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あなたの「デビュー」を後押ししてくれる本|大沢在昌著『小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない』|monokaki編集部

こんにちは、「monokaki」編集部の碇本です。

「小説の書き方本を読む」の第六回です。前回の松岡圭祐著『小説家になって億を稼ごう』の記事はプロとしてデビューすることだけではなく、プロになってからのことについても知れる内容だったので、多くの方にも興味を持ってもらえたようです。

この連載は取り上げた書籍の一部を紹介する形になっています。そこでなにか引っかかる部分や、自分に響いたという箇所があれば、ぜひ記事を読むだけではなく、書籍を手に取ってもらえればと考えています。

第六回は大沢在昌『売れる作家の全技術』についてです。ハードボイルド小説『新宿鮫』シリーズなどで有名な大沢在昌さんによる小説講座を元にしたものです。文庫版では特別講座「いまデビューができ、生き残っていける新人とは」も収録されています。そこでは大沢さんと「カクヨム編集部編集長」「メディアワークス文庫編集長」「角川文庫キャラクター文芸編集長 兼 角川ホラー文庫編集長」「小説野性時代編集長」の四名の編集者が新人作家に求めるものや、近年の投稿者の傾向、Web小説のことについて話をされているので、ここだけでもかなり必読なものとなっています。

大沢 新人賞を受賞する能力があり、才能があって、魅力的なキャラクターも作れる。デビュー後も二作目、三作目と書き継いでいけるし、たとえセールス的に振るわなくても、編集者が見放さない。皆さんのお話を聞いて改めて思うのは、そういう恵まれた人であっても、書き手としてどうしても書きたいもの、訴えたいものを持っていないと、作家として長く生き残っていくことはできないということ。プロでやっていける人間は、売れたいとか有名になりたいとかじゃなくて、「こういう話が書きたいんだ」「こういう物語を読ませたいんだ」というものを強く持っている人なんだと思います。

こちらの文章は書籍のほぼ冒頭に書かれているものですが、技術や経験は書いていけば磨いていくことも増やしていくこともできます。ただ、自分はこれが表現したい、書きたいという気持ちだけは他人にはどうすることもできません。まず、それを持っているかどうかが作家として大事なものになります。

この『売れる作家の全技術』は、大沢さんが先生としてプロになりたい参加者を募集し、そこから12人の生徒に絞り込み、一年の予定で始めた小説講座を書籍化したものです。全10回の講座をそれぞれ2回ごとに取り上げていきます。読みながら私たちも小説講座に参加してみましょう。

作家とは「持続」していくこと

「第一回 作家で食うとはどういうことか」

 できるだけ偏差値の高い新人賞からデビューすることを目指しましょう。当然競争率は高くなりますが、そこからデビューした新人は、賞を主催する出版社はもちろん、他者の編集者からも注目されますし、授賞式ではたくさんの編集者から「ウチでもぜひ書いてください」と言われます。
(中略)
 では、「偏差値の高い」新人賞とは何か。ズバリ言います。ミステリー系なら『江戸川乱歩賞』『日本ホラー小説大賞(現・横溝正史ミステリ&ホラー大賞)』、時代小説なら『松本清張賞』だと私は思います。「偏差値が高い」とは、賞の出身者がデビュー後どれだけ活躍しているかということ、つまり、直木賞受賞者やベストセラー作家を多く出している賞を「偏差値の高い」賞だと私は考えています。

いきなり「偏差値が高い」新人賞と言われてもピンとこなかったりしますが、商業出版の新人賞などはネットなどで受賞作家やその後にどんな賞を受賞したかをまとめているサイトがあります。Webの投稿サイトとは違う価値観であると言えなくもないですが、書籍化を目指すのであれば知っておいて損はないのではないかと思います。
「monokaki」では「松本清張賞」を受賞してデビューされたふたりの作家さんにインタビューをしています。
ひとりは「八咫烏シリーズ」を発表している阿部智里さん 。もうひとりはデビュー二作目で直木賞を受賞された川越宗一さん。確かに受賞後に活躍されていると言えますね。競争率は高いですが、デビューした後のことを見据えるならぜひこれらの「偏差値の高い」新人賞を狙ってみましょう。

この後には作家になるために大切な四つのポイント、「①正確な言葉を使う」「②自分の原稿を読み返す」「③毎日書く」「④手放す勇気を持つ」について大沢さんが教えてくれます。

①については、自分の日本語力を疑い、辞書を引くことを習慣にする。
②については、〆切前に書き終えて最後の一日を推敲に当てる。
③については、原稿を早く仕上げるためにも、毎日必ず決まった分量を書く習慣を身につけることが大事になってくる。また、原稿を書くということは車のエンジンをかけることと同じなので、一旦冷えてしまうと回転が上がりづらくなるので、一日一枚でも書いていくことが重要になってくる。
④については、書き進められない時は思い切って離れること。迂回する勇気、違う作品に向かう勇気、あるいは作品を手放す勇気を持つことが大事だということです。そして、次の作品に行くために、とりあえず目の前の作品を仕上げて本にする、と言われています。

この章の最後には「モチベーション」について書かれています。

 作家とは、「持続」です。一冊の名作ではなく、毎年毎年あるレベル以上の作品を出し続けること、気力、体力を振り絞り、自分のベストを問い続け、限界を超える努力をし続けることそれしかない。


「第二回 一人称の書き方を習得する」

「一人称」で書く目的について三つの大事なこと。まず一つは、視点の乱れをなくすこと。二つ目は限定された視点の中でどこまで読者に情報を提供し、物語を形作れるかということ。三つ目は視点人物、つまり語り手である「私」や「僕」や「俺」の個性をどれだけ読者に伝えられるかということ。

受講者の作品について大沢さんがそれぞれとやりとりをしながら、今回の課題についてアドバイスをしていきます。その中でも私が気になったのはこちらのものです。

いい人だけ、善人だけが出てくる小説というのは、読み終えた時はちょっといい気分になるかもしれないけれど、結局はぬるい話になってしまう恐れがある。そういう意味で、登場人物が善人ばかりの小説は、新人賞の応募作としては弱いと思ってください。この弱点は克服するのが、けっこう難しくて、書いても書いても「またいい人ばかりだった」ということになりかねない。

確かに「善人」ばかりだと読み終わった後に印象に残らなかったりしますよね。また、その「善人」がより「善人」に読み手に感じられるためには、真逆の存在がいることでどちらもキャラが際立つことにもなってきます。

「おもしろいって何ですか?」でも王谷晶さんに執筆してもらった「「一人称/三人称」って何ですか?」という記事があるのでこちらも参考にしてみてください。


人間観察することでキャラクターに深みを出す

「第三回 強いキャラクターの作り方」

冒頭に「面白い小説というのは、キャラクターとストーリーが有機的にうまくつながっている作品です」とあります。ここで書かれている大沢さんが魅力的なキャラクターを描くために必要だと思われていることを簡単にまとめてみます。

① 数字が固有名詞に頼らないでその人を描写する
② キャラクターには登場する理由がある
③ 細部を細かく作り上げていく
④ ストーリーが進むにつれて主人公は変化する、ストーリーが登場人物を変化させていく。
⑤ 物語の進行とキャラクターの変化を有機的に絡めて考える
⑥ 意外性を持った人物が読者に濃い印象を残すことができる
⑦ 人間観察からすべてが始まる

「人間観察」に関しては、大事なコツも教えてくれています。それは「その人の視線の先を見てください。その人が何に興味を持っているのか、それがわかるのが視線です」とあります。もし、「人間観察」をするのであれば、その対象者の視線の先になにがあるのかを「観察し、想像する」ことであなたの描く登場人物もより人間味が増すかもしれません。

この「観察」にも関わることですが、誰かが「激しい感情(怒り、驚き、悲しみ)」に襲われたとき、その人物がどんなリアクションをするのかを見ておくこともキャラクター描写に活かせることができるとのことです。ただ、その際には冷静な観察者であったり、俯瞰的な立ち位置になるかもしれないので、その人と距離感ができたり、縁が切れる可能性もゼロではないので気を付けましょう。

「キャラクター」に関しては『yomyom』の編集長である西村博一さんによる一問一答シリーズの中に「いいキャラクターは「書かれるべき物語」を呼ぶ 」という記事がありますので、こちらもぜひ参考にしてください。

また、「リアルとリアリティの違い」という箇所では「現実そのものを書く必要はない」とも言われています。これは「生き延びるためのめろんそーだん」で海猫沢めろんさんに相談の質問に答えてもらった「Q.執筆に「実体験」はどの程度必要ですか?」の回にもこんなものがありました。

体験を小説に書くとき、肝に銘じなくてはならないことは「リアル」よりも「リアリティ」です。
リアルとは「本物や現実」のことで、リアリティとは「本物っぽさ」のことです。ちがいを例えるならば……そうですね、高くてまずいカニと、安いカニカマみたいなものです。

創作においては「リアル」や「現実」に捉えられないように気を付けながら、「本物っぽさ」を目指しましょう。例えば、取材をしたとしてもそれをそのまま使ったり、書いたりしても違和感が出ることもあります。この辺りの塩梅が「本物っぽさ」になるはずです。


「第四回 会話文の秘密」

会話(セリフ)で悩んでいる人も多いのではないでしょうか。ここでは「実際の会話」と「小説の会話」の違いについて考えるところから始まります。
前の第三回での「キャラクター」造形と併せて、その人物にふさわしい話し方、口調を考えていきましょう。キャラクター同士の関係性でも口調が変化したり、態度が違ったりします。会話でもその人物がどんな人なのかを十分に表現することができます。

「効果的な会話のテクニック」としては「変化する会話」「気の利いた会話」「色気のある会話」などがありますが、この辺りは時代的な背景や作家のセンスなどもかなり反映するのではないかと思います。

いいセリフって何ですか?」で王谷さんがセリフについてこんなことを書いてくれています。

主人公格はもちろん、三行くらいしか出ないモブキャラでも、ここに手を抜いてはいけない。たまに二次創作や実写化・劇場版などの感想で「このキャラクターはこんなこと言わないはず」「解釈違い」というのを見ることがあるが、まずは一次創作者である作者がこの解釈違いを起こしてはいけないのだ。何か喋らせる前に、このキャラは本当にこれを言うか?と逐一ちゃんと考えよう
モブにまでプロフィール表を作る……まではしなくてもいいけれど、主人公とはどんな関係か、何歳くらいでどんな格好をしたどんな性格の人なのか、くらいは考えておくと、より生きたセリフが書けるはずだ。

魅力的なキャラクターといい会話はどちらも強く結びついていると考えることができます。そのためにはそのキャラクターをいかに深くまで考え抜けているのかが大事です。


読者の心にさざ波を作る「トゲ」を描けるか?

「第五回 プロットの作り方」

小説を書き始めるとぶつかる悩み。そしていろんな方から聞かれることが多いのが「プロット」の作り方ですが、大沢さん自体がプロットを作らず小説を書かれているようなので、ご本人も一番苦手な講義だと言われています。しかし、その上でプロットについて大事なことを最初に触れられています。

 どういう物語を書くかというところで最初に考えなければいけないのは、「読者にどんな楽しみを提供するのか」ということです。「自分がこれから書こうとするものは、人が読んで面白いのかということをまず疑いなさい」ということです。これは非常に難しい命題で、作家を三十三年やっている私でも、自分の書いているものが面白いかどうかなんてわからない。ただ、「オレが読者なら、こういう小説を面白いと思うはずだ」と信じて書いているだけです。

ここから「読者にどんな楽しみを提供するのか」について、具体的な方法を二つ教えてくれます。

一つめは「変化を読ませる」小説。この先主人公がどうなってしまうのか、この危機を脱するのか、などハラハラドキドキさせる物語。ジャンルに限った話ではなく、どんなジャンルにもその要素はあって、主人公が様々な危機を知恵や経験、仲間と乗り越えていく「変化」を読ませるもの。
二つめは「謎を解き明かす」小説。ミステリーだけではなく、普通の小説でも謎は存在します。他人には教えていない謎や、恋愛でも恋人には自分の知らない部分が謎めいていたりします。小説を通して、そんな「謎」を解き明かしていくもの。

 人が読んで面白いと思う小説の条件は、大雑把に分けて「変化を読ませる」か「謎を解き明かす」か、この二つなんです。理想とするのは、変化を読ませていって最後に謎が解ける、つまりAプラスBという形ですが、もちろん、Aだけでもいいし、Bだけでもいい。
 大事なのは、純文学でもエンターテインメントでも、優れた面白い小説には必ず謎があるということです。その謎は、登場人物の生き方や行動、思想であり、またそれらと密接につながっているものです。「人間こそが謎である。だからミステリーを書く」という作家はたくさんいます。この「謎」というものをどういうふうに物語の中に置いていくのかが、プロット作りの大きなカギとなります

つまり「自分の書く謎は何なのか」をはっきり書き手が自覚すること、そして、その小説の読みどころや読ませ所はなにかを自分の中でしっかり定義しておくことが重要になります。
プロットを作る際には先ほどの「A」か「B」か、あるいは「AプラスB」なのかを自覚しておきましょう。

大沢さんがプロットをしっかり作らずに書き始めていくのは、それまでに登場人物のキャラクターが固まっているからこそ、通過点と通過点の間の物語において、キャラクターが勝手に動いて膨らませてくれると書かれています。やはり、キャラクターの造形がここでも関係してくるようです。


「第六回 小説には「トゲ」が必要だ」

 いろんなひねりを入れて、プロットが複雑になり失敗する場合と、話が単純すぎてうまくいかない場合では、私は前者のほうに作家としての可能性を感じます。きれいにまとまっているけど何が面白いのかわからないようなストーリーは、膨らませるにも限界がある。あれこれ盛りだくさんに詰め込んだ作品は、たとえ全体の形が不完全だとしても、「これとこれは削って、こちらの部分を立たせましょう」とサジェスチョンすることができます。
 最初から小さくまとまったお話を作ってしまうと、どんなに頑張ってもその一回り上のものを作るのが精一杯です。けれど、初めから大きな円の中にいくつもの要素を詰め込んで物語を作っておけば、いくつかの要素を整理しても大きな円は残る。まずは、大きな話を作ることを目指してください。特に長編小説の場合、大きな円を描いて、その中を埋めるたくさんの材料を考えること。そのために大切なのが、一つ一つの要素が読者にとって面白いかどうかということです。
 自分の資質の中にある最も強い武器を見つけ、その武器を伸ばすことが大切です。武器は、ジャンルでも、人物描写でも、会話でも、ストーリー展開でもかまいません。そして、自分の武器を伸ばしつつ、その武器が限界に来たら次はどうシフトするかということも、いつも頭の片隅に置いて考えていなければなりません。これはプロにとっても勇気の要ることですし、非常な努力を強いられます。でも、生き延びるというのはそういうことですし、その努力をくり返している人だけが大きな鉱脈を掘り当てていることも事実です。

引用が続きましたが、上記のことは小説だけではなく創作する人に響くものではないでしょうか? 自分にとって身近な物語が書きたい人でも、その世界の外側にあることを考えているとその世界はより重層的でリアリティのあるものになるはずです。また、長編小説は様々な要素がうまく交差することで奥行きを持たせることができます。それが面白さとなって読者の興味を惹いて最後まで読ませることにも繋がっていきます。

書き手それぞれに得意なこととそうではないことがあります。自分の武器がわからないという人はまずは人に読んでもらいましょう。自分でも思っていなかった自分の良さがわかるかもしれません。また、自分が武器だと思っていたものがそうではなかったことを知ってしまうかもしれません。
自己評価と他者からの評価が違うことはよくありますが、それを受け入れるとあなたの武器により磨きをかけることができる可能性は高くなるはずです。

章タイトルに入っている「トゲ」に関しては、物語の全体の三分の一、二つ目の出来事あたりでひねりを入れること、劇団員を増やす(今まで自分が書いたことがないキャラクターを補充する)こと、物語の三分の一くらいで登場人物が揃ったところで、その中の誰かに「おやっ」と意外に思わせるような場面や展開、違う一面を見せる、などのアドバイスがあります。

そして、以前に「「筆力を伸ばす書き方」とは? バディ小説座談会」の中で文藝春秋の編集者の荒俣さんがこの書籍についてこんなことを言われていました。

荒俣: 応募原稿全般に言えることなんですが、ストーリーにヤマなく終わっちゃう作品が結構あるんですよね。大沢在昌さんが『小説講座 売れる作家の全技術』の中で、「小説の中で主人公を困らせれば困らせるほどおもしろくなる」、それがエンターテインメントなんだとおっしゃっている。心身ともにピンチに陥ったり、なにかの板挟みになって悩んだり、そういうことが起きるから読者も感情移入するし、ストーリーにも起伏ができてくる。

この部分がこの章に出てくるので、ぜひ書籍で読んでみてください。物語に起伏を作ることができないと悩んでいる人は「主人公」を困らせてみてください。

小説の「トゲ」とは「読み終えたあと、読者の心の中にさざ波を起こすような何か」であると書かれています。あなたがずっと忘れられない小説、小説が好きになった作品、そんなものをもう一度読んでみるとあなたにとっての「トゲ」がわかるのかもしれません。


冒頭シーンは何度も書き直して完成度をあげよう

「第七回 文章と描写を磨け」

文章とは情報伝達の手段です。小説は登場人物とストーリーが絡み合ったひとつの情報と言えます。情報を他者に伝える時に大切なことは「正確さ」になります。
正確な文章を書くためには的確な言葉選びが必要です。辞書を使うことも必要ですし、普段から日常で起きることを正しく描写してみるなども技術アップになります。
小説は読者の感情を刺激することができます。ハラハラドキドキさせたり感動させることができるのが、文章という武器です。
「感情的な文章」と「感情を刺激する文章」は別であり、「八割感情、二割冷静」で書くと大沢さんが言われています。どこかで第三者的な視線の自分を持っておくということですね。

比喩表現に関しても触れられていますが、比喩表現はセンスがどうしても問われてしまいます。「「比喩」って何ですか?」で王谷さんが比喩のトレーニング方法を教えてくれています。

効果的かつ個性的な比喩表現を身につけるためには、とりあえず一日十個くらい、目に入ったものを頭の中で「○○のような」で表現してみる比喩ノックをやってみよう
繰り返すうちに自分の癖(どうも食べ物にばっかり例える癖があるなとか、野球でばっかり例えてるなとか)も見えてくるし、手持ち無沙汰な移動時間なんかにはおすすめの物書き脳トレーニングである。

このあとに「描写」「擬音・オノマトペ・外来語」「日本文学と海外文学の違い」「改行のテクニック」等が続きます。最後には講義に来ていた編集長と大沢さんが「新人作家に何を期待するか」というやりとりも収録されています。

新しさとは何かというと、例えばこれまで何度も小説に書かれてきた「不倫」のような題材であっても、発想が新しかったり、切り口が新しかったり、表現が新しかったりすることで新鮮な作品にできる。ありふれた材料でも、その人ならではの着眼点で書かれた作品に触れたいと思うし、それを突き詰めて文章にできる人に出会いたいですね。

その人ならではの「着眼点」というのはよく聞きますが、とても難しいもののように思えます。そのためにはまずスタンダードを知っておくことはどうしても必要になるはずです。そうやって他の人の「着眼点」も知っていきましょう。


「第八回 長編に挑む」

 私が初めて長編小説を書いたとき、もっとも考えたのは設計図と分量配分ということです。今はそういうものはほとんど考えずに書いていますが、最初の二、三本は誰でも設計図を組み立てて書き出さないとうまくいかないと思います。

この辺りは人それぞれで細やかな設計図を作る人もいますし、いきなり書き出す人もいます。最初はまず設計図(プロット)を作って書いた方が最後まで書けそうです。「monokaki」でも長編の書き方で多くの人に参考にしてもらった記事があります。

作家・脚本家の堺三保さんにハリウッド式「三幕八場構成」の方法を解説してもらった「これで長編が最後まで書ける!三幕八場構成を学ぶ」と「生き延びるためのめろんそーだん」の「Q.思うように文字数が増やせません」の二つです。長編が書けないと悩んでいる人はぜひ読んでみてください。

 書き出す前に、起・承・転・結のそれぞれのパートで何を起こすかという大まかな流れを決めたなら、さて、冒頭シーンです。これは何度でも書き直したほうがいい。なぜなら、冒頭の原稿用紙およそ二〇枚こそが長編小説の「命」だからです。

大沢さんは「冒頭の二〇枚が大事」だと言われていますが、このことに関しては以前インタビューさせてもらったメフィスト賞の編集の岡本さんも近いことを言われていました。

審査なので最後まで読みますが、ラストにどれだけおもしろさや驚きがあろうとも、途中がつまらなかったら厳しい。一般読者として楽しむための読書だったとしたら読むのを止めていたかもしれない。最初の数ページをどうおもしろく見せるのかも重要だと思います。読者が店頭で立ち読みしたときに、2、3ページおもしろければ興味を持ってもらえる。冒頭でどれだけ読み手を引っ張れるかは気にしています。

どんな長さになってもまず冒頭が大事ということです。冒頭に対して、ラストシーンはどうかというと、大沢さんはこのように言われています。

 ラストシーンは誰でもすごく考えます。どうすればカッコよく終われるのか。印象的でしんみりさせられるようなラストシーンを書きたいと皆さんも思うでしょう。でも、ラストシーンというものは実は書き手が思うほど読者にインパクトを与えられるものではありません
(中略)
物語がちゃんと生きてうねって、起承転結の「結」までうまく動いていけば、「ここで終わるしかない」というシーンが書き手の中に自然に生まれてくるものです

物語がきちんと動いていれば自然と終わる場所が見つかる。終わり方が見つかっていないということであれば、「結」ではなくそのまえの「転」がうまく行っていない可能性があるということです。

この後には「推敲まで作品を寝かせる」という箇所があります。こちらは以前取り上げた村上春樹著『職業としての小説家』にも似たようなことが書かれていました。

長編小説を書くときには、仕事をする時間ももちろん大事ですが、何もしないでいる時間もそれに劣らず大事な意味を持ちます。工場なんかの製作過程で、あるいは建設現場で、「養生」という段階があります。製品や素材を「寝かせる」ということです。ただじっと置いておいて、そこに空気を通らせる、あるいは内部をしっかりと固まらせる。小説も同じです。この養生をしっかりやっておかないと、生乾きの脆いもの、組成が馴染んでいないものができてしまいます。

小説は書き上げたら一度寝かせましょう。そこから最後の仕上げに入ることで完成度を上げていくのがベストなやりかたになるようです。〆切があるのであれば、それより前に一度書き上げてから時間をおいて推敲したいですね。


小説を書き続けるために読み続ける

「第九回 ぎりぎりまで自分を追い込む」

とにかく本をたくさん読むこと、それ以外にない。これまで皆さんと話をしたり、書いたものを読んできて思うのは、読書量が圧倒的に足りないということです。自分の中の蓄積、引き出しが少なすぎる。
読むことが好きで好きで読み過ぎて、そこから今度は書きたいという気持ちに転換した、そういう自分を自覚している人でなければ作家にはなれないし、作家を続けることなどできません。プロの作家になっても、知らない世界が知りたい、新しい作家の書くものを読みたいという気持ちで本を読み続けるものです。そして、そういう読書でしか引き出しは増えないということを覚えていてください。
 プロになってからも読み続けなければいけません。出す一方ではあっという間に空っぽになってしまいます。そうならないためにも、今からたくさん読んで、五年後のデビュー、十年後のデビューに目標を据えるというのも一つの方法論だと思います。

書き続ける(アウトプットする)ためには読み続ける(インプットする)ことがどうしても必要になってきます。プロになれば、書き続けていくことになります。
今までいろんな作家さんや編集者さんにインタビューをしてきましたが、どなたもインプットの必要性について話されています。プロとして生き延びるためには読書もですが、自分が興味あるものをどんどん取りこんで養分にしていくしかないようです。

インプットしたものが思わぬ形となって、あなただけのアイデアが生まれる。それがあなただけの才能となります。小説を書く技術は他者に教わることができますし、それによってレベルアップしていくことができます。しかし、アイデアだけは教わることができません、しかし、あなただけのアイデアはオリジナルな価値を持ち、武器となります。


「第一〇回 デビュー後にどう生き残るか」

最後の章では編集者に「先生」と呼ばせるなという話やインターネットの評価は気にするな、ということが書かれていますが、中でも「デビュー後の五冊が勝負」という部分が興味深かったです。デビューに至るまでも人それぞれです。デビューしたあとも人それぞれです。自分が書きたい小説を書くために、これからも小説を書いて読んでいきましょう。


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『小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない』
著:大沢在昌 角川文庫(KADOKAWA)
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