こんにちは、「monokaki」編集部の碇本です。
「小説の書き方本を読む」の第十回です。前回の保坂和志著『書きあぐねている人のための小説入門』では小説を書くということ、人間を書くということ、そしてストーリーとは何かを考えている人には参考になったのではないでしょうか。
この連載は取り上げた書籍の一部を紹介する形になっています。そこでなにか引っかかる部分や、自分に響いたという箇所があれば、ぜひ記事を読むだけではなく、書籍を手に取ってもらえればと考えています。
第十回はパトリシア・ハイスミス著『サスペンス小説の書き方 パトリシア・ハイスミスの創作講座』についてです。ライター社から初版が刊行されたのは1966年でした。のちに増補改訂版が1982年に再版され、現在まで英米を中心に版を重ねてきた一冊です。
パトリシア・ハイスミスはデビュー作『見知らぬ乗客』がアルフレッド・ヒッチコック監督によって映画化、三作目『太陽がいっぱい』がアラン・ドロン主演で映画化されたこともあり、人気作家の仲間入りをしました。
当時は高名な二作品の原作者として知られていたのですが、日本での翻訳は映画公開より十年以上遅れたようです。著者の晩年から人気に火が付いたことで、未翻訳作品が翻訳されて全体像が知られるようになりました。
また、デビュー前にクレア・モーガン名義で書いた人妻と女性店員の恋愛を描いた『The Price of Salt』(1952年刊行)は同性愛者の人気を呼び、百万部を超えるベストセラーとなっています。この作品は2015年に『キャロル』(ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラ主演)というタイトルで映画化されており、そちらを知っている人も多いかもしません。
今回取り上げる『サスペンス小説の書き方』はタイトルからすると、サスペンスやミステリーを書きたい人に向けたように感じます。しかし、著者が若い作家へ向けたアドバイスや自身の失敗談などを織り交ぜて小説を書くことについて書かれた一冊になっているので、どんなジャンルを書いている人にもオススメできるものです。
「第1章 アイディアの芽」「第2章 主に経験を用いることについて」
「第1章 アイディアの芽」
第一章は「アイディアの芽」についてです。作家が一人でいるとき、あるいは誰かや集団でいるときに想像力が刺激されるのかどうか、ということについてハイスミスは自身の経験から丁寧に書いています。
この箇所を読みながら、この「小説の書き方本を読む」でも取り上げたジュリア・キャメロン『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』のことが浮かびました。こちらでは「ひとりになる時間をつくろう」とジュリア・キャメロンは提案していました。
人との会話や一緒に行動をしたことがなんらかのアイディアの種になったり物語を生み出すきっかけにもなります。同時にひとりでいるときにそれらのものが膨れ上がったり、より輪郭を強めるということもあるはずです。
書き手の方々それぞれにアイディアが浮かびやすい、イメージできる瞬間やタイミングがあるはずです。まずそれを見つけてみましょう。
現在ではスマホに何かメモ的に書き残したり、あるいはボイス機能を使ってアイディアを吹き込むことでメモ代わりにしている人もいます。どうしても自分の手でノートに書くほうがいいという人もいるのではないでしょうか。
私は打ち合わせの時にはノートに自分でメモを取ってから、その後にスマホのカメラ機能でメモを撮影します。Googleフォトの「画像からテキストをコピー」するという機能を使い、メモを改めてまとめるというやり方をしています。これだと自分の手で書いたことによる記憶との結びつきがあり、テキストをコピーしたものを再度見直す際にメモの内容がどういうものだったのか再確認もできてあとから検索も可能になります。もし、ノートに書くという人はこのやり方も試してみてください。
「第2章 主に経験を用いることについて」
小説は冒頭から書き始めないといけないというルールはありません。一番書きたいシーンやラストシーンを書いてから始める人など書き手それぞれのやり方があります。
また、同じ書き手でも作品によって書き方を変えることもあります。このハイスミスの著書は彼女がやってきた書き方や考え方が書かれているので参考になる人もいると思いますし、自分とはまるで違うやりかただと思うひともいるはずです。
もし、今書き進めることに悩んでいたり、ずっと書けないという状況になっている人は今までと違うやり方があるということを知ってもらえるといいです。
また、プロットに関しても同様です。
上記の引用は小説家の凪良ゆうさんのインタビューからです。
ハイスミスが書いている「「本当にすばらしい物語だから、語らずにいられない!」と言いたくなるような感覚が訪れる。それから書き始めればいい」という気持ちの後には凪良さんが言われるようなやり方も試してみるのもいいかもしれません。
感情が迸りすぎる人は細かくプロットを作ってみることで冷静に、客観的な視線で物語を書くことができそうです。
「第3章 サスペンス短編小説」「第4章 発展させること」
「第3章 サスペンス短編小説」
この部分を読んでいて「monokaki」の中で「短編」について海猫沢めろんさんと王谷晶さんに執筆してもらった記事のことを思い出しました。
短編のアイディアがたくさんあるからといって、それらを繋げていってもうまく長編にはならないことが多いはずです。
めろんさんが書かれているように作品には「適切な枚数」というものがあります。それを知るためには他の人が書いている長編や短編を読むのが一番いいのではないでしょうか。
例えば、同じ作家でも長編小説と短編集などがあるので、それを読んでみるとその「適切な枚数」というものが肌感覚でわかります。
ひとりだけではなく何人かの作家でそれを試してみましょう。もちろん、短編小説だったものが長編小説にバージョンアップすることもあります。
「あなたの「執筆欲」を昂らせてくれる本」で取り上げた小説家の村上春樹さんの代表作のひとつ『ねじまき鳥クロニクル』は単行本と文庫共に三巻の大長編作品ですが、もともとは短編小説集『パン屋再襲撃』収録の『ねじまき鳥と火曜日の女たち』という短編を元に第一部の冒頭の章が書かれています。
あなたの短編のアイディアはそのまま短編になるかもしれませんし、月日が経つと長編の種になるかもしれません。そのためにはアイディアは捨てずに書き取っておきましょう。
王谷さんは、「短編」は最初の三行で気を引かないとダメだとアドバイスしてくれています。
短編は短いからこそインパクトが大事です。また、ワンアイディアで一気に最後まで読ませることができるという側面もあります。そのために説明文や前置きは冒頭で長々と書かないように気を付けましょう。
「第4章 発展させること」
マンガなどの表現では「シルエットを一目見ただけで、どのキャラクターかわかるくらいじゃないといけない!」という考え方があります。見た目がそのキャラクターの個性を表現しているというものです。
『仮面ライダー』や『キカイダー』など特撮ものの原作マンガを多く手掛けた石ノ森章太郎作品では、デザインがそのキャラクターの背景や心情を表わしている素晴らしいものが多いです。しかし、小説は文字だけでキャラクターを読者に伝える表現です。
だからこそ、そのキャラクターがどんな人生を生きてきたのか、どんな人たちと過ごしてきたのか、どんな口調なのか、ある場面ではどういう行動を取るのか、などを著者がしっかり把握しておくことがより大事になってきます。それらが考えられていない作品は書き進めているうちにどうしてもキャラクターがブレてきます。
物語においてなにか出来事や成長があって、キャラクターが変化するのは問題ありませんが、このキャラクターはさっきまで言っていたこととまったく違う行動や発言をしていると読者に思われると没入感も失われてしまいます。もちろん、それがのちに意味のある展開なら問題はありません。
さきほどの凪良さんのプロットに関する部分と真逆のようなことをハイスミスは書いています。どちらも正しく、どちらのやりかたも有効だと思います。あなたが自分に合う方法を探すしかありません。
自分なりのもっとも冴えたやりかたを見つけることが小説を書くということなのでしょう。「小説の書き方本を読む」というこのシリーズで取り上げてきた書籍では、通じる内容もありますが、著者それぞれのやりかたがあり、はっきりとした書き方の「答え」はないようです。
書き始めた頃には「答え」があると考えがちですが、書き続けていくと「答え」がないことに気づきます。そして、他の作家さんたちも工夫しながら自分に合うやりかたを模索していることを知っていきます。この書籍もそうですが、こういうやり方もあるんだなと知るきっかけになればうれしいです。
「第5章 プロットを立てる」「第6章 第一稿」
「第5章 プロットを立てる」
アウトラインという意味では「三幕八場構成」についての記事も参考になるかもしれません。
上記は「三幕八場構成」について解説をしてもらった作家・脚本家の堺三保さんのものです。章の中で明確にしたいポイントをリストにして、一番難しいものを最後の六場に持ってくることで主人公への試練や謎をエスカレートさせていく。同じようなものが毎回続くと読者に飽きられてしまうとも言われていました。
「第6章 第一稿」
これは見覚えのある人がたくさんいるのではないでしょうか?
描写を細かく書いていくことで枚数はどんどん増えていくのに物語はほとんど進まない。もし、一度書き終えたあとに読み返して過剰だと思うのであれば、せっかく書いたとしても削ってみましょう。
上記の引用は「あなたの「原動力」を再認識させてくれる本」からです。ホラーの帝王といわれるスティーヴン・キングも「二次稿=一次稿マイナス10%」と自著の中で語っています。
こだわりたい部分を書くのはとても楽しく素晴らしい時間だと思います。しかし、冗長になりすぎてしまうと読者には退屈な時間になってしまう可能性が高いものです。
自分で読んで判断する自信のない人は近い人や知り合いに読んでもらって意見を聞いてみてもいいですし、ウェブにアップして読者から感想を聞くことで客観的に自分の作品について見ることも大事です。
「第7章 行き詰まり」「第8章 第二稿」
「第7章 行き詰まり」
これからどんな作品を書こうと思っているのか、あるいはこういう作品みたいなものを書いてみたいと書き始める前にはいろいろと想像すると思います。それが一番楽しいという人も多いのではないでしょうか。実際に書き始める前に作り出したい効果について考えておくことは作品の軸をしっかり立てることにつながるはずです。
書き始めたら憧れている作品やこういう物語が理想だという書籍などを目に見えるところに置いておくというのも効果があります。もちろんパクりなどはダメですが、こういう物語にしたいという意識がしやすい執筆環境にしておくのも大切です。
ご自身の仕事が専門的なものであれば、それが作品に活きて個性にもなりますが、何冊か書いていくとネタが尽きるということもあるはずです。かといって取材がてら実際に働くのもなかなか難しいものです。
いろんな職業の人がそこで働かないと見えない景色や状況について書いている書籍を読んでみましょう。小説だけでなく、エッセイなども参考になります。もちろん、そのまま使うのはダメですが、そこをきっかけや入り口にするのがよいのではないでしょうか。
あと友人や知人などに専門的な仕事ではなくても、働いている立場からの話をしっかり聞かせてもらうなども作家としてはよい情報源になります。
「第8章 第二稿」
第一稿を書いてから読み直す際には冷却期間として少し時間を空けるのがいい。先ほども取り上げた村上春樹『職業としての小説家』の中でも「作品をじっくりと寝かせたあとで、再び細かい部分の徹底的な書き直しに入っていきます。しっかり寝かせたあとの作品は、前とはかなり違った印象を僕に与えてくれます」と書かれています。
第一稿を書きあげたらすぐに読み返して、第二稿という風には進まずに一旦作品を寝かせてみましょう。
「第9章 改稿」「第10章 長編小説の事例ーー『ガラスの独房』」「第11章 サスペンスについての一般的な事柄」
「第9章 改稿」
編集者の要望に応えて、特定の登場人物を削除することは書き手としてはかなりきびしいものがあります。実際に自分ではない他者が読んだ際に、そのキャラクターが意図することが伝わらない、あるいは物語にとっていなくても問題がないと思われているということです。
さきほどの、部屋の中などを細かく描写すると物語がほとんど進まないのに枚数だけが増えていくということに通じています。
また、「終わりは訪れない」という言葉にはどこか絶望的なニュアンスがあります。「「推敲」って何ですか?」の中でも「完璧を目指さない、というのも推敲をするにあたって重要なポイントである」という言葉がありました。
商業出版するさいにも個人的に執筆するさいにも完璧は目指したいものですが、ずっと同じ作品に捉われ続けてしまうよりは、納得できるところでエンドマークを打ち、次へ進むべきだと思います。どんどん書く以外に成長はないと思います。
「第10章 長編小説の事例ーー『ガラスの独房』」
こちらの章に関しては『ガラスの独房』という小説を使ってハイスミスが経験談を語っているものとなっています。「アイディアの芽」「発展させること」「プロットを立てる」「第一稿」「行き詰まり」「第二稿」「改稿」「出版後」と自作の流れをこの著書における順番通りに詳しく書かれています。
ここでハイスミスが実際にどういうきっかけで作品を書こうと思ったのか、そこからどういうきっかけでアイディアが膨らんでいき、プロットを立てたのかなどがよくわかる部分となっています。興味がある人はぜひ実際に読んでください。
「第11章 サスペンスについての一般的な事柄」
一人の作家の小説をデビュー作から最新作まで年代順に全て読んでみる、という読書をしたことのある人はどのくらいいるでしょうか?
私も何人かの作家でデビュー作から最新作まで読んだことがありますが、出版順に読んでいくとその作家の軸となっている主題やパターンが自ずとわかってきます。数冊出版している作家でもそうですが、何十冊と書き続けているベテラン作家になるとよりわかりやすかった印象があります。
つまり作家は、その人にとって考えることがやめられない、あるいは無意識の中にあるものについてずっと書き続けているとも言えるのです。
好きな小説家や興味のある小説家がいるのであれば、デビュー作から最新作まで通して読んでみてください。なぜ自分がそれに惹かれているのかを考えることで自分の主題も意識的に考えられるようになるかもしれません。
商業デビューを目指している人、趣味として小説を書いている人、目的は違ってもずっと書き続けることはとても大変なことです。
小説投稿サイトは自分の作品を読んだ読者からの直接的な反応があったりします。それによって歓喜したり、落ち込んだりもしますが、一緒に書いている仲間がいると感じやすい部分はあるはずです。〇〇さんが書いているからわたしも新作を書こうという気持ちになった人もたくさんいるのではないでしょうか。
書くことがしんどくなったら書かないという選択をするのもなんら問題ありません。その時メモ程度に書いていたことがのちの執筆に役立つこともあるでしょう。また書こうと思える時が来たら書けばいいのです。誰かと自分をどうしても比べてしまうことも多いですし、投稿サイト自身がそういう側面を持っているのも事実ですが、あなたなりのペースであなたが書きたいものを書いていってほしいと思います。小説を読んで書いていきましょう。
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