こんにちは、「monokaki」編集部の碇本です。
「小説の書き方本を読む」の第十一回目です。
前回のパトリシア・ハイスミス著『サスペンス小説の書き方 パトリシア・ハイスミスの創作講座』では小説を書く際のアイデアについて、さらにそこからどう発展させて執筆するのかに悩んでいる人には参考になったのではないでしょうか。
この連載は取り上げた書籍の一部を紹介する形になっています。そこでなにか引っかかる部分や、自分に響いたという箇所があれば、ぜひ記事を読むだけではなく、書籍を手に取ってもらえればと考えています。
第十一回はアーシュラ・K・ル=グウィン著『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』についてです。日本では『ゲド戦記』の著者としても知られているル=グウィンの執筆ワークショップをまとめた一冊となっています。
アーシュラ・K・ル=グウィンは1962年に短編『四月は巴里』で作家デビューし、1969年発表の両性具有の異星人と地球人との接触を描いた『闇の左手』でヒューゴー賞、ネビュラ賞を同時受賞したことで世界的にも広く知られるようになりました。SF界の女王と称され、また「西の善き魔女」というあだ名もあるほどの作家です。2018年に88歳で亡くなっており、2021年、彼女を記念した「アーシュラ・K・ル=グウィン賞」が設立されています。
今回取り上げる『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』は冒頭でル=グウィンが書いているように初心者向けのものではありません。
原書が英語であり、「英文」の文体やリズムについての文章の手ほどきになっていますが、日本語で文章を書く時にも活かせる内容になっています。実践的な部分もあるので、執筆をしてきて壁にぶつかっている人やこの先に行きたい人にとってかなり有効な一冊です。
ただ読むだけではなく、各章ごとに提示される練習問題をこなしていくことであなたの筆力は確実にあがるはずです。
今回練習問題はほとんど取り上げません。興味がある人はぜひ本書を手に取って、練習問題に挑戦してみてください。
巻末にある翻訳をされた大久保ゆうさんの訳者解説にこう書かれているように、文章読本でありながらもブックガイドにもなっています。各章には「実例」という形でル=グウィンの解説つきで様々な作家の文章が短いながら引用されており、読めるようになっています。
これをきっかけにして取り上げた作家の作品を読んでみるのも素晴らしい読書体験になるはずです。もっと上を目指したいと思っている物書き志望者にはぜひオススメしたい一冊です。
「第1章 自分のぶんのひびき」「第2章 句読点と文法」
「第1章 自分の文のひびき」
第1章は「文(言葉)」のひびきについて取り上げています。すべての出発点であり、文章の吟味とは「文のひびき」が正しいのか、ということだとル=グウィンは書いています。つまり基礎中の基礎ということです。
この箇所を読んでいると以前「物書きの隣人」でインタビューさせてもらった翻訳家の斎藤真理子さんが言われたことを思い出しました。
斎藤さんも書いた文章を声に出して読むという話をしています。目だけを使って書くのではなく、口や耳も使うことで文章のリズムに違和感がないのかを確かめることができます。
もし、執筆する際に音読をしたことがない人がいたらやってみてください。実際に声に出してみると文章の長さであったり、使っている単語に違和感がないのかが体感でわかってくるようになるはずです。
章タイトルに関連した事柄をル=グウィンが自身の作家としての経験から書いたあとには、「実例」として語呂のいいリズムやうきうきする言い回しのある小説を紹介するページが続きます。
第1章ではラドヤード・キプリング『どうしてサイはあんな皮なの』、マーク・トウェイン『その名も高きキャラヴェラス群の跳び蛙』、ゾラ・ニール・ハーストン『彼らの目は神を見ていた』、モリー・グロス『馬の心』の四作品を取り上げています。
その後、さらに「読書案内」でオススメの小説の紹介もあります。この一冊がブックガイドとしても重宝できることがわかります。
たくさん書きたい人はたくさん読むしかありません。もちろん、自分が好きで書きたいジャンルを読むのも大事ですが、古典と呼ばれる作品を知ることは作家としての底力を上げてくれるものになります。
例えば200冊の小説を読んでいる人がオススメするレビューと2000冊の小説を読んでいる人がオススメするレビューではどちらが信憑性があると思いますか?
これは小説に限られたことではありません。何か新しいと思えるものを閃いたとしても、そのアイデアは大昔にすでに誰かがやっていたということはよくあることです。知らずにやってしまうことと知った上でその可能性をアップデートすることはまったく違います。
章の最後にはこのように練習問題が出てきます。ぜひこの書籍を手にしてもらい、練習問題をご自身で書いてみてほしいです。筆力アップも期待できますし、ル=グウィンが書いていることもより深くわかってくるようになるはずです。
もともとは小説教室で行われたワークショップなので、練習問題を書き上げた後にグループと個人それぞれでどうやりとりをしていくかも書かれています。また、この課題をすることで執筆上の問題点や訓練する理由もル=グウィンが教えてくれています。
ひとりでもグループでもいいのでぜひ練習問題をやってみてください。
これが基本的な章の流れとなっています。
「第2章 句読点と文法」
SNSで毎日のようにいろんなことで炎上しているのを見るようになって久しいですが、ここでル=グウィンが書いていることもそれらにも当てはまるものではないでしょうか。
パソコンやスマホで簡単に文章が書けて、時間もかからずアップすることができるようになったことで起きている弊害かもしれません。どこかで自分が書いているものは他人にも読めて当然だと思ってしまう部分は私にも当てはまります。しかし、前後の文脈があって発言したものであっても、見ている(読んでいる)相手はその前後をちゃんと確認してくれるわけではありません。そのため文脈がわからずに見たものだけで判断するため、誤解を生んだり、真逆の意味で捉えられてしまうことがあります。
簡単に文章が書けるということはとてもありがたいことですが、やはり書いてすぐにアップしたり相手に送ったりせずに、少し時間をおいて客観的に自分の文章を読んで確認するということをクセづけることが炎上などトラブルを防ぐ一番いい方法になると思います。
「第3章 文の長さと複雑な構文」「第4章 繰り返し表現」
「第3章 文の長さと複雑な構文」
連載「エディターズレター」の中にあった記事のひとつに「思わず自己嫌悪になってしまう日にやっていること」というものがありました。上記の部分を読んで、そこに書かれていたことを思い出しました。
ル=グウィンは「文法がしっかりした文は、整備のしっかりした機械にとてもよく似ている」と書いていますが、それは引用した箇所にもある「時間をかけて身につけた技術」によってなりたつものではないでしょうか。だからこそ、整備工の技巧のようにしっかりと身につけておきたいものです。そのためにも収録されている練習問題もやってみてください。
ここで取り上げられているヴァージニア・ウルフは20世紀モダニズム文学の主要な作家のひとり。代表作は『ダロウェイ夫人』『灯台へ』『オーランドー』『波』などがあります。
2021年に早川書房から刊行90年後、45年ぶりの新訳として出版された『波』を私は読みましたが、ウルフ文学の到達点とも言われている作品なのでこちらもぜひ読んでみてください。
「第4章 繰り返し表現」
最初の章にあった要素がそれ以降の章では形を変えながら現れてくること、全体を通じて変奏されながら繰り返されるというのを読んで、「なるほど」と思いました。特にエンタメ小説など先が気になってどんどんページをめくってしまう作品はこういうパターンをもっているように感じます。
引用したのは「これで長編が最後まで書ける!三幕八場構成を学ぶ」で作家・脚本家の堺三保さんに解説してもらった一部分です。繰り返していくことは大事ですが、最初に起きるトラブルよりも二番目のものはもっと大きく、あるいは困難なものにしていかないと読んでいる人もワクワクしませんし、物語にリズムが生まれません。
特にプロを目指す人には繰り返しを意識しながらも出来事をエスカレートさせることが大事だと堺さんが言われていました。そう考えるとまず最初に起きる出来事やトラブルを設定して、次はどう大きくするのかを考えていくとプロットも書きやすいかもしれません。
「第5章 形容詞と副詞」「第6章 動詞:人称と時制」
「第5章 形容詞と副詞」
形容詞とは物事の性質や状態をあらわし、終止形が「〜い」で終わる自立語です。形容詞は「難しい本」「重い紙」のように、性質や状態などの意味をくわしく説明します。自立語で活用がある用言で、言い切りの形が「い」で終わるという特徴があります。
副詞とは文の中でほかの言葉の意味をくわしく説明する語になります。活用がない体言で、「ゆっくり」「きらきら」「ずいぶん」などが副詞です。副詞は、文の中で他の言葉の意味をくわしく説明する品詞です。副詞が修飾するのは用言(動詞・形容詞・形容動詞)です。体言(名詞)を修飾するのは連体詞なので区別しておきましょう。
ここでル=グウィンが書いているようにトゲトゲしい言い方になったり、冷たい言い方になる人は形容詞や副詞を使わないことが大きく影響しているのでしょう。
例えば、物事をスパっと言い切ってしまう冷徹なキャラクターにしたいなら形容詞や副詞をできるだけ使わないようにするだけでしっかりとキャラが伝わるはずです。セリフなども形容詞や副詞をどう使うかを意識するだけでもキャラが立ちそうです。
「第6章 動詞:人称と時制」
一人称で書くか、三人称で書くかという問題は小説を書く際に頭を悩ませる問題です。
monokakiでも小説家の王谷晶さんが『「一人称/三人称」って何ですか?』という記事を執筆してくれています。
上記の引用したようにそれぞれのメリットとデメリットを把握した上で自分が書こうとしている物語にはどちらがフィットするのかをしっかり考えてみてください。
一人称では主人公が見たり聞いたりしたものしか書けないため、そのことを意識していないと、なんでこんなことを主人公が知っているんだと読み手が混乱してしまうことにもなりかねません。
群像劇やいろんな人物の視点を入れるなら三人称がオススメですが、やはり最近は一人称的三人称が多くなっているので、こちらが書く方も違和感はあまり感じないかなと思います。
「第7章 視点(POV)と語りの声(ヴォイス)」「第8章 視点人物の切り替え」
「第7章 視点(POV)と語りの声(ヴォイス)」
前章での人称をさらに推し進めている章になっています。視点(POV)の問題は物語をどう見せるのか、読まれたいのかという意識や欲望にもかかわってきます。また、一人称で書いていたものを三人称に変える際に、代名詞を置き換えて動詞を修正するとなんとなく違和感がないように思えなくもありません。しかし、実際にやってみると最初から人称を変更して書き始めるほうが楽だったり、文章の違和感を感じなくて済みます。
上記は以前に取り上げた松岡圭祐著『小説家になって億を稼ごう』に書かれていたものです。
ここでは書き進められなくなった場合の対処方法ですが、やはり書いている小説でこの人称では無理だ、進められないと感じた場合には最初から人称を変えて書き直したほうが作品にとってもいい結果が出るのではないでしょうか。
物語に対して必要な語りの声(ヴォイス)を捉えるまでしっかりとその作品や登場人物について考える時間も必要になってきます。
「第8章 視点人物の切り替え」
茶人であった千利休が提唱した「守破離」という考え方があります。
「守」は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。 「破」は、他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。 「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階。
あなたが一番好きな小説を思い浮かべてみてください。きっと何度も何度も読み返していて内容だけでなく、登場人物の行動や台詞も覚えていると思います。その小説を最初から最後まで書き写したことはありますか?
おそらく多くの人は読んでいても書き写したことはないのではないかと思います。上記でル=グウィンが書いている「模倣」は「守破離」でいうところの「守」にあたります。書き写すことでその小説の文体やリズムをもっと身近に感じられるようになります。それがわかった上で自分の作品を書くと前よりも自分自身の声に意識的になれます。
もし、書きたいけど書けないという状況に陥っている人は好きな小説を最初から最後まで書き写してみてください。
「第9章 直接言わない語りーー事物が物語る」「第10章 詰め込みと跳躍」
「第9章 直接言わない語りーー事物が物語る」
ジャンル小説においてはその世界構築におけるルールや常識などを説明していかないと読者にはわからないため、説明が多くなりがちです。
王谷晶さんが以前にやっていた下読みの時に感じたことを『「短編/長編」って何ですか?』に書いてくれています。
また、別の視点で海猫沢めろんさんは「Q.設定や世界観はどこまで説明すればいいですか?」でこう書かれています。
「説明」に関してはお二人は真逆のことを書かれています。しかし、「説明」がその世界やシステムを巧妙に現わしていて、読ませてしまうほどのものであれば話は違うようです。ただ、新人賞などにおいては冒頭の3ページが大事と言われるので、避けた方がよいでしょう。
SFやファンタジー小説を読むことでプロの作家はどのくらい「説明」をしているのかを参考にしてみてください。
「多声」と「語り」という点においては『平成小説クロニクル』でも取り上げた町田康さんと古川日出男さん(「語り」と「ダンス」が小説に動きをもたらす)が思い浮かびました。
町田康さんの『告白』と古川日出男さんの『聖家族』は共に分厚くてそのままで書籍が立つほどのページ数がありますが、どちらも「語り」とそのリズムによってどんどんページが進んでいきます。大長編を読んでみたいという人にオススメです。
「第10章 詰め込みと跳躍」
書いたものを自分で削っていくのは難しいですが、最初にできるだけ多くの要素を入れ込んでいって刈り込んでいくと本当に大事な部分が残っていき、物語の軸もはっきりとしてきます。
スティーヴン・キング著『書くことについて』を取り上げた際に引用した箇所のことを思い出しました。
この「小説の書き方本を読む」シリーズでいろんな小説家による小説の書き方を読んできましたが、やはりプロになるうえで大切なことの一つは多く書くことではなく書いたものをどれだけ削っていけるかということなのだと感じます。また、『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』で何度も出てきた「語り」も作家性としての個性であり、物語を成立させるために重要な要素だと感じました。
書き始めた頃には新鮮だったことや書くことが楽しかった気持ちが、続けていると色褪せたり楽しくなくなっていくことがあります。思うような結果がでなかったり、技術が足りなくて描いていた世界を表現できないなど様々なことが起きてきます。
もちろん、書くことに疲れたら時には休んでみて、違うことをしたり少し距離を置いてみることも心身ともに大事ですし、書き続けるためにも無理はしないでほしいです。そして、また書きたいと思うようになったら小説を書く楽しみを再発見できて、新鮮な気持ちが戻ってくることもあると思います。
この連載が書きたいけど書けない状況になっている人の背中を少しでも押せたり、書きたい意欲に少しでも火がつけれるものになったらと思っています。
『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』はブックガイドとしても素晴らしいので、紹介されている小説を読んでみてください。そして、練習問題をひとりでも、誰かとでも一緒にやってみてください。もっと小説が好きになるきっかけがあると思います。小説を読んで書いていきましょう。
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