こんにちは、「monokaki」編集部の碇本です。
「小説の書き方本を読む」の第十二回目です。
前回のアーシュラ・K・ル=グウィン著『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』は実践的な内容だったので、小説を書いていて壁にぶつかっている人やこの先に行きたい人にとってかなり有効だったのではないでしょうか。
この連載は取り上げた書籍の一部を紹介する形になっています。そこでなにか引っかかる部分や、自分に響いたという箇所があれば、ぜひ記事を読むだけではなく、書籍を手に取ってもらえればと考えています。
第十二回は根本昌夫著『[実践]小説教室 伝える、揺さぶる基本メソッド』についてです。根本さんについてはこの書籍の冒頭「はじめに 書きたいときが、始めどき」に書かれている文章がわかりやすいので引用します。
錚々たる書き手の名前が並んでいます。
新装版の帯には上記にも名前がある若竹千佐子さんと石井遊佳さん以外にも高山羽根子さんと高瀬隼子さんという根本さんの小説講座を受けてデビューし、芥川賞作家になった人たちの名前も並んでいます。
実はこの書籍は2013年に一度刊行されていたのですが、2018年に若竹さんの芥川賞受賞作を刊行した河出書房新社から単行本として出版されました。さらに2024年には「新装版」としてリイシューされました。この新しいバージョンでは高山羽根子さんによる特別寄稿が追加収録されています。
『[実践]小説教室 伝える、揺さぶる基本メソッド』は、根本さんの小説講座では主に作家や受講生の創作を読み、合評することを中心に捉えていることを踏まえて、“紙上小説講座”として三部構成になっています。
「1――小説とは何ですか?」「2――書いてみよう」「3――読んで深く味わおう」とあり、今回は「1」「2」をメインに取り上げます。「3」は本書を手に取ってもらって深く味わってもらうのが一番だと思います。
この一冊を読み終わってみるともっと書きたいという気持ち、もっと知らない作品も読んでみたいという気持ちがあなたの中に芽生えるはずです。
「1――小説とはなんですか?」
①小説は「お話」ではない
「処女作にはその作家のすべてが詰まっている」という言葉を聞いたことはありますか? 創作において有名な言葉ですが、例えば小説家としてプロデビューするとなると早い人では10代の終わりという早熟な人もいますが、いろんな年代で世に出ていきます。
処女作というのはそれまでその作家が生きてきた時間が詰め込まれており、その人なりの「真実」や「自分とは何か」「人はどこから来てどこへ行くのか」「人はいかに生きるべきか」という問いをはらむことにもなります。そう考えると自分の書こうとしている物語がより自分の人生とは無関係ではないと気づくことにもなります。
つい先日X(Twitter)で「本を全く読まない友人が「芥川賞だから面白いだろう」と選んだ作品を理解できず、読書からさらに遠ざかってしまったのを思い出しました……。」という話題があったのを思い出しました。
芥川賞候補になるには純文学を扱っている五大文芸誌(『文學界』『新潮』『群像』『すばる』『文藝』プラスα)に掲載される必要があります。
「私とは何か」「人はいかに生きるべきか」という問いには答えは出しにくいですし、考え続けていくうちに新たな問いが出てくる。純文学にはそういうものは多いと思います。
反対にエンターテイメント小説はそういう作品もゼロではありませんが、ミステリーなら犯人がわかったり、事件が解決するという答えが提示されるものという考え方もできます。
②小説家に向く人、不向きな人
ここで書かれているような自分ではない他者の視線で世界を見ようとする想像力、これに関してはノンフィクション作品を読んでみたり、普段読まないジャンルの小説を読んでみることで養うことや気付けることは多いはずです。
小説のために勉強という気持ちだとしんどいかもしれませんが、息抜きがてら普段接しないものに触れてみると意外な発見もあるのではないでしょうか。
「monokaki」は小説を書きたい人はもっと小説を読んでほしいと今までにも書いてきました。実際にプロデビューした小説家さんにお話を聞くと作品を次々と書いている人ほど読んでいることがわかります。
読まずに書けている人がいるとしたら天才かもしれません。ただ、同時代の新作を集中的に読めばいいというわけでなく、古典など興味が赴くまま読みたいものを読んでいる人が書きたいという意欲とモチベーションを保っていると感じます。
あとは人に勧められたものは興味がなかったり、好きでないジャンルのものでも読むという習慣をつけるといいかもしれません。
③小説家を目指すには
monokakiで海猫沢めろんさんに執筆してもらった連載「生き延びるためのめろんそーだん」の中に「Q.作家志望にとってベストな仕事はなんでしょうか?」というものがありました。
近年では作家デビューして専業作家として食べていけるようになる人はかなり少ないのが現状です。今は出版社からデビューせずに、自主出版して文学フリマなどで売っていくスタイルもありますし、またそういうところからプロデビューする人もいます。
また、本業として仕事を持ち、副業として作家を続けている人もいます。monokakiでは半年に一回「webから応募できる新人賞まとめ」という記事も出しています。専業作家を目指す人も副業として稼ごうという人もぜひ目標を立てて応募してみてください。
エブリスタ便り10月号「小説を書きながら収益を得られる新機能「スターギフト」とは?」では 2024年7月から開始された創作支援プログラム「スターギフト」について書きました。こちらはいわゆる「投げ銭型」の収益化機能です。他の小説投稿サイトでも様々な収益化システムがあり、生活はできないけど、お小遣い程度には稼ぐこともできるようになってきています。
多くの人に読まれて収益がでれば、それだけで生活ができるようになるかもしれません。現在は様々なことが過渡期になっていて、どれがいいか悪いかはわかりません。ただ、あなたが無理しなくてもいいシステムがあったらそれを試してみるのもいいと思います。そうして書き続ける理由ができるだけでも私たちはうれしく思います。
「2――書いてみよう」①②
①小説を書くということ
以前、小説家の久美沙織さんに高校生向けに開催したワークショップの講師を務めてもらったことがありました。その中で、久美さんが
と言われていたのを思い出しました。
ある小説家の人は休みの日には外に出かけていき、目に入ったものを固有名詞を使わずに描写していくという訓練をしていると聞いたこともあります。
誰かに伝えることは難しいことです。そして、小説は言葉しか扱えません。その限界を知りながらも、その組み合わせからあなたが表現したいものへ少しでも近づけるために何ができるのか考えていきましょう。
②テーマを決めよう
monokakiでは、連載「おもしろいって何ですか?」でも「エンタメ/純文」について小説家の王谷晶さんに書いてもらったことがありました。
長年、純文学の新人賞に応募していた人が、エンタメの新人賞に応募したら大賞を受賞したということを聞いたことはありませんか。
もしかすると根本さんが書かれているように「エンターテインメント小説のほうこそ、その人自身の教養も思想も露わにしてしまう」という部分で純文学を書いたり読んでいる人はトライしがいがあるのかもしれません。
上記の引用と同様に連載「おもしろいって何ですか?」でも「短編/長編」について書いてもらっています。
根本さんとは違うアプローチですが、大事な冒頭の書き出しは長々と説明しないようにすることが読者を作品の世界に引き込むには大切なことです。
取材に関しては小説家の秀島迅さんのインタビュー「「語彙力」を高める最高の勉強法はジャンルを超えた読書」でも近いことを言われていました。
この辺りは実際に起きていることをそのまま書いても小説のリアリティにはならないという難しいバランスを感じます。
「2――書いてみよう」③−1
③書き方あれこれ
このパートの前半は大まかにこの四つのパートに分かれており、作品の肝となる部分について説明されています。
①簡単な設計図(構成)を書いてみよう
②登場人物のプロフィールを書く
③「これ以外にない」というタイトルを
④書き出しは小説全体の縮図
原稿用紙が300枚(※120,000字)を越えるのであれば長編小説といっても問題はないと思います。ここで言われている設計図ですが、「これで長編が最後まで書ける!三幕八場構成を学ぶ」という記事が参考になると思います。
小説や映画作品で何年か経っても覚えている作品には、「あいつらどうしてるかな?」と思えるキャラクターがいることが多くないでしょうか? 私は自分にとっていい作品は「あいつらにまた会いたいな」と思えるキャラクターが出てくるものだと思っています。
今、あなたが思いついた「また会いたい」と思えるキャラクターはあなたの作品が必要としている存在かもしれません。
タイトルに関しても以前にこのような記事を書いています。ある直木賞作家さんは作品が書き終わってからもずっとタイトルについて考え続けるそうです。そこを諦めると届けるべき読者には届かないと言われていました。
「読者を日常から脱出させる書き出し」という部分に皆さんなにか身に覚えはありませんか?
書店で手に取って冒頭をパラパラと読み出して、書かれた世界に引き寄せられるような体験はないでしょうか? 私はそういう感覚になるとその作品に呼ばれていると思って購入します。
長く読まれている作品やヒットしているものの冒頭だけを読んで書き写してみるのもいい練習になるかもしれません。その中にも自分の好きな書き出しがあるのではないでしょうか。好きな書き出しの作家さんの小説を全部読んでみるというのもいい経験や勉強になるはずです。
「2――書いてみよう」③−2
このパートの後半は大まかにこの四つのパートに分かれており、ストーリーの書き方と書き続けてスランプになった場合について触れられています。
①実体験をもとに書くときの注意
②エンターテイメント小説のポイント
③書く手が止まってしまったら
④壁にぶつからない人はいない
ここで触れられている「謎」ですが、大沢在昌著『小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない』を取り上げた際にこのような引用をしました。
どちらも言っていることはほぼ同じです。
問題は書き手である作者が「自分が書いている謎は何なのか」をはっきり自覚する必要があるということです。
作者が「謎」について自覚しないまま書き続け、そのまま袋小路に迷い込んでしまったら「謎」はわからずじまい。読者も何が起きているのかわからなくなってしまいます。つまり、おもしろくありません。特にエンターテイメント小説を書く際には「謎」を意識したほうが読者も楽しめるはずですし、新人賞でもそのことは評価の一つになってきます。
ど直球な正論です。言葉というのは知らぬ間に意味が変わってしまうこともありますが、和製英語のように本来の英語の意味とはズレて日本で使われていることがあります。
この場合の「スランプ」も一つも形になっていない、結果を出していない人が使っているのを聞いたり、自分でも言ってしまったことのある人もいるでしょう。「スランプ」に関しては根本さんがいうように「必ず最後まで書く習慣」をつけましょう。一つでも多くの作品のエンドマークを打つことが書き手である自分を成長させる確実な方法です。
新人賞やコンテストなどの公募で自分も知っている人の名前があったりすると負けていると思ったり、自分の作品が一次選考も通過できないということがあると思います。そういう状況が続いているうちに書くのを諦めてしまう人もいます。
村上春樹著『職業としての小説家』を取り上げた際に私はこう書きました。もちろんライバル関係や仲間と切磋琢磨することでモチベーションを保ったり、長年書き続けている人もいます。その関係性はすばらしいものです。
しかし、あなたにはあなたにしか書けない小説があり、他の誰もあなたと同じ小説は書けません。その時点で誰もが唯一無二の作家です。あまり周りばかり見ていると自分の持ち味や座るべき椅子の場所を忘れてしまうかもしれません。
「3――読んで深く味わおう」
①小説の読み方
「たくさん書くこと」と「たくさん読むこと」またそれかよ、という声が聞こえてきますが、さらに「よく考えること」も大事だと根本さんは書かれています。
編集者として小説講座の先生として、多くの作家志望者をプロの作家として世に送り出してきた人の言葉だからこそより沁みてきませんか?
仕事が大変で何とか書く時間を作ってるのに、読むことなんか無理だよという人もいるかもしれません。
去年大ヒットした『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』という新書があります。そういう人はぜひそちらも読んでみてください。著者の三宅香帆さんには以前「monokaki」で『新時代のヒロイン図鑑』を連載してもらっていました。
「著者の読み方」「自分の読み方」「マーケットの読み方」「賞の読み」という四種類の読み方に関して、今回は重要な「著者の読み方」を取り上げました。まず大事なのは著者の立場に立って読むことでしょう。
ただ読むのではなく、読み方も四種類あると思うと今までとは違う読書が広がっていく気がしませんか?
②作品解説1|小川洋子|『博士の愛した数式』
③作品解説2|山本周五郎|『城中の霜』
④作品解説3|村上春樹|『海辺のカフカ』
⑤作品解説4|綿矢りさ|『蹴りたい背中』『かわいそうだね?』
⑥作品解説5|町田康|『くっすん大黒』
「3――読んで深く味わおう」は②以降は五人の作家を取り上げて作品解説をしています。ここはやはり書籍を手に取ってもらって読んでほしい箇所です。できれば、それぞれの小説も読んでみてほしいです。
「おわりに 人はなぜ小説を書くのか」
これを読んでいる人の中には絶対にデビューしてプロの小説家として食っていくんだ、という人だけでなく、プロ作家という夢は抱かず趣味として書き続けていきたいという人もいるでしょう。
「monokaki」だけでなく、エブリスタとしても、私たちは小説を書いて読み続ける人を応援していきたいという気持ちがあり、どちらの立場の人にも読んで何かを感じてもらえるような記事を作っていきたいと思っています。
根本さんは「スランプ」の時には書き続けるしかないと書かれていました。それでも、どうしてもしんどくなったら書くのも読むのも一旦休止してもいいと私は思います。何年か経ってからまた再開するのも本人の環境や気持ち次第です。
そういう時に帰って来れる場所としてエブリスタがあるといいなと思っています。
『[実践]小説教室 伝える、揺さぶる基本メソッド』を読んでみるとあなたにとって「小説」とは何なのか考えるきっかけになるはずです。小説を読んで書いていきましょう。
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