2012年のウェブ小説書籍化 「なろう」系文庫レーベルと複数のテキスト系サービスの出現|飯田一史
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2012年のウェブ小説書籍化 「なろう」系文庫レーベルと複数のテキスト系サービスの出現|飯田一史

「なろう」系専門の「ライトノベル」文庫レーベル・ヒーロー文庫の衝撃

 2012年最大の出来事は、「小説家になろう」系専門の「レーベル」が誕生し、しかもその判型が「文庫」だったこと、さらにそれが「ライトノベル」として認識されたことである。
 9月末に主婦の友社インフォスからヒーロー文庫が創刊され、第1弾として渡辺恒彦『理想のヒモ生活』、赤雪トナ『竜殺しの過ごす日々』を刊行。ヒーロー文庫は創刊から数年にわたって重版率100%を達成し(もっとも、初版部数の読み間違え自体は褒められるべきことではないが)、新刊の初版部数が漸減傾向にあった既存のライトノベルレーベルを尻目に、同レーベルの作品は創刊当初いずれも数万部は平気で売り上げ、ラノベ編集者と読者に少なからず「なろう」系の存在を意識させることになった

 それまで「なろう」や「Arcadia」発の異世界ファンタジー作品だけを集めて刊行する「レーベル」は、2010年創刊のアルファポリスの女性向けレーベル「レジーナブックス」(とはいえレジーナもイーストプレスのレガロシリーズ同様、投稿サイトではなく個人サイト発の作品もあった)や2011年にできたフェザー文庫を除けば存在していなかった。

 アルファポリスの男性向け作品にしろ、『まおゆう』やこの年に丸山くがね『オーバーロード』を刊行していたエンターブレインにしろ、たとえ編集者・編集部が同一であっても「レーベル」として毎月定期刊行していくスタイルではなく(まとめて認識していた読者もいたにせよ)、それぞれ個別の作品として読者にも書店にも捉えられ、販売されていた。
 つまりヒーロー文庫の創刊とその熱烈な支持は、「レーベル化」されるくらいに「なろう」発の作品が「ジャンル」として顕在化し、まとめてアピールすることが「ウリ」になるように機が熟したことを意味する

 刊行形態が「文庫」だった点も見逃せない。この当時、ラノベの主戦場は文庫であり、その読者は10代がボリュームゾーンとされていた。対してアルファポリスやエンターブレイン、レガロシリーズをはじめ(ケータイ小説を除くと)ウェブ小説の書籍化は四六判またはB6判ソフトカバーで展開していた。
 書店ではこれらの単行本の棚の場所は文庫ラノベとはまったく別の「一般文芸」に近いところにあり、客層も社会人が多かったために「別物」と認識されていた。講談社ノベルスなど売上が減少し続けていた新書小説棚を縮小して代わりにウェブ発作品の書籍が置かれることも少なくなかったが、ノベルスも中核的な読者は大人である。
 ところがヒーロー文庫はライトノベルの「文庫」として刊行することによって、この棲み分けを崩した。正確にいえば2011年創刊のフェザー文庫が「なろう」作品を書籍化する文庫レーベルとしては先行していたが、フェザー文庫はトラブル多発によって成功を収めたとは言いがたく、実質的にヒーロー文庫こそがラノベ界において、「なろう」系の存在に目を向けさせる一大要因となった。

『はたらく魔王さま!』や『ソードアート・オンライン』『魔法科高校の劣等生』は電撃文庫の新人賞に応募してきた作家がウェブで書いていた作品を刊行したものであり、「電撃文庫(ラノベ新人賞)の新人」という情報のほうが先に立っていた。しかし「ヒーロー文庫」は「なろう」発のほうが先に立つ文庫レーベル――しかもイラストがあり口絵と挿絵があるというラノベのフォーマットを踏襲していた――だった。そして「なろう」では著名だったもののラノベ業界からすれば「無名の新人」だった作家たちが次々にヒットを飛ばしていったこの衝撃が翌2013年以降に既存のラノベレーベルを擁する版元からの「なろう」作品の書籍化ラッシュをもたらす

 ヒーロー文庫の創刊もあって、この頃から転生・転移ものの書籍化が一気に増える。
 たとえば「Arcadia」から「小説家になろう」に移籍し、2015年のTVアニメ化を機に爆発的なヒット作となった「むちむちぷりりん」こと丸山くがねの『オーバーロード』、やはり「小説家になろう」連載でアルファポリスから刊行され、同社が自ら2016年にゲーム化した金斬児狐『Re:Monster』などがこの年刊行された代表的な異世界ものだ。

 この『Re:Monster』を書籍で買い、続きが読みたくて「なろう」版を読み始め、触発されて趣味として小説を書き始めた書き手のひとりが「理不尽な孫の手」である。秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』に影響を受けた彼はラノベ新人賞に3年ほど投稿し、あきらめて2年経ったころに『Re:Monster』と出会い、かつて新人賞に応募した作品を元に書いた『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』で2013年10月から19年2月まで「なろう」の累計ランキング1位に君臨することになる(「ニートが異世界で人生を生き直す、「異世界転生」小説のパイオニア」、「ダ・ヴィンチ」2021年2月号20p、KADOKAWA)。
 言いかえれば、「涼宮ハルヒ」シリーズのフォロワーだらけだった2007年ごろに投稿された『無職転生』(のプロトタイプ)に当時のラノベ業界は見向きもしなかったが、『無職転生』は2010年代には『涼宮ハルヒの憂鬱』並みにラノベ界の潮流を変えた「なろう」系の代表的な作品になったのだ。

 また、2012年刊行の作品では、個人サイトで活動する人気作家・糸森環の女性向けファンタジー(転生・転移ではない)『花術師』(双葉社、4月刊)もこの年の重要作である。
 糸森は同年5月から角川ビーンズ文庫から書き下ろし作品『花神遊戯伝』シリーズを刊行するようになるが、これもヒーロー文庫創刊と並んで「ウェブ小説」と「ライトノベル」との垣根の揺らぎを象徴する出来事だった


エブリスタのプロ利用作品『武装中学生』とマンガも売れた『奴隷区』

 エブリスタはこの年、何があったか。
 スクウェア・エニックスの人気RPG『ファイナルファンタジー』シリーズに携わってきたシナリオライター野島一成が『武装中学生(バスケットアーミー)』の小説を公式サイトと「E★エブリスタ」に連載を開始し、スピンオフの岡本タクヤ『武装中学生 2045-夏-』が2012年にエンターブレインのファミ通文庫から、本編は2013年にエンターブレインから単行本にて刊行している。この作品はマンガ、GyaOで配信したショートアニメ、オーディオドラマとクロスメディア展開された。

 特徴的なのは、イラストや短編小説のコンテストも開催したことだった。公式で同作の世界観をベースにした短篇小説を募集するコンテストが行われ、その投稿媒体として投稿サイトが使われた。これまで『新世紀エヴァンゲリオン』の二次創作だった『福音の少年』や『ウィザードリィ』の二次創作だった『迷宮街クロニクル』書籍版は著作権違反を回避するために設定を改編して本にしていた(海外でも2011年には『トワイライト』の二次創作を改稿したE.L.ジェイムズ『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』が電子書籍発で紙の本にもなり、世界的なベストセラーになった例がある)。
 対して『武装中学生』の場合は、著作権者が公式で二次創作を募集することが行われたわけだ。『武装中学生』のコンテストは「優秀作品を書籍化する」と謳っていたものの残念ながら本にはならなかったが、こののち、KADOKAWAが作った小説投稿サイト「カクヨム」で公式で『ゼロの使い魔』などの二次創作が許諾されることに数年先行していた

 なお、2013年には米国Amazonの「Kindle World」がライセンスを取得し、同社サイト上でヴォネガットの世界観やキャラクターを使用した二次創作小説の電子書籍販売ができるようになっている。ウェブや電子書籍上のCGMを使って公式で二次創作のUGCを集めてコンテンツ/IPを盛り上げることを狙う試みが洋の東西で行われるようになったのだ。
 ただし、日本ではマンガでも小説でも「公式アンソロジー」(権利元に許諾を取った二次創作)は当たり前に商業出版されているにもかかわらず、なぜかウェブや電子書籍発の二次創作UCGが改めて権利元に許諾を取った上で紙の本にて「公式アンソロジー」として書籍化された例はまれであり、ヒットしたものとなるとほぼ皆無だ。これは「先行作品のお約束を踏まえた上でアレンジして書く」「お約束を分かった上で読む」という二次創作的な感覚と親和的なウェブ小説の書籍化の歴史を考える上でおもしろくもふしぎな点である。

 また、エブリスタ発でこの年に刊行された重要作といえば、なんと言っても『奴隷区』だ岡田伸一の『僕と23人の奴隷』が双葉社から刊行され、コミカライズや文庫版は『奴隷区 僕と23人の奴隷』と改題され、アニメ化・実写映画化に至った大ヒット作品である
 特筆すべきは『奴隷区』や『王様ゲーム』のマンガ版は、書籍化された小説以上の部数を叩き出したことである。筆者がこの話を双葉社から聞いたのは2013年のことだった(出版業界紙「新文化」での連載「衝撃ネット小説のいま」第3回「双葉社 出版基準は「わかりやすく、エグいもの」。

 原作小説よりそのマンガ版の方が売れるという事態は、ウェブ小説書籍化以前にはほとんど考えられなかった。そもそも小説がマンガ化されること自体、ライトノベルを除けば少なかったが、ラノベのマンガ化でも原作売上の何掛けかが当たり前の世界だった。それが『王様ゲーム』『奴隷区』などに続き、2010年代中盤以降になると、「なろう」系の異世界ものがやはり書籍化した単行本よりコミカライズの方が部数が多いことが増え、珍しい現象ではなくなっていく。

 つまり2010年代前半に「ウェブで読者に支持される作品(企画)は、マンガ向きになりやすい」という性質が発見されたのだ。マンガもウェブ小説同様に「売れたもん勝ち」「人気が出る作品こそがおもしろい」という価値観が、一般文芸と比べると読者にも作家にも比較的浸透している(そう信じられている)ジャンルであるという共通点があるからだろう。
 もっとも、ラノベもそうであるはずだが、文庫ラノベのマンガ版がなぜ2000年代までは原作より売れなかったのかに関してはなかなか難しい問題ではある。コミカライズのクオリティが低かったとか、マンガアプリや電子書籍台頭以前/以後ではコミックス流通や認知のされ方が違うとか理由はいくつか考えられるが、「ウェブ小説書籍化」の趣旨から外れるため、これ以上の深入りはしない。


ケータイ小説サイトに大人の女性向け恋愛小説の書き手が流れ込む

 ケータイ小説にも目を向けてみよう。
 2012年2月には、スターツ出版が「Berry's Books (ベリーズブックス)」を創刊している。2011年10月にオープンした小説サイト「Berry's Cafe(ベリーズカフェ)」の投稿作品を書籍化する、大人の女性向けの恋愛小説レーベルである。
 新人賞として「オトナ女子が本当に読みたい小説大賞」(審査員・湊かなえほか)も開催し、大賞を受賞したマヒル『ソース』などが創刊ラインナップとして刊行された――が、読者層を考えると単行本より文庫の方が向いているとの判断から、ベリーズブックスは翌2013年にベリーズ文庫にリニューアルする。

 「Berry's Cafe」が設立された理由は、ボリュームゾーンが小学校4年生から中学2年生であるケータイ小説サイト「野いちご」に大人の女性の投稿が相次いだことだった。少なくない投稿作品が「大人の恋愛」的な内容を含むことから、未成年を中心とする「野いちご」とは分けざるをえなくなったのである。つまり、当時ティーネイジャーの文化とされた第二次ケータイ小説ブームからたった数年で「大人のケータイ小説」が書き手・受け手ともに目立つようになったのだ。

 正確に言えば第二次ケータイ小説ブーム時にケータイ小説に参入した書き手の中には、子育てが一段落付いて筆を執ったという女性や、働く社会人の女性もいた。また、アルファポリスのエタニティブックス創刊は2000年代末だった。これらを考えれば、大人の女性向け恋愛小説がウェブ発で盛り上がり、紙にも進出するための市場環境は、十分すぎるほどにできていたと言える。
 なおベリーズブックスから5月に刊行された御堂志生『愛を教えて』(上下巻)は、「ベリーズカフェ」に投稿されたものだが、「小説家になろう」にもスピンオフが投稿されている(2021年7月現在、「なろう」でも閲覧可能)。「なろう」と「ベリカフェ」は現在のパブリックイメージは大きく異なるが、両方に投稿された作品、投稿している作家は書籍化したケースを含めて複数確認できる。 

 こうしたケータイ小説の動きと合わせて見ると興味深いのは、『ダ・ヴィンチ』2012年8月号にて「一般文芸×ライトノベル キャラ立ち小説が今面白い!!』とする特集が組まれ、『ビブリア古書堂の事件手帖』や『彩雲国物語』『猫弁』などが取り上げられ、「キャラ立ち小説」の3大+α設定として「お仕事×キャラ立ち」「既存ジャンルとのコラボ×キャラ立ち」「特殊能力×キャラ立ち」という軸で作品を紹介がされていた――が、ウェブ発の作品がひとつも扱われていない点である。

 2012年には、2011年に刊行された三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』が文庫として初めて本屋大賞にノミネート、富士見書房が新人賞のファンタジア大賞に大人向け読者のエンタテインメント小説を求める「ラノベ文芸部門」を新設(12年に「ラノベ文芸賞」として独立)、東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』が本屋大賞を受賞、櫛木理宇が『ホーンテッド・キャンパス』で日本ホラー小説大賞読者賞を受賞してデビュー……といった出来事があり、のちに「ライト文芸」「キャラクター文芸」とくくられることになる複数の動きが並行して起こっていた

 2014、5年になると、野いちごやエブリスタ出身の作家も「ライト文芸」レーベルの書き手として起用され、レーベル内ではとくにウェブ出身か紙の新人賞出身かは区別されずに扱われるようになる。
 だが、そのわずか2、3年前の2012年にはまだ分断があり、ウェブ小説書籍化は「キャラクター文芸」の一部とみなされていなかったことを「ダ・ヴィンチ」の特集は示している(むろん、その後も文庫中心で展開される「ライト文芸」と、直木賞などの文学賞を評価軸の中心とする「一般文芸」のあいだに依然として区別は存在する)。


Twitterで長篇小説を書く難しさをクリアした『ニンジャスレイヤー』

 大人向けの一般文芸でも、十代向けのラノベやケータイ小説でもない小説を商業的に成立させようとする試みは2000年代初頭の冲方丁米澤穂信、桜庭一樹有川浩の成功を受けていくつもなされてきた
 だが個別の作家単位ではなく「レーベル」としてうまくいった例はハヤカワ文庫JAの「リアルフィクション」などを除けばきわめて限られており、竹書房Z文庫をはじめ、ほとんどは撤退に終わっている。それが2010年代に入ると、ジャンルやレーベルとして流通的にもそれらを受け入れる読者層的にも成立する土台がようやくできあがり、ウェブ発の小説はその一翼を担った。

 10年代前半になろう、エブリスタはすでに投稿サイトとして存在感を放っていたが、それ以外にもウェブ発の(小説に限らない)テキスト系サービスはいくつも生まれていた。
 2010年代前半は、スマホ普及と「電子書籍元年」を踏まえて各社がスマホで読めるテキストサービスを始めた時期だった。
 たとえば2012年は、テキストの定期購読型サービスとしてニコニコ動画の有料メールマガジン兼ブログサービス「ブロマガ」が8月に、ピースオブケイク(現note)の「cakes」が9月にサービスを開始している

 ブロマガ発で書籍化された小説は2017年刊の沼正三原作、伊藤ヒロ・満月照子著『家畜人ヤプーAgain』(鉄人社)などごく少なく、cakesも小説は結城浩『数学ガール』や燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』など決して多くはないが、これらから書籍化された小説が生まれている。
 また、10月にはAmazonがKindleストアを日本で開始し、年末には藤井太洋『Gene Mapper』がKDP(Kindle Direct Publishing)発でAmazonの文学・評論ジャンルで1位のヒットになった(同作は2013年4月に全面改稿した紙版を早川書房から刊行)。
 かように出版業界内の動きと、ウェブ上の動きが交差しながら試行錯誤が繰り広げられていた時期だと言える。

 その象徴的な作品をいくつか取り上げよう。
 まずは2010年7月14日に連載が始まったTwitter上でブラッドレー・ボンド、フィリップ・ニンジャ・モーゼズ著、本兌有+杉ライカ訳『ニンジャスレイヤー』だ。同作は2012年9月から『まおゆう』『オーバーロード』と同じ編集者・藤田明子の手によりエンターブレインから刊行された(刊行形態は文庫ではなく単行本)。それまでTwitter発の小説は140字でまとまる短篇の書籍化や、長編のスピンオフが書かれるといった試みはあったが、商業的に成功したとは言いがたかった。しかし『ニンジャスレイヤー』はなんとTwitter発の「長編小説」(正確には世界観と主人公を同一にする、オムニバス形式の連作短篇)としておそらく初めて大ヒットしたものである

 Twitterはタイムラインの仕様上、共時的なメディアであり、ひとつひとつのTweetはいったん流れてしまうとあとから追うのは困難だ。しかし小説はリニアに最初から順に作品を読み進めていくことを前提としたものであり、Twitterでの長編連載は常識的には困難である。
 ところが『ニンジャスレイヤー』はTogetterというまとめサービスを使うことで最初から物語を読むことができ、かつ、時系列をバラバラに展開する短編集形式を採用することで読者が「どの話からでも読める」ようにした。また、「イヤーッ!!」「グワーッ!!」「キリステ・ゴーメン」といった独特のフレーズによって「なんじゃこりゃ?」という疑問と笑いを引き起こして1Tweet単位での拡散・バズを引き起こすことにも成功した。
『ニンジャスレイヤー』以降、追随しようという試みはあったが、同じような手法で同作ほどうまくいった企画はない。以降、Twitter小説の新しい動きが台頭するのは2010年代後半まで間が空くことになる。。


最初のLINEノベル『世界から猫が消えたなら』の成功とムーブメント化の失敗

 メッセンジャーアプリLINE初の(公式)小説配信アカウントにて映画プロデューサー川村元気が初めて手がけた小説『世界から猫が消えたなら』が配信され、マガジンハウスから書籍化されて大ヒットしたのも2012年だった(映画化は2014年、文庫版は小学館から同年刊行)。
 この成功を受けてLINEは2013年6月4日から公式アカウント「LINEノベル」(LINE ID:@linenovel)を開設し、講談社から眞邊明人『陰陽探偵・中津川玲子の14日間』、白河三兎『君のために今は回る』、月島総記『クロストライブ~境界の魔女と眠り児たち~』の3作品の提供を受けて連載をスタートし、講談社はレーベルを作ってこれらの作品を書籍化した。
 また、サービス開始に合わせて新人賞「第1回 LINE ノベル大賞」を開催、LINEノベルのアカウント上で読者投票を行い、大賞作品を決定。これらの作品が講談社のLINEノベルのレーベルから単行本として刊行された。

『クロストライブ』はPBW(プレイバイウェブ)と呼ばれる、ウェブ上で展開される多人数参加型ゲームの小説版(ただしゲームのリプレイなどを小説化したわけではなく、ゲームの前日譚的内容を小説化したもの)という点でも興味深い内容だった。
 しかし『世界から猫が消えたなら』と比べるといずれの書籍も残念ながら商業的に成功したとは言えず、LINEと講談社は早々に撤退する。ラインは「LINEノベル」と称したサービスを2021年現在までに3回手がけているが、このとき最初に小説事業に手を出し、いずれの場合もそうであったように短期間のうちに撤退した。

『世界から猫が消えたなら』以外がうまくいかなかった理由は、おそらくもともとLINEで配信することを前提にしていたわけではなかったであろう作品をLINEで配信したことでLINEユーザーのニーズと合致しなかったこと、書籍のデザインがややライトノベル風でやはり当時のLINEユーザーのニーズやセルフイメージと合致していなかったこと、LINEから本への導線をうまく設定しきれなかったことなど、いくつか考えられる(これらの問題は2019年夏からの第3期LINEノベルでも同じことが繰り返された)。

 いずれにしても「国民的なモバイルメッセンジャーサービスを使って小説を流通させ、書籍化する」という一聴するとうまくいきそうなこの事業は、同時期の小説投稿サイトの書籍化が「重版率100%」などと謳っていたことと比べれば、大ヒット1本どまりの成果で終わったのである。


既成出版社発のCGM・書籍化連動事業の先駆 講談社プロジェクト・アマテラス

 講談社はこの時期、ほかにもネットサービスと出版事業を組み合わせた試みをしていた。2012年4月23日に始まった、インターネットを通じて小説や漫画に関するアイデアなどを募る「プロジェクト・アマテラス」である。当時の新聞報道を引こう。

 作家と出版社の編集者らで作品をつくるという従来の形ではなく、SNSを使い、読者を作品づくりに加え、制作過程を公開することで、(1)今まで出版社が窓口を持っていなかったあらゆるタイプの才能の発掘(2)ユーザー参加型のデジタルコンテンツ作成(3)新たなプロモーション方法の開発-を狙いにしている。
「【手帖】SNS使い、才能発掘や新コンテンツを開発」(2012.04.29「産経新聞」朝刊」
 従来型の小説や漫画の新人賞では見つけにくい才能をサイト(http://p‐amateras.com/)への投稿で掘り起こし、サイト閲覧者の意見や感想、編集者のノウハウも加味しながら共同で作品を作っていく。(中略)
 編集者が編集・取材したものを一方的に発信する「紙」の本のやり方ではなく、作り手と受け手が双方向でやり取りする「電子」ならではの作品作りや、それにふさわしいPR手法の開発も目指す。
「[記者ノート]電子書籍 「あらゆる実験」開始」(2012.05.01「読売新聞」朝刊)
 例えば京極夏彦氏が新たに「京極堂シリーズ」現代版を書くためのキャラクターイメージを募集したり、電子書籍ならではの新しい表現形態を考えてもらったりする。同プロジェクトのサイト上で当初、約15企画をスタートさせ、将来は50程度まで増やす。
「講談社、ユーザー参加型の新事業=ネットを通じアイデア募る」(2012.04.23「時事通信」)

 ウェブ小説業界の動向をほとんど取り上げることのない新聞各社だが、出版大手の講談社が参入したことでこぞって記事化した。
 だが、このサイトは2015年1月31日をもって閉鎖する。ユーザーが集まらず、書籍化作品からもヒットが生まれなかったからだ。
 なぜ失敗したのか。ネットで検索してみてもこのサイトについて語る者自体がきわめて少ないためその理由を探ることも難しい(筆者はリアルタイムではほぼまったく同サイトをチェックしていなかった)。ただ、Wikipediaには真偽不明ながら以下の記述がある。

同サイトは講談社主体の小説家になろうに替わるサイトとして、内外から期待されていたものの、ワルプルギス賞において、読者ランキング1位の作品よりも読者ランキング外の作品が数作選ばれ、刊行された経緯から、作者及び読者から大きく不評を買い、編集部の読者市場を無視した作品選考により、急速に支持を失う。 (「プロジェクト・アマテラス」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年10月4日 (日) 14:18 UTC、URL: https://ja.wikipedia.or)

 このサイトを手がけたのは講談社ノベルスの編集者として京極夏彦の担当などを務めて名を馳せ、「メフィスト」や「群像」、講談社文庫編集長を歴任した唐木厚である。
 1990年代半ばに始まった小説新人賞「メフィスト賞」は選考委員を置かず、編集者がすべての応募作を選考することでユニークな作品を世に送り出してきた。その自負が、このWikipediaの記述にあるような「ユーザーが投稿し、ユーザーが人気を決める」CGMのしくみとの摩擦を生んだのではないか。

  講談社は2018年になろう発などのウェブ小説を閲覧数やランキングによらず、「目利き」の編集者らが面白いと感じた作品を独自にピックアップして刊行する「レジェンドノベルス」を創刊するが、ここの編集チームにも唐木は加わっており(たとえば朝日新聞社の読書情報サイト「好書好日」での取材に応えている。「ゲーム好きに届けたいウェブ小説、厳選 講談社「レジェンドノベルス」創刊」)、人気が数値で可視化される点がウェブ発作品の特徴であるにもかかわらず、やはりウェブ上の読者を事実上無視して「編集者の感覚で出版するかどうかの判断を決める」という考えが一貫している

 もちろん、ウェブ小説でも「サイト上の人気はそれほどでもなかったが刊行したところ大ヒットした作品」は住野よる『君の膵臓をたべたい』をはじめいくつかある。しかし、「なろう」や「エブリスタ」、「野いちご」のような巨大サイトのなかで、すでに人気作品はあらかた書籍化されたあとで、相対的には人気がない(ただし熱烈なレビューが投稿されている)ような作品をフックアップして本にするのと、「アマテラス」のように新興サイトでそもそも書き手も読み手も母数が少ないなかで人気ランキングを無視して書籍化するのとでは、まったく意味合いが異なる。後者では、投稿者も作品を読んでポイントを付けた読者も「自分たちの行為がないがしろにされた」という気持ちになったことだろう。

 また、プロジェクト・アマテラスは「小説投稿サイト」ではなく雑多な企画を扱うためだったからだと思われるが、「なろう」や「エブリスタ」のようなUI/UXではなく、「2ちゃんねる(現5ちゃんねる)」や「Arcadia」のような「スレッド式掲示板サイト」だった点も、2011年以降の「Arcadia」衰退と「なろう」のますますの隆盛を経ての投稿サイト界隈のユーザーの感覚からすれば、おそらく古くさく見えたはずだ。

 京極夏彦や西尾維新からマンガ『MMR』、さらには2.5次元舞台の俳優を追った『舞台男子』までサイトが扱う企画が雑多すぎてどういう書き手・読み手をターゲットにしたサイトだったのかが不明確だったことも、ユーザー獲得につながらなかった理由かもしれない。
 ただ、結果としてうまくいかなかったとはいえ、既成出版社のウェブ小説(それもCGM)進出と書籍化事業の組み合わせという点では先駆であったことは間違いない。

 たとえば「本の雑誌」2012年9月号掲載の「「新潮」矢野優編集長に文芸誌の秘密を聞いてみよう!」では「小さなガッツポーズというと、ツイッターの読者の感想で、こういうふうに読んでくれたんだ!とわかったときかな。ネット以前は葉書くらいしか手段がなかったわけですし、ネットの時代になってもツイッター以前は読んだ感想を書くハードルは高かった。ところがツイッターでハードルが一気に下がって、膨大な人が文芸誌の感想をウェブ上に発信するようになったわけですよね」(7p)と「読者の反応がSNSから拾えるようになった」ことが近年における画期だったかのように 書かれている。

 一方で、このインタビューでは「ネットから作家を見つける」という話も「ウェブを使って小説をプロモーションする」という話も一切出てこない。矢野がウェブ小説に取り組むのはこの5年後、2017年9月から始まった上田岳弘『キュー』をYahoo!JAPAN上と「新潮」で同時連載するプロジェクトまでない(し、おそらく『キュー』のみだ)。
 それに比べれば講談社のエンタメ小説部門が「LINEノベル」と「プロジェクト・アマテラス」を使って2012年時点でウェブ小説連動の出版事業に進出していた点は記録されておくべきことである。

 2012年に「なろう」「エブリスタ」「アルファポリス」は引き続きそれぞれヒットを生み出し、プラットフォームとしての地位を高めていく一方で、新興テキストサービスが立ち上がっていたが、(この時点で)投稿プラットフォームとして成功を収めたと呼べるものは出てこなかった。


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『奴隷区 僕と23人の奴隷 I』
著者:岡田伸一 双葉社文庫(双葉社)
どんな内容でも、勝負をして負かしたら相手を服従させられる――他人を奴隷にできる機械を手に入れた男女24人が、色欲、金、復讐……様々な目的のために勝負を繰り返し、互いを服従させていく。壮絶な騙し合いの果てに笑うのは……

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『世界から猫が消えたなら』
著者:川村元気 小学館文庫(小学館)
郵便配達員として働く三十歳の僕。ちょっと映画オタク。猫とふたり暮らし。そんな僕がある日突然、脳腫瘍で余命わずかであることを宣告される。絶望的な気分で家に帰ってくると、自分とまったく同じ姿をした男が待っていた。その男は自分が悪魔だと言い、奇妙な取引を持ちかけてくる。
「この世界からひとつ何かを消す。その代わりにあなたは一日だけ命を得ることができる」
 僕は生きるために、消すことを決めた。電話、映画、時計……そして、猫。僕の命と引き換えに、世界からモノが消えていく。僕と猫と陽気な悪魔の七日間が始まった。

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