んだのだ。宿主である肉体が滅べば、ウィルスも生きていることはできない、感染したとはいえないだろう。長尾はどう答えていいかわからず、伏し目がちに竜司の視線を避けるだけで、はっきりとした返事は返さなかった。

二人は「ビラ・ロッグキャビン」の敷地内のどこかにあるはずの井戸から「山村貞子」の遺骨を見つけ出し、彼女の故郷に運んで供養することが「オマジナイ」であり、彼女が望んでいることなのではないかと話し合います。
現地でバルコニーの下に隠されていた井戸を見つけ、男二人で底にわずかに水がたまった井戸に交代で降りては土をスコップで掘りバケツに入れて、上の人間が上げて空にするということをくり返します。やがて浅川が二つの大きな穴が開いた骨を見つけます。貞子の顔の骨でした。上にいた高山からビデオを見てから一週間が過ぎたことを伝えられます。そう、彼は生き残ったのです。

ここまで読んでみると、お馴染みの長い前髪で顔を覆い隠した貞子が逆再生のような奇妙な動きでテレビから出てくるという描写は一切ありません。あれは98年の映画版におけるオリジナルな描写であり、それ以降映像作品において何度も描かれることになっていきます。そのインパクトが強すぎて貞子といえばそのイメージが定着していきました。この小説においては最後まで「山村貞子」自身は姿を現すことはありません。
ここで「起承転結」の「転」が終わり、「三幕八場構成」の「二幕」が終わって、物語は「結」と「三幕」というクライマックスに向かっていきます。


第四章 波紋

気がつくと眠り込んでいた浅川は、目を覚ますと妻に電話をして日曜日には迎えにいくと伝えます。しかし、起きた高山との会話の中でどうしても拭えない疑問が浮かんできます。それはビデオに出てきた老婆が言っていた「おまえは来年子供を産む」という予言でした。

「ばーさんの予言が嘘の可能性だってある」
「山村貞子の予知能力は百発百中のはずだが……」
「山村貞子は子供を産めない体だぜ」
「だから、おかしいんだ。生物学的に言えば山村貞子は女ではなく男なんだから、子供を産めるわけがねえ。おまけに死ぬ直前まで処女だったしよぉ。……それに」「それに?」
「初めて体験した相手が長尾……、日本最後の天然痘患者という妙な符号」
 神と悪魔、体細胞とウィルス、男と女、そして光と闇さえもはるか昔は矛盾なく同一のものとして存在していたという。浅川は不安に襲われた。遺伝子の仕組みや、地球誕生以前の宇宙の姿に話が及んでしまったら、とても人間個人の力では解決できなくなってしまう。ここは、どうにか自分自身を納得させる他なかった。少しくらいの心のもやもやは無理にでも消し去り、とにかく終わったことなんだと言い聞かせるしかない。
「な、オレはこうして生きている。消されたオマジナイの謎は解けたんだ。もう終わったのさ、この事件は……」

しかし、高山は「山村貞子は何を産んだのか」がずっと心に残っていました。熱海で別れた二人。浅川はそのまま伊豆大島に渡って、貞子の従叔父にあたる山村敬に遺骨を引き渡し、島にあるホテルに泊まり翌日東京に戻ることにしました。
同じ頃東中野のアパートに帰った高山は居眠りをしていて、目が覚めると不思議な感覚にとらわれます。高山はこれはヤバいぞと思い、時計を見ると彼がビデオの映像を見てから一週間後であろう時間帯になっていました。その時高山が思ったのは「なぜオレのところにだけやってくるんだ」という疑問でした。そして部屋にあるビデオテープを手に取ります。

「ライザ・ミネリ、フランク・シナトラ、サミー・デイビス・Jr、1989」浅川の字であった。テレビで放映された音楽番組を録画したものらしい。浅川は、それを消して例のビデオをダビングしたのだ。竜司の背筋に電流が走った。真っ白になった頭の中にあるひとつの考えが急速に形造られていった。……まさか、という思いでその閃きを一旦脳裏から消したが、テープをひっくり返した時、瞬間に流れた電流は確信に変わっていた。竜司は、素早い頭の回転で、一度にいくつものことがらを理解した。オマジナイの謎、老婆の予言、そして、ビデオテープの映像に込められたもうひとつの力……。なぜ、ビラ・ロッグキャビンに泊まった四人のガキどもは抜け駆けしてオマジナイを実行しなかったのか……、なぜ、浅川の命は助かったのにオレは今死の危機に瀕しているのか……。そして、山村貞子は何を産み出したのか……。ヒントはこんな身近なところにあった。山村貞子の持つ力と、あるもうひとつの力の融合にまではとても思い至らなかった。彼女は子供を産みたかったのだ、だが、産める身体ではなかった。そこで、悪魔と契約を結んで……、たくさんの子供を……。竜司は考えた……、このことがこの先どんな結果をもたらすかと。竜司は痛みをこらえて笑った。皮肉な笑いであった。

高山は最後に高野舞という恋人に電話するが、彼女に聞こえたのは恋人の悲鳴だけだった。そして、彼は絶命してしまう。
翌日になって、浅川が高山に電話すると部屋にいた高野舞が出て、高山が死んだことを知らされます。
さらに翌日の十月二十一日(日)になり、今回の出来事を原稿にしていた浅川でしたが、自分が死なずに彼が死んだ結果から、自分が気づかないうちにオマジナイをしていたのだと悟ります。このままだとおそらく彼の妻子は助からないという事実を突き付けられた形です。
寝落ちしていた彼は朝日の光で目が覚め、その柔らかな光の中を人の影がすうっと引いていったのを見ます。友人の高山の名前を呼ぶと、浅川の脳裏に「人類と疫病」という言葉が浮かびます。それは彼が資料として買っていた本の題名でした。そして、直感で開いたページにあった単語は「増殖」というものでした。

 ウィルスの本能、それは、自分自身を増やすこと。『ウィルスは生命の機構を横取りして、自分自身を増やす』
「おおおおおお!」
 浅川はすっとんきょうな声を上げた。オマジナイの意味にようやくつき当たったのだ。
(中略)
オマジナイの中身、簡単じゃないか、だれにでもできることだ。ダビングして人に見せること……、まだ見てない人間に見せて増殖に手を貸してやればいいんだ
 父と母を死に追いやった大衆への恨み、人類の叡智によって絶滅の縁にまで追いつめられた天然痘ウィルスの恨み、それは、山村貞子という特異な人間の体の中で融合され、思いもよらない形で再び世に現れた。
 浅川も家族も、ビデオを見てしまった者はみな、このウィルスに潜在的に感染してしまったことになる。キャリアだ。しかも、ウィルスは、生命の核ともいえる遺伝子に直接潜り込む。これがどういう結果を生むか、今はまだ知りようがない。これからの歴史に、いや人類の進化にどう係わってくるのか……。
 ……オレは、家族を守るために、人類を滅ぼすかもしれない疫病を世界に解き放とうとしている。

浅川は妻子がいる足利に向かいます。妻と娘を助けるために妻の父と母を犠牲にする決意を持って物語は終わります。

映画「リングシリーズ」とはかなり印象が違うと思われる人も多いかもしれません。しかし、「山村貞子」の願いとはなんだったのかを思い出してみましょう「子供を産む」ことであり、「増殖する」ことでした
テレビドラマにラジオドラマ、いくつもの映画シリーズ、海外でも映像化され、メディアミックス作品として世界中に広がっていきました。まさに彼女の願いは叶ったと言えるのではないでしょうか。
また、「増殖」し、人々に感染して広まっていくところはインターネットが当たり前になった現在では「SNS」で起きていることを予見していたようにも思えます。

小説版『リング』が発表されて30年が経ち、「最恐キャラクター」として日本だけではなく世界中で知られることになった「山村貞子」を生み出した原作小説をこの夏読んでみてはいかがでしょうか?
できれば、『リング』『らせん』『ループ』『バースデイ』『エス』『タイド』と続けて読んでみてほしいです。このシリーズのほんとうの主人公がわかるだけでなく、次々と驚くべきことが明かされていきます。

最後に、貞子が伊豆大島に帰った際の動画のリンクを貼っておきます。キャラクターが有名になって一般化するとこんなことになるのかと見た当時は思いました。

【貞子】伊豆大島 里帰りの旅~友だち100人できるかな~

というわけで「いまさら読む名作読書日記」でした。


いまさら読む名作読書日記_13_ref

『リング』 
著者:鈴木光司 KADOKAWA(角川ホラー文庫) 
ジャパニーズ・ホラー最高の傑作!
一本のビデオテープを観た四人の少年少女が、同日同時刻に死亡した。この忌まわしいビデオの中には、一体どんなメッセージが……恐怖とともに、未知なる世界へと導くオカルト・ホラーの金字塔。

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みんなにも読んでほしいですか?

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